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はじめに:食料品0%は飲食店にとって増税なのか?
「食料品の消費税を0%にすると、飲食店にとって増税となり倒産が増える」といった主張を目にすることがある。この話は本当なのだろうか。
ネット記事の中には、次のように説明するものがある。
食材が非課税になることで、仕入れ時に払った消費税が控除できなくなり、飲食店の負担が増える。
しかしこれは誤解である。食料品が非課税または0%なら、飲食店はそもそも仕入れ時に消費税を払っていない。払っていない税金を控除できなくても、負担は増えない。詳細は食料品消費税率0%で飲食店がバタバタ倒産するって本当?|簿記の原則から検証する。を参照。
本記事の結論は以下の通りである。
「飲食店にとって増税になる」──完全に誤解。
「飲食店がバタバタ倒産する」──これも会計的には誤解。
ただし、外食と自炊・テイクアウトの相対価格が変わるため、イートイン前提の店舗モデルの合理性が低下する可能性はある。
以下では、簿記・会計・市場行動の3点から、この構造変化を分析する。
食料品消費税0%でも飲食店の会計は1円も変わらない
仕入税額控除の仕組みと「中立性」
消費税は付加価値に対して課税される仕組みであり、仕入先に支払った消費税は販売時に預かった消費税から控除できる(仕入税額控除)。
税率0%または非課税では、飲食店は仕入先に消費税を支払わない。したがって控除が発生しないのは当然である。
利益も消費税負担も変わらない
税率8%から0%になっても、
売上
利益
店舗の固定費
納付する消費税の総額
これらはすべて変わらない。会計上の採算性は全く悪化しない。
本当に起こるのは相対価格の変化であり、行動が変わる
自炊・テイクアウトが相対的に安くなる
食料品が0%になると、自炊コストとテイクアウトの食品部分の価格が相対的に下がる。一方、イートインの価格とコストは変わらない。
心理的にイートインが割高に見え始める
実際の価格は変わらなくても、
家で食べれば安い
テイクアウトの方が賢い
という心理が働く。相対価格の揺らぎこそ、飲食店への真の影響である。
イートイン+テイクアウト混合店が最も影響を受ける構造的理由
イートインは固定費が重く、稼働率が命
イートインにはテイクアウトにない固定費がある。
広い客席
高い家賃
ホール人件費
冷暖房・水道光熱
席の回転率の制約
これらはイートイン特有のコストである。
テイクアウト増加はイートイン前提モデルの合理性低下につながる
テイクアウトが増えると、
イートイン席の稼働率が低下
固定費はそのまま
席数が過大投資になる
起きているのは「採算悪化」ではなく、「イートイン前提モデルの合理性が低下する」という構造的変化である。
会計上の数字は悪化しないが、店舗モデルそのものが時代に合わなくなる。
テーブルチャージやお通し代は、実は合理的な仕組みだった
席という資源に価格をつける合理性
イートインでは「席」が収益の源泉である。席に対して一定の対価(席料・チャージ)を設けることには経済的合理性がある。
固定費回収と稼働率リスクの緩和
長時間滞在や注文量の差といったイートイン特有のリスクを緩和し、固定費を回収する装置として席料は機能する。
食料品0%によってテイクアウトシフトが進む未来では、席料の合理性はむしろ以前より明確になる可能性がある。
食料品0%で飲食店に起こりうる変化まとめ
イートイン縮小・移転・業態転換などの構造調整
起こり得る変化は次の通り。
イートイン面積の縮小
イートイン営業の廃止
テイクアウト特化型への移行
ゴーストキッチン化
店舗移転
席料・チャージの再導入
セルフサービス化による効率化
これは「倒産の連鎖」ではなく、店舗モデルの最適化・構造転換である。
結論:会計ではなく合理性の地殻変動が飲食店を動かす
会計上は何も変わらない
消費税負担も利益も変わらない
しかし相対価格の変化で外食が割高に見える
消費者行動が変化し、イートインの稼働率が下がる
その結果、イートイン前提の店舗モデルの合理性が低下する
食料品消費税0%が飲食店にもたらすのは、「会計負担の増加」ではなく、どの店舗モデルが生き残るかという選別の開始である。
