元医師の私が民間医療保険に入らない理由|公的保険の実力と“相殺される民間保険”

「公的保険と民間医療保険を対比する黒線イラスト。左に盾、右に相殺を示す線の家計アイコンが描かれ、医療保険の優先順位を示す構図。」
公的医療保険の実力と、相殺が起きる民間医療保険との構造的な違いを象徴的に描いた図。

民間医療保険は資産形成の観点から、明確な判断基準を持って加入の当否を決めるべき商品である。本ページでは、わたし理屈コネ太郎が民間医療保険に加入しない理由を、ファクトベースで説明します。

Contents

序章:元医師の私が民間医療保険に入らない理由

日本では「医療保険に入るのが当たり前」という空気があります。
会社の同僚、家族、友人。誰に聞いても「とりあえず医療保険は入っておいたほうがいいよ」と言うかもしれません。

しかし、私は長く臨床に携わってきた医師ですが、民間の医療保険には加入していませんし、今後もそのつもりはありません。

理由は単純で、公的・民間それぞれの医療保険の「制度の構造」と「保険の本質」を冷静に眺めたとき、
民間医療保険に加入する合理性を感じないからです。

本記事では、公的医療保険(以下、健康保険)と、生命保険会社などが販売する民間の医療保険(以下、民間保険)を区別しつつ、
私が医療保険に入らない理由を説明します。

結論はあくまで「私はこう判断しています」という個人的な選択です。
しかし、その判断材料はすべて事実と制度構造に基づいています。


第1章 健康保険は「患者の医療費負担を一定範囲に収める」制度である

1-1 健康保険は、患者の自己負担額を抑える仕組み

日本の健康保険は、患者の医療費負担を一定範囲に収めるよう設計された制度です。

  • 最大でも3割負担という枠組み(窓口負担)

  • 高額療養費制度による「月ごとの窓口負担額上限」

これらによって、たとえ手術が重なったり、高額な薬を使ったりしても、
患者が支払う窓口負担額は「現実的に支払える範囲」で頭打ちになります。

治療費そのものの総額がどれだけ膨らんでも、患者の負担額はこれらの制度により上限が抑えられます。
この構造は非常に強力です。

さらに、年間の医療費が一定額を超えれば、所得税算出時の医療費控除によって翌年の税負担が軽くなる仕組みもあります。


1-2 窓口負担額で家計が破綻した例を知らない

臨床の現場では、
「医療費が払えずに破綻した」というケースを、私は全く見ていません。

実際の窓口負担額は、高額療養費制度が適用されれば、
数万〜十数万円程度に収まることが大半です。

ちなみに十数万円の負担限度額はかなりの高額所得者の限度額なので、一般的な人には該当しません。

窓口負担額よりも深刻なのは、どちらかといえば

  • 長い入院による収入の途絶

  • 家族の生活費の不足

といった“生活側の問題”でした。

つまり、私の経験からすると、医療費そのものは破滅リスクにはなりにくいのです。


1-3 だから、民間医療保険の役割は極めて限定的

健康保険がすでに「患者が負担する金額に上限をつけている」ため、
民間保険がカバーするのは、患者が負担する金額の「一部だけ」に過ぎません。

そして、その“一部”は民間保険の保険料を支払ってまで得られる金額にしては過小であり、
保険料を支払うくらいなら貯蓄やインデックス投資に回した方が合理的であるし、
殆どの場合は生活防衛資金や通常の貯蓄でカバーできる程度です。

構造的に見て、窓口負担額そのもののリスクは、
すでに健康保険という巨大なセーフティネットによって“解決済み”だと言えます。

ここに、民間保険の必要性が薄い理由の第一が存在します。


1-4 健康保険の“破綻不安”に民間保険で備える、という発想について

公的な健康保険は高騰する医療費のため破綻するから、民間保険で備えておこう…と考える人もいるかもしれません。しかし、この心配は当面不用です。そもそも1961年に皆保険制度が完成する以前から、健康保険は保険料だけで給付を賄えず、税金が原資の一部になる構造でした。健康”保険”という名称が実態を反映していないのです。

公的健康保険の「破綻」を、保険料収入だけでは給付を賄えない状態だと定義するなら、健康保険は最初からその状態にあります。民間保険会社であれば、最初から経営破綻とみなされているでしょう。

ここで大切なのは日本国は公費投入+保険料による”健康保険”の仕組みを作った事です。最初から、国民から徴収する保険料だけでは不足する事は想定だったのでしょう。

この方針が続くかぎり、健康保険が機能不全するという意味で破綻することは、国家財政破綻とほぼ同じ意味になり、まず起こりえません。仮に起きたとしたら、それはシステミックリスクが顕在化した状態なので、民間保険は健康保険より前に消滅しているでしょう。いずれにしても、健康保険の代わりに民間保険で備える、という選択肢は合理性が薄いのです。

関連記事➡財政均衡という幻想|GHQから令和へ続くインフレ恐怖症の系譜


第2章 民間医療保険の構造──定額給付のはずなのに“相殺”が起きる不可解

2-1 民間医療保険は“実費保障”ではなく、あくまで「定額給付型」

民間保険は基本的に、

  • 入院1日◯円

  • 手術◯万円

  • 通院1回◯円

という定額給付型です。

このしくみは、患者が実際に支払った窓口負担金とは全く連動しません。
保険としての性格は窓口負担金の足しにするというよりも「生活費の足しにする定額支払い」に近いものです。

そして定額給付型の保険は、原則として複数加入している場合には契約数×満額が支払われます。

※なお、生命保険の定額給付は複数契約でも相殺されない点が、後に重要になります。


2-2 しかし実際には、複数加入で“相殺(給付調整)”が起きる

記述したように、定額給付は条件さえ満たせば満額支払われるのが原則です。
ですから、生命保険などの定額給付型保険は1人の人が複数の保険に加入します。死亡した場合に契約数×満額が支払われます。

ところが医療保険は、定額給付と言いながらも、
複数の医療保険に加入していると実務上支払い額が相殺される(給付が調整される)ことがあります。

つまり、

  • 表向き:「入院1日1万円×日数で支払います」

  • 実際:「複数加入だとすべて満額支給はされません」

という矛盾した構造が存在します。

健康保険が患者負担を一定範囲に収めるように、
民間保険も “一定以上の給付が出にくい構造” に寄せて運用されているわけです。

この矛盾は、民間保険会社も十分に説明せず、加入者の認識では加入保険数×満額支給と考えているケースが殆どでしょう。

民間保険の相殺の仕組みを知ると、仮に民間保険に加入するとしても、最初の一つで十分ではないかと感じます。二つめ以降の意味は、私にはほとんど見出しにくいのです。


2-3 給付調整それ自体は理解できるが、「説明不足」が気になる

民間保険の給付調整は、過剰給付や不正請求を防ぐという意味ではとてもよく理解できます。

ただ、

  • 定額給付と説明しながら、

  • 実際には給付調整される場合がある

  • そしてそれが十分に説明されない

という点に、私はどうしても違和感を覚えます。

構造が複雑で説明も不足している保険は、
私にとっては「魅力のある商品」とは言えません。


第3章 生命保険との対比──どちらが“本来の保険”なのか

3-1 生命保険は、複数契約でも“満額が支給”される

生命保険は非常にシンプルです。

例:

  • A社の死亡保険1,000万円

  • B社の死亡保険500万円

被保険者が死亡したら、特に問題なければ
1,500万円が満額支給されます。

相殺はありません。

これは「人は一度しか死なない」という特性上、
モラルハザードが起こりにくいからです。

この“シンプルさ”こそ、保険が本来もつべき構造です。


3-2 一方、民間医療保険は複数契約でも満額支給になりにくい

民間保険では、複数加入していても、

  • 一つの手術

  • 一つの入院

に対して、“すべての保険から満額給付”とはならないケースがあります。

生命保険では複数契約がそのまま「力」になるのに、
民間保険は複数契約しても期待通りの結果になりにくい。

ここに、両者の本質的な違いが存在します。


3-3 家族がいる人にとって合理的なのは、医療保険より収入保障保険や生命保険である

家族(自分の収入に依存している人)がいる場合、
もっとも深刻なリスクは 医療費ではなく「収入の喪失」 です。

医療費は高額療養費制度で守られる。
しかし収入の喪失を守ってくれる制度は存在しません。

そう考えると、

  • 医療保険をいくつも契約するより、

  • 収入保障保険(この保険の魅力にも各社ばらつきがある)や

  • 家族が困らないための死亡保障を確保する方が合理的

だと私は考えています。

一方で、家族がいない人にとって、死亡保険は意味を持ちません。
保険料と給付、実際の所得のバランスを見ながら収入保障保険を検討してもよいかもしれませんが、
もっとも大切なのは、やはり生活防衛資金や就業不能への備えを優先することだと私は考えています。


第4章 保険の本質から見たとき、民間医療保険は“本命”たりえない

4-1 本来の保険は、個人では支えきれない“破滅リスク”を扱うもの

  • 火災

  • 自動車の対人・対物賠償

  • 家族の生活を支える収入途絶

これらは、一度起きると個人の貯蓄では到底支えられません。

保険とは、本来こうした「破滅的損失」を扱うべき仕組みです。


4-2 民間医療保険は“破滅リスク”ではなく“数万円〜十数万円”をカバーする保険である

健康保険が医療費の破滅リスクをすでに除去している以上、
民間保険が扱っているのは、

  • 数万〜十数万円の負担

  • 入院中の小さな生活上の不便

といった、生活防衛資金で十分吸収できる領域です。

私には、保険料に見合うリスク回避効果が見出しにくいのです。


第5章 元医師としての結論──私は民間医療保険には入らない

5-1 私が民間保険に入らない理由(まとめ)

  • 健康保険が医療費による家計破綻を十分に防いでくれる

  • 民間保険には“相殺”という定額給付保険として構造的な矛盾がある

  • 医療費よりも、収入喪失の方がはるかに家計に大きいインパクトをもつ

  • 家族を守るなら、医療保険より収入保障保険や生命保険や生活防衛資金が合理的

以上から、私は民間医療保険に入る必要性を感じていません。

ちなみに民間医療保険の特約にある収入保障特約は、注意深く中身を見た方がよいです。
給付を受ける条件が厳しくて、あまり保険としての魅力がないかも知れません。


5-2 もし加入するとしたら“差額ベッド代”をカバーする目的に一社だけ

差額ベッド代などの実費費用は健康保険の対象外です。
個室で療養したいといった価値観があるなら、
この部分を民間保険でカバーする選択肢はあり得ます。ただし契約は1つだけ。
二つ目以降は既述した相殺のため、あまり意味がありません。またこれは “快適さの問題” であり、医療保険の本質とは別だと私は考えています。

先進医療特約目的で加入するとしても一社のみです。先進医療は健康保険適用にはエビデンスが少ないのですが、疾病や状況や価値観によっては受ける事を検討してもよい治療法です。とはいえ、膨大な疾病のなかのごく一部に効くかもしれない…という程度なので、わざわざその目的で健康保険加入は割高かも知れません。


5-3 本記事は「私のポートフォリオ」の話

本記事は「医療保険は不要だ」と主張するものではありません。

私自身の、

  • 健康保険の構造

  • 民間保険の仕組み

  • 家族構成

  • リスク許容度

に関する知識を踏まえて
「私はこう判断しています」
と述べています。

医療保険に加入するかどうかの最終的な判断は、読者それぞれの状況・価値観に基づいて行われるべきだと思っています。


終章:構造を知れば、各種保険の優先順位はもっと単純になる

医療保険・生命保険・収入保障保険は、
それぞれ守備範囲が異なります。

日本の健康保険の実力を踏まえたうえで、
「何に保険料を払うべきか」を考えると、
医療保険の優先度は必ずしも高くありません。

私自身は医療保険には入らず、
家族がいれば生命保険、
いなければ生活防衛資金と就業不能への備えを重視します。

この記事が、読者の方が自分の頭で保険の優先順位を考える際の
“ひとつの材料”になれば幸いです。


当サイト内の他記事へは下記から

資産形成についての記事一覧
当サイト内記事のトピック一覧ページ 【最上位のページ】
筆者紹介は理屈コネ太郎の知ったか自慢|35歳で医師となり定年後は趣味と学びに邁進中

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です