仮面を被ったまま、彼は誰かに赦される日を待っていた。
多くの人々が、**ダース・ベイダー（Darth Vader）を“悪の象徴”として記憶している。だがその仮面の奥に、怒りを越えた沈黙が、憎しみの底に悔恨が、そして最期にわずかな希望があったことを、どれだけの者が想像できるだろうか。本稿は、彼がアナキン・スカイウォーカー（Anakin Skywalker）**としての名を再び取り戻すまでの、沈黙と渇望の23年を見つめる試みである。
アナキン・スカイウォーカーは、母の**処女受胎（virgin birth）によって生まれた。父を持たぬ存在として、彼はフォース（The Force）に選ばれた者と見なされた。だが、当のアナキン自身はそんな伝説の重みに無自覚なまま、ただ“自由”を求めていた。9歳のとき、奴隷として生きていたタトゥイーン（Tatooine）**から解放される唯一の道が、**ジェダイ聖堂（Jedi Temple）**に入門することだった。
彼は、強制ではなく、自らの意志でそれを選んだ。誰かの支配下に生きるのではなく、自らの力で世界を変えようとしたのだ。
ジェダイ聖堂での日々は、理想に満ちていた。師オビ＝ワン・ケノービ（Obi-Wan Kenobi）、親友オビ＝ワンとの絆。やがて、**アソーカ・タノ（Ahsoka Tano）**という弟子を持ち、信頼と友情に満ちた日々もあった。
仲間に囲まれ、戦場を共にし、命を預け合う時間。彼は確かに恵まれていた。
だが、その内には、抑えきれない激情が渦巻いていた。母が**タスケン・レイダー（Tusken Raiders）**に殺されたとき、アナキンは怒りのままに村を全滅させた。
あの夜、彼はすでにジェダイの本質から逸脱していた。ジェダイに禁じられていた恋愛にも踏み込み、**パドメ・アミダラ（Padmé Amidala）**との密かな関係に深く執着した。戒律に反することを重ねながらも、ジェダイという立場にはとどまり続けた。矛盾と焦燥、その両方を抱えて。
やがて彼は夢を見る。パドメが死ぬ夢。母を失った痛みが再燃し、彼の内は再び揺らぐ。その隙間に忍び込んだのが、**ダース・シディアス（Darth Sidious）＝シーヴ・パルパティーン（Sheev Palpatine）**である。
アナキンが求めたのは愛する者を守る力であり、それをシディアスは巧妙に“与えるふり”をした。結果、アナキンは自らの手で**ジェダイ・ヤングリングス（Jedi Younglings）**を殺し、パドメへの猜疑心を募らせ、信じていた者すら手にかけた。
終わりは、**ムスタファー（Mustafar）**での死闘だった。オビ＝ワンとの決戦の果てに、アナキンは両脚を失い、焼かれ、命すら手放しかけた。
だが、殺されはしなかった。その代わり、機械の身体と人工呼吸器に支配された新たな肉体が与えられた。
彼は、ダース・ベイダーとなった。22歳だった。
その後の23年、彼は**銀河帝国（Galactic Empire）**の象徴として恐怖をもって記憶される存在となった。だがその仮面の内側には、沈黙があった。
フォースを操る力は保たれていたが、それは本来の成長の延長ではなく、怒りと破壊のみに特化した閉じた能力だった。アナキンは、フォース感応者としても成長を止めていた。
その沈黙の奥では、わずかに疼く何かがあった。
かつて愛する者を失った者の心情に共鳴し、過去の自分を呼び覚ますような出来事の数々が、断片的に心を揺らした。
その23年のあいだ、彼はかつての弟子アソーカ・タノとも対峙した。
彼女の言葉──
「今度はあなたを置いていったりしない」
彼は心の奥で揺れながらも、拒絶を選ぶしかなかった。
「ならば――お前は死ぬ」
再びオビ＝ワンとも戦う。仮面が割れ、師の眼差しと裸の視線が交錯した。
「アナキン・スカイウォーカーは、お前が殺したんじゃない。俺が殺した」
だが、オビ＝ワンはとどめを刺さなかった。背を向けて、去っていった。ベイダーは立ち尽くしてその背を見送った。
そして、**ルーク・スカイウォーカー（Luke Skywalker）**が現れる。
彼だけが、父アナキンの中に希望を見出そうとした。
かつて**デス・スター（Death Star）**内で、最後に剣を交えたオビ＝ワンが突如として肉体を消失させたとき、ベイダーはその意味を理解できなかった。
それは、彼が知らなかったからだ。
Contents
フォースと一体化する技法＝フォース・ゴースト（Force Ghost）
クワイ＝ガン・ジン（Qui-Gon Jinn）によって初めて発見されたこの技法により、ヨーダもオビ＝ワンも、死後も意識を保ち、導く者となっていた。
だが、ダークサイドに堕ちたアナキンはその技法を知らず、それが彼の限界だった。
そして最後に、仮面が外される
ルークの手で仮面が外され、焦げた皮膚と人工の呼吸器の奥から、人間の瞳が見えた。
「もし、あのとき、別の道があったなら──」
それは、タトゥイーンの砂、母の手、パドメの声、アソーカの背、オビ＝ワンの眼差し――
すべての記憶が交錯する、最後の光景だった。
そして、彼は言った
「お前が正しかった」
それは、息子ルークに向けられた、本当の本音だった。
注釈
ジェダイ・ヤングリングス（Jedi Younglings）： ジェダイ聖堂における幼い修行生たち
フォース・ゴースト（Force Ghost）： 死後もフォースの中に意識を保ち、霊体として存在する技法
クワイ＝ガン・ジン（Qui-Gon Jinn）： アナキンを見出し、死後フォース・ゴーストの道を拓いたジェダイ・マスター