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はじめに
本記事では、マニュアルトランスミッションの基本構造である**常時噛合(じょうじかみあい)**について、できるだけ分かりやすく解説します。
ギヤチェンジとは、歯車そのものを入れ替えたり、別の歯車同士を新たに噛み合わせたりすることだ、というイメージを持つ人は多いのではないでしょうか。理屈コネ太郎もその一人でした。
しかし現在の一般的な乗用車用マニュアルトランスミッションでは、前進用の歯車対はあらかじめ噛み合っています。
変速するときに行っているのは、歯車を噛み替えることではなく、すでに噛み合って回っている複数の歯車の中から一つを選び、軸と回転方向に結合することです。
これが常時噛合を理解するための中心になります。
ドライビングテクニックを理解するうえでも、変速機の内部で何が起きているかを知っておくことには意味があります。
特にブリッピングやヒールアンドトウでは、
- シンクロナイザーが何の回転数を合わせているのか
- ブリッピングが何の回転数を合わせているのか
を区別すると、その操作の意味がかなり分かりやすくなります。
ブリッピングやヒールアンドトウのドライビングテクニックとしての役割については、ブリッピングとヒールアンドトゥの目的・違い・練習方法をまとめて解説に詳しくまとめています。
まず、常時噛合を一文で表すと次のようになります。
常時噛合とは、変速に使う歯車対をあらかじめ噛み合わせた状態で回転させておき、変速時には歯車そのものを噛み替えるのではなく、選択する歯車をドッグクラッチやシンクロ機構を介して軸と回転方向に結合する方式です。
マニュアルトランスミッションには、縦置き3軸式やトランスアクスルに多い2軸式など、さまざまな軸配置があります。
常時噛合式MTでは、軸やシンクロナイザーの配置が異なっても、前進用の歯車対を常時噛み合わせ、必要な歯車を軸へ結合するという基本原理は共通しています。
以下では、その仕組みを理解しやすい典型的な3軸式マニュアルトランスミッションを例に説明します。
また、後退段はアイドラギヤの使い方、常時噛合か摺動式か、シンクロの有無など設計上の違いが大きいため、本記事では主に前進段を扱います。
典型的な3軸式マニュアルトランスミッション
典型的な3軸式マニュアルトランスミッションには、主に次の3本の軸があります。
- 入力軸
- カウンターシャフト(副軸)
- 出力軸
入力軸は、クラッチを介してエンジンから回転を受け取る軸です。
カウンターシャフトは、入力軸から受け取った回転を各変速段の歯車へ伝えます。
出力軸は、選択された変速段を通じて得られた回転を、その先の駆動系へ伝えます。
典型的な間接段では、動力はおおむね次のように流れます。
エンジン
↓
クラッチ
↓
入力軸
↓
カウンターシャフト
↓
選択された歯車対
↓
出力軸
↓
車両の駆動系
出力軸より先の構造は車両レイアウトによって異なります。
FR車であればプロペラシャフトを経てデファレンシャルへ向かいますし、トランスアクスルではファイナルドライブやデファレンシャルが変速機と一体化されています。
また、3軸式MTの中には入力軸と出力軸を直接結合する直結段を持つものもあります。
そのため、変速段数とカウンターシャフト―出力軸間の歯車対の数が必ず一致するわけではありません。
歯車は最初から噛み合っている
常時噛合を理解するうえで重要なのがここです。
典型的な3軸式MTでは、カウンターシャフトに各変速段用の歯車が配置され、それぞれが対応する歯車と常に噛み合った状態になっています。
つまり、1速に入れた瞬間に1速用の歯車同士が初めて噛み合うわけではありません。
2速でも3速でも同じです。
変速に使われる歯車対は、変速前からすでに噛み合っています。
これが「常時噛合」と呼ばれる理由です。
では、複数の歯車が同時に噛み合っているのに、なぜ複数の変速比が同時に働かないのでしょうか。
その答えが、遊転する歯車にあります。
出力軸側の歯車は遊転できる
典型的な3軸式MTでは、カウンターシャフト側の歯車に対して、出力軸上に対応する歯車が配置されています。
この出力軸上の歯車は、
出力軸上に支持されているものの、出力軸と独立して回転できる
ようになっています。
つまり、歯車の中心を出力軸が通っていても、その歯車が出力軸と一緒に回らなければならないわけではありません。
カウンターシャフト側の歯車が回れば、噛み合っている出力軸側の歯車も回ります。
しかし、その歯車が出力軸と回転方向に結合されていなければ、その回転は出力軸へトルクを伝えません。
この状態を理解すると、ニュートラルの仕組みも分かりやすくなります。
ニュートラルでは何が起きているのか
ニュートラルでは、どの変速ギヤも出力軸と回転方向に結合されていません。
たとえば車両が停止していて、クラッチがつながったままエンジンが回っているとします。
このとき、
エンジン
↓
クラッチ
↓
入力軸
↓
カウンターシャフト
までは回転します。
カウンターシャフトの歯車と常時噛合している各変速ギヤも、それに伴って回転します。
しかし、それらの歯車は出力軸と回転方向に結合されていません。
そのため、エンジンからのトルクは出力軸へ伝達されません。
つまりニュートラルとは、
歯車の噛み合いを解除した状態ではなく、どの変速ギヤも出力軸に選択されていない状態
と考えると理解しやすくなります。
走行中にニュートラルへ入れた場合には、出力軸は車輪側から回され続けます。
一方、入力軸やカウンターシャフト側の回転は、クラッチがつながっているかどうか、エンジン回転数、変速機内部の摩擦やドラッグなどによって変わります。
いずれの場合も、どの変速ギヤも出力軸へエンジントルクを伝達する状態には選択されていません。
ギヤチェンジとは何をしているのか
では、1速や2速へシフトするときには何をしているのでしょうか。
常時噛合式MTでは、
複数の常時噛合している歯車の中から一つを選び、その歯車を出力軸と回転方向に結合します。
たとえば、ある変速段の歯車が出力軸と結合されると、
カウンターシャフト
↓
選択された歯車対
↓
出力軸
というトルク伝達経路が成立します。
別の変速段を選べば、別の歯車対を通るため、入力回転数と出力回転数の関係が変わります。
これが変速です。
つまり、ギヤチェンジとは、
噛み合う歯車を交換する操作ではなく、すでに噛み合っている歯車の中から、どれを軸につなぐかを切り替える操作
と考えることができます。
歯車を出力軸につなぐドッグクラッチ
歯車を出力軸と回転方向に結合するために使われるのが、ドッグクラッチです。
変速ギヤの側面には、ドッグ歯やクラッチ歯と呼ばれる噛合い部分があります。
一方、出力軸にはハブがスプライン結合されており、その外側には軸方向へ移動できるスリーブがあります。
シフトレバーを操作すると、このスリーブが軸方向へ移動します。
スリーブが選択する歯車側のドッグ歯と噛み合うことで、
歯車
↓
スリーブ
↓
ハブ
↓
出力軸
というつながりが成立します。
この瞬間、その歯車は出力軸と一体の回転関係を持つことになります。
つまり、変速ギヤを軸につなぐ実際の機械的な結合部分がドッグクラッチです。
しかし回転数が違う
ここで一つ問題があります。
変速前には、これから選択しようとしている歯車と出力軸側の回転速度が異なっていることがあります。
たとえば高いギヤから低いギヤへ変速する場合、同じ車速であっても、低いギヤを選択したときには変速機入力側に必要となる回転速度が高くなります。
その速度差が大きい状態で、いきなりスリーブとドッグ歯を噛み合わせようとしても、円滑には噛み合いません。
そこで登場するのがシンクロナイザーです。
シンクロナイザーとは何か
シンクロナイザーは、
これから選択する歯車と、出力軸側のハブ/スリーブ系との回転速度を、ドッグ歯が本格的に噛み合う前に近づける仕組み
です。
一般的なシンクロ式MTでは、シンクロナイザー内部の摩擦面を利用して回転速度を同期させます。
シフト操作によってスリーブを移動させると、まずシンクロ機構の摩擦面が働きます。
この摩擦によって、
- 選択しようとしている歯車
- 出力軸に結合されているハブ/スリーブ側
の回転速度が近づいていきます。
回転速度が十分に同期すると、スリーブがさらに移動し、歯車側のドッグ歯と噛み合います。
そこで初めて、その歯車が出力軸と回転方向に結合されます。
ただし、シンクロが動かしているのは選択する歯車一枚だけとは限りません。
典型的な3軸式MTの間接段では、選択する歯車はカウンターシャフト側の歯車と常時噛合しています。
そのため、シンクロが選択歯車の回転速度を変えると、その歯車を介してカウンターシャフトや入力軸側にも加減速が及びます。
つまりシンクロは、選択歯車を入り口として、入力軸やカウンターシャフトを含む入力側回転系の慣性も処理していることになります。
この点は、後で説明するブリッピングやダブルクラッチとの違いを理解するうえで重要です。
シンクロナイザーは、
歯車そのものを噛み合わせる装置ではなく、ドッグクラッチを円滑に噛み合わせるために、その前段階で回転速度を合わせる装置
と考えると分かりやすくなります。
ギヤ鳴りしているのはどこの歯なのか
常時噛合式MTでは、変速用の大きな歯車同士は最初から噛み合っています。
そのため、変速時のギヤ鳴りを、
「1速用や2速用の大きな歯車同士が衝突している」
と考えると構造を誤解します。
変速時に問題になるのは主に、
スリーブと歯車側のドッグ歯、あるいはクラッチ歯の噛合い
です。
回転速度が十分に合っていないまま噛み合わせようとすると、これらの歯が円滑に入らず、ギヤ鳴りにつながります。
シンクロナイザーは、その速度差を摩擦によって処理してからドッグ歯を噛み合わせます。
シンクロとドッグクラッチの関係
一般的なシンクロ式MTでは、
- 回転速度を合わせるシンクロ機構
- 歯車を軸へ結合するドッグ噛合い
が、一つの変速機構として組み合わされています。
シンクロが回転速度を合わせ、その後にスリーブとドッグ歯が噛み合うことで変速が完了します。
一方、競技用などには、一般的な乗用車用MTのようなシンクロ機構を持たず、ドッグ噛合いを中心に変速するトランスミッションもあります。
日本ではこうした変速機が通称ドッグミッションと呼ばれることがあります。
ドッグクラッチ、ドッグミッション、シーケンシャル、シンクロといった用語の関係については、関連記事のドッグミッション・ドッグクラッチ・シーケンシャル・シンクロの用語解説|違いと関係で整理しています。
シンクロとブリッピングは何を合わせているのか
常時噛合の構造が分かると、シンクロナイザーとブリッピングの役割の違いも見えてきます。
通常のシングルクラッチによるダウンシフトを考えてみます。
クラッチを切ると、エンジンとトランスミッション入力側の機械的な結合が切れます。
その状態でシフト操作を行うと、シンクロナイザーは変速機内部で、
選択しようとしている歯車と出力軸側の回転速度
を合わせます。
典型的な3軸式の間接段では、この同期によって選択歯車だけでなく、それと常時噛合しているカウンターシャフトや入力軸を含む入力側回転系も必要な回転速度へ近づけられます。
そして変速段が選択されたあと、クラッチをつなぐと、
エンジン側とトランスミッション入力側
が再び結合されます。
低いギヤへダウンシフトした場合、同じ車速でもトランスミッション入力側に必要な回転速度は高くなっています。
そこでアクセルを一度あおってエンジン回転数を上げておけば、クラッチを再接続するときの回転差を小さくできます。
これがブリッピングの重要な役割です。
つまり通常のシングルクラッチ・ダウンシフトでは、
シンクロナイザーは変速機内部の回転差を処理し、ブリッピングはクラッチ再接続時のエンジン側とトランスミッション入力側の回転差を小さくする
という役割分担になります。
ヒールアンドトウは、そのブリッピングをブレーキ操作中にも行えるようにするドライビングテクニックです。
ダブルクラッチでは何が違うのか
ダブルクラッチでは、この回転合わせへの関わり方が変わります。
ダウンシフト時には、一度ニュートラルに入れたところでクラッチをつなぎます。
この状態では、
エンジン
↓
クラッチ
↓
入力軸
↓
カウンターシャフト
が再び機械的につながっています。
ここでブリッピングすると、エンジン回転数だけでなく、入力軸やカウンターシャフト側の回転速度も上げることができます。
つまりダブルクラッチでは、通常ならシンクロが摩擦によって行う入力側回転系の加速の一部を、ドライバーがエンジンの力を使って先に行うことができます。
通常のシングルクラッチ・ダウンシフトでは、
車輪側 → 出力軸 → シンクロ → 選択歯車 → カウンターシャフト → 入力軸
という側からシンクロが入力側回転系を必要な速度へ近づけます。
一方、ダブルクラッチではニュートラルでクラッチをつないでブリッピングすることで、
エンジン → クラッチ → 入力軸 → カウンターシャフト
という側から、ドライバー自身が入力側回転系を必要な速度へ近づけます。
この違いを理解すると、シンクロ、通常のブリッピング、ダブルクラッチがそれぞれ別の役割を持っていることが分かります。
まとめ
常時噛合とは、
変速に使う歯車対をあらかじめ噛み合わせておき、変速時には歯車そのものを噛み替えるのではなく、選択する歯車を軸と回転方向に結合する方式
です。
マニュアルトランスミッションには2軸式や3軸式などさまざまな構成があります。
そのうえで、常時噛合式MTでは、前進用の歯車対を常時噛み合わせ、必要な歯車を軸へ結合するという基本原理が共通しています。
典型的な3軸式MTでは、カウンターシャフト側の歯車と、出力軸上に遊転可能に支持された歯車が常に噛み合っています。
ニュートラルでは、それらの歯車が存在し、条件によっては回転していても、どの変速ギヤも出力軸と回転方向に結合されていません。
ギヤチェンジとは、
すでに噛み合っている複数の歯車の中から一つを選び、軸へ結合する操作
です。
その結合を行うのがドッグクラッチであり、その直前に回転速度を合わせて円滑な噛合いを可能にするのがシンクロナイザーです。
典型的な3軸式の間接段では、シンクロが処理するのは選択する歯車一枚の回転だけではありません。
その歯車と常時噛合しているカウンターシャフトや入力軸を含めた、入力側回転系の慣性にも加減速が及びます。
この構造を理解すると、シンクロナイザーとブリッピングが同じことをしているわけではないことも分かります。
シンクロナイザーは変速機内部の回転差を処理し、通常のシングルクラッチ・ダウンシフトにおけるブリッピングは、クラッチ再接続時のエンジン側とトランスミッション入力側の回転差を小さくします。
さらにダブルクラッチでは、ニュートラルでクラッチをつないでブリッピングすることで、入力軸やカウンターシャフト側の回転速度そのものをドライバーが変えることができます。
「ギヤチェンジとは歯車を噛み替えること」ではなく、「すでに噛み合っている歯車の中から、どれを軸につなぐかを選ぶこと」。
このイメージを持つと、マニュアルトランスミッションの内部構造と、その上で行われるシンクロ、ブリッピング、ヒールアンドトウ、ダブルクラッチの関係が、かなり理解しやすくなります。
関連記事➡ドッグミッション・ドッグクラッチ・シーケンシャル・シンクロの用語解説|違いと関係
