文明史から眺める日本の皇統 ☆ もしキリストの父系が現代まで続いていたら

白地に黒線で描かれた三種の神器(剣・鏡・勾玉)と、記事タイトルを配置したアイキャッチ画像。
白地に黒線で描いた三種の神器と記事タイトルを並べたミニマルなアイキャッチ

1.日本人だからこそ、皇統の異例さが見えにくい

日本には天皇がいます。

あまりにも昔から存在しているため、私たち日本人にとって「天皇がいる日本」は、ほとんど日常の背景になっています。

学校でも、歴史の中でさまざまな天皇について学びます。現代社会では象徴天皇制についても学びます。

しかし、

初代天皇から現在まで続く皇統そのものを、一つの歴史的主体として文明史の尺度から俯瞰する機会

は、それほど多くありません。

そこで、いったん日本人としての視点から離れてみます。

もし私が西洋人だったら、日本の皇統をどのように眺めるだろうか。

本記事では、その視点から皇統を眺め直してみたいと思います。

伝統的な皇統譜では、初代神武天皇の即位を紀元前660年とし、そこを皇紀の始まりとします。

皇紀の起点は神武天皇の誕生ではなく、初代天皇として即位したとされる時点です。

歴史学的な確実性が高くなる6世紀頃から数えたとしても、およそ1500年になります。

まず、この時間を別の文明に置き換えて感じてみます。


2.もしキリストの父系が2000年間続いていたら

想像してみてください。

現代に、一人の男性がいるとします。

その人物について、途方もない事実が歴史的に確認されている。

父をたどる。

その父をたどる。

さらにその父をたどる。

それを約2000年間繰り返していくと、

イエス・キリスト本人に到達する。

イエスに息子が生まれ、その息子にも息子が生まれ、そのまた息子にも息子が生まれた。

そうしてキリストを始祖とする父系出自集団が形成され、その集団が約2000年後の現代まで存続している。

しかも、その系譜には十分な歴史的裏付けがあり、世界的にも確かなものとして認められている。

その男性を目の前にしたとき、私たちは何を感じるでしょうか。

「この人の父の父の父の……が、あのキリストなのか」

その事実を知った瞬間、人物を見る目が変わるように思います。

その人の職業や能力、功績を知るより先に、約2000年間続いた時間の方が迫ってくる。

私はそこに、一種の**「やんごとなき感」**が生まれると思います。

驚愕や畏敬と言ってもよいでしょう。

とりわけキリスト教を深く信仰する人なら、理屈より先に、息をのむような畏敬を覚えることもあるでしょう。

約2000年という時間そのものが、一人の人間の姿を借りて目の前に立っている。

このセンセーションを、まず自分の中に立ち上げてみます。


3.父系出自とは、時間を一本の線にする

ここでいう父系出自とは、

父をたどり、その父をたどり、さらにその父をたどっていくと、最終的に一人の男性始祖へ収束する系譜

です。

その父系出自を共有する人々が、父系出自集団です。

始祖に複数の息子がいれば、そこからいくつもの家系へ分かれます。

その子孫同士は互いに別の枝に属します。

それでも、父を祖先方向へたどり続ければ、最終的には同じ始祖へ収束します。

父系出自集団には女性も属します。その父系出自を次の世代へ伝えていく経路は男性成員を通ります。

母系出自なら構造は対称的です。母をたどり、その母をたどり、そのまた母をたどっていけば、一人の女性始祖へ収束します。その母系出自を次代へ伝えていく経路は女性成員を通ります。

通常の祖先関係を何十世代も遡れば、父方・母方へ巨大な網が広がります。

父系出自や母系出自は、その巨大な網の中に、

「この始祖から、この人まで」

という一本の明瞭な線を浮かび上がらせます。

だからこそ、2000年という途方もない時間を人間の直感で捉えやすくなるのだと思います。


4.その感覚を持ったまま、日本へ戻ってみる

では、そのセンセーションを残したまま、日本の皇統を眺めてみます。

伝統的な皇統譜では、初代天皇を始祖として、父系出自によって皇統が受け渡されてきました。

皇族の系譜自体はいくつもの枝へ分かれています。

父子間の継承もあれば、兄弟間の継承もあり、離れた枝に属する皇族が皇位を継いだこともありました。

それでも、それぞれの父をたどり、その父をたどり、そのまた父をたどることで、同じ皇統の祖先へ収束する。

この父系出自が皇統を構成してきました。

女性天皇と女系天皇の違い、日本史における皇位継承の詳細については、別記事**「女性天皇と女系天皇の違いとは?|初心者にもわかる定義と歴史」**にまとめています。

しかし、日本の皇統には系譜以上のものがあります。

初代天皇を始祖とする父系出自が皇統として継承され、その父系出自集団に属する人物が天皇という君主位を担い、祭祀を行い、日本という同じ歴史的共同体の中でその存在が受け渡されてきた。

歴史的確実性の高い範囲だけを取っても、およそ1500年です。

長い王家。

父系出自による王統。

国家を代表する君主。

祭祀を担う存在。

それぞれの特徴だけなら世界に類例があります。

日本の皇統の特異性は、

これらが一つの歴史的主体に重なったまま、これほど長い時間を越えて現在まで続いていること

にあります。

先ほどのキリストの思考実験では、父系出自だけでも強烈な歴史的感覚が生まれました。

日本には、その系譜の上にさらに多くの意味が積み重なっています。


5.変わらなかったのではなく、変わりながら続いた

約1500年という時間の中で、日本の政治体制は大きく変わりました。

古代国家が形成され、

貴族政治があり、

院政があり、

武家政権が成立し、

鎌倉幕府、室町幕府、江戸幕府へと移り、

明治維新を経て近代国家となり、

戦後には現在の立憲民主国家となりました。

天皇の政治的役割も大きく変化してきました。

それでも、皇統、天皇という君主位、祭祀は次の時代へ受け渡されてきました。

ここから見えてくるのは、

継続と不変は同じものではない

ということです。

皇統は、

変わらなかったから続いたのではなく、変わりながら続いた。

そこに、日本の皇統の長寿を考える一つの鍵があるように思います。


6.無常の国で、変わりながら続く

日本文化には古くから無常という感覚があります。

『平家物語』は「諸行無常」を語り、『方丈記』は、流れる水と浮かぶ泡を通して、とどまり続けるもののない世界を描きました。

地震、津波、台風、洪水、噴火、火災。

日本列島では、生活の舞台そのものが何度も作り直されてきました。

そんな日本文化の時間感覚を象徴する存在の一つが、伊勢神宮の式年遷宮です。

社殿を造り替え、御装束や神宝も新しくしながら、祭祀、建築技術、様式、知識を次の世代へ受け渡していく。

物質として見れば新しくなっています。

歴史として見れば、長い継承が続いています。

新しくなることで、古いものが続いていく。

皇統にも、どこかこれと響き合う構造があります。

人は代わる。

政治的役割も制度も変わる。

その変化の中を、受け渡されるものが通過していく。


7.長い歴史には、現在からは見えない知恵が含まれているかもしれない

式年遷宮について考えると、さらに興味深いことがあります。

なぜ20年なのか。

社殿の維持、材料、技術継承など、さまざまな説明が考えられています。

しかし、制度が成立した時代の人々がどのような理由を重ねて20年という周期を選んだのか、そのすべてを現代から再現することは困難です。

それでも結果として、式年遷宮は建築、祭祀、御装束、神宝などに関する技術や知識を長い時間にわたって現在まで運んできました。

歴史的な制度には、こういうことがあります。

制度が作られた当時には共有されていた理由や感覚が、何百年、何千年という時間の中で見えにくくなる。

しかし、その仕組みが果たしてきた機能は残る。

日本の皇統にも、

なぜ父系出自という形式がこれほど長い時間維持されてきたのか

という問いがあります。

氏族構造、政治秩序、祭祀、継承慣行、社会構造、後世の制度化。

歴史から部分的に読み取れるものはいくつもあります。

しかし、千数百年という時間の全体を一つの理由に還元することは難しいでしょう。

長い歴史の中で維持されてきた仕組みには、

その時代の人々には自然に理解できたが、現在の私たちからは見えにくくなった知恵や合理性

が含まれている可能性があります。

現在の私たちが理由を十分に読み取れないということ自体も、歴史を判断するときの一つの情報なのだと思います。


8.皇統は、物語も運んできた

長い皇統が運んできたのは、系譜や制度だけではありません。

たとえば仁徳天皇の「民のかまど」という伝承があります。

高台から国を眺めた天皇が、民家から炊事の煙が立っていないことに気づき、民の暮らしを案じる。

やがて煙が立つようになったことを喜ぶ。

この説話には、

「天皇とはどのような存在であるべきか」

という君主像が刻まれています。

「民を思う善き王」という物語自体は、多くの文明に存在します。

日本では、そうした君主像が皇統という長い時間の中へ組み込まれ、社会の記憶として受け渡されてきました。

皇統は、

父系出自、君主位、祭祀、制度、そして社会が天皇へ与えてきた意味や物語

を一緒に運んできた歴史的な器でもあるのでしょう。


9.時間だけは作り直せない

長い時間には、ほかの価値とは少し違う性質があります。

時間は再生産できません。

千年間続いた制度を一度終わらせ、十年後に同じ制度を復活させることはできます。

建物も再建できます。

法律も作り直せます。

しかし、

「千十年間、途切れずに続いたもの」

には戻りません。

連続してきた時間だけは、後から作る方法がありません。

だから私は、日本の皇統を**「文明のラグジュアリー」**の一つだと考えています。

ここでいうラグジュアリーとは、

時間をかけなければ存在できず、失えば同じものを再生産できない価値

です。

皇統は、何世紀もの政変、内乱、戦争、制度変更、社会変動をくぐり抜けながら現在まで運ばれてきました。

その価値の重要な一部は、

再現不能な時間の蓄積

にあります。

後から制作できない、文明の一点ものです。

そこに、前節で述べた「現在からは見えない知恵が含まれているかもしれない」という問題も重なります。

時間を失ったあとで、その意味に気づいても、失われた連続性を同じ形で取り戻すことはできません。


10.もし私が西洋人だったら、この皇統をどう眺めただろう

最初の思考実験へ戻ります。

もし、キリストを始祖とする父系出自集団が約2000年間存続し、その集団に属する男性が現代に生きていたら。

その父をたどり、その父をたどり、そのまた父をたどると、約2000年前のイエス・キリスト本人へ収束する。

私は、その事実だけでも強い歴史的なセンセーションを覚えると思います。

では、その感覚を持ったまま日本を見ると、どうでしょうか。

ここには、

初代天皇を始祖とする父系出自としての皇統、天皇という君主位、祭祀、日本という歴史的共同体、そして長い時間の中で積み重ねられてきた物語

を一つの歴史的存在として受け渡してきた歴史があります。

伝統的な皇統譜では、初代天皇の即位から2600年以上。

歴史的確実性の高い範囲だけでも、およそ1500年。

日本人にとっては、昔からそこにある風景です。

だからこそ、その異例さを実感しにくいのかもしれません。

私は日本人として皇統に親近感を持っています。

しかし、もし私が西洋人としてこの歴史を知ったとしても、

「よく、これほどのものが現在まで残ったものだ」

と深い関心と敬意を抱いたと思います。

世界の文明史の中に、これほど多くの意味を重ねながら、これほど長い時間を背負った歴史的存在が今も生きている。

しかも、その時間の中には、現在の私たちにはまだ読み切れていないものが含まれているかもしれない。

それを声高に誇るというより、

たまたまこの文明の中に生まれ、その存在を現在形で見ることができる。

私はそこに、静かな悦びを感じます。

皇統という存在を、現在の制度論だけではなく、

人類の文明史という長い時間軸から眺めてみる。

そうすると、いつも見ていたものが、少し違って見えてくるのではないでしょうか。


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作成者: 理屈コネ太郎

元消化器内視鏡医・産業医。現在は社会・人間行動・構造分析をテーマに執筆活動を行う。定年退職後はヨット・ボート・クルマなど趣味と構造研究の日々を過ごす。

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