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はじめに
GRヤリスは登場当初から「公道を走れるラリーカー」として高い評価を受けてきた。その後の年次改良を経て、2024年には8速オートマ(8S-DAT)搭載モデルが登場。単なるトランスミッション変更に留まらず、制御・挙動・走り味に至るまで全面的に見直された“もうひとつのGRヤリス”である。
本稿では、前期型6MT(以下「壱号機」)と後期型8S-DAT(以下「弐号機」)を、筆者が実際に同じワインディングで走らせた体験をもとに比較・考察する。
例によって、ここで語る内容は理屈コネ太郎の独断と偏見による知ったかぶりであることをご了承いただきたい。
1. 走行条件と前提
弐号機はスポーツモード・Dレンジ・トラックモード設定。
走行シーンは全長30~40km程度のワインディングで、すべてブラインドコーナー。コースは覚えず、登山者や対向車の存在も常に想定した。
2. シフト操作と駆動系レスポンス
前期型6MT(壱号機)
クラッチとシフトを自ら操作する伝統的なマニュアル。ブレーキングとシフト操作を同時に行う必要があり、注意力が分散しやすい。
クラッチを切る瞬間には駆動力が途絶え、わずかな姿勢変化が生じるが、それも含めて「自分の手と足でクルマを操る感覚」が醍醐味。
ヒール&トゥを決めたときの一体感は格別である一方、操作を誤れば即座に姿勢が乱れる。
後期型8S-DAT(弐号機)
トルコンATでありながら、スポーツDCT並みの俊敏な変速を実現。ブレーキング中のドライバーはシフト操作から解放され、姿勢作りに集中できる。
コンピュータが最適ギアを瞬時に選択するため、駆動力切れがほぼない。結果として、ブレーキング開始ポイントをより奥に取れる。
片手操作・左足ブレーキも可能で、ステアリング操作の自由度が格段に高まる。
3. コーナー進入と荷重移動の違い
壱号機では、進入前にブレーキングとシフトダウンを同時に行いながら前輪へ荷重を残し、姿勢を安定させてステアを切り始める。
人間の操作が複数重なるため、わずかなミスが姿勢不安定につながる。
弐号機では、ブレーキ操作だけで進入姿勢を決定できる。AT側の回転合わせが完璧で、減速から旋回への荷重移動が驚くほど滑らか。
荒れた路面や下り勾配では特に安定感が際立つ。
4. コーナリング中の制御
壱号機では、進入時に選択したギアでコーナーを抜けるのが基本。途中で変速すればクラッチ再接続時に駆動が途切れ、姿勢が乱れやすい。よって、変速タイミングは常に慎重を要する。
この緊張感が“走りの修行感”を生む一方、負荷も大きい。
弐号機は、コーナリング中でも制御系が自動で最適なギアを選び、変速時の駆動切れが極めて短い。姿勢の乱れは皆無に等しく、常にパワーバンドを維持。
どんな複合コーナーでも、フロントがinへinへと吸い込まれるような滑らかさがある。
5. コーナー脱出と加速の差
壱号機では、脱出時に回転数がパワーバンド外なら再度変速が必要。その際も一瞬の駆動力切れが生じる。
しかしその「繋ぎ直しの感覚」こそがドライバーの成長を促す部分でもある。
弐号機では、進入から脱出まで常に最適ギアが選ばれており、駆動切れがほぼ存在しない。加速はスムーズかつリニアで、トルクの谷間が消える。
追い越し加速では特に顕著で、「クルマとはこう動くのか」と驚くほどの速さを見せる。
6. アクセルフィールとトルク感
壱号機では、アクセル開度がそのままブーストコントロールに直結し、踏み方次第でターボラグの出方も変化する。
それゆえ「自分の足でターボを操る快感」があり、高回転域ではエンジンと一体になる陶酔がある。
一方、低速タイトコーナーではギア選択を誤ると一瞬のもたつきが避けられない。
弐号機では、トルコンAT特有の滑らかさと低回転トルクの繋ぎが絶妙で、立ち上がりがスムーズ。連続ヘアピンでも常に最適ギアを維持し、ストレスフリー。
高速巡航でもトルクを無駄なく使い切るため、長距離ツーリングでは疲労感が段違いに少ない。
7. 総合的なドライバビリティ比較
| 項目 | 前期型GRヤリス6MT(壱号機) | 後期型GRヤリス8S-DAT(弐号機) |
|---|---|---|
| 操作感 | クラッチ+シフト操作が中心 | 右足のみで完結(左足ブレーキ可) |
| 荷重コントロール | 完全マニュアル制御 | 自動補助により安定性向上 |
| 加速感 | ダイレクトで荒々しい | 滑らかで効率的 |
| コーナリング安定性 | 技量に依存 | 車が適切に補助 |
| 街乗り | 渋滞ではやや疲れる | 渋滞でも快適 |
| 学び要素 | 操作技術を磨ける | 挙動理解を深められる |
8. 弐号機が教えてくれたこと
8S-DATは人間より的確に速く変速するが、それがクルマを「つまらなく」するわけではない。
むしろ、自分のシフトチェンジスキルという雑味を取り除いた“純粋なクルマの挙動”を味わえる点が新しい。
弐号機のタイミングに慣れると、どんな複合コーナーも次々とクリアしていく滑らかさに酔う。
壱号機では自分の操作が邪魔していた部分が、弐号機では鮮明に見えてくる――それは、速さだけでなく「上達の余白」を教えてくれる体験でもある。
9. 結論と考察
前期型6MTは「クルマを自分で完全に操る楽しさ」。
後期型8S-DATは「クルマと荷重移動と舵角に集中して走る楽しさ」。
前者は“鍛える楽しさ”、後者は速くはしる楽しさと表現できるだろう。
弐号機は自分の下手さを教えてくれるクルマであり、その速さを引き出すには、ドライバー体内の荷重移動と舵角に対するセンサーの再調整を迫られる。
少年時代にクラッチを繋いで車体が動き出した感動を「第一段階」とすれば、弐号機で己の限界を知ったことは「ドライビング道楽の第二段階」かもしれない。
焦らず、安全に、そしてますます精進したい――そう思わせるのが、GRヤリスという稀有な一台である。