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はじめに
住宅ローンの繰り上げ返済は、
「早く返せば利息が減る」「精神的にも楽になる」
といった理由から、合理的な選択として語られることが多い。
しかし、住宅ローン契約を
将来にわたる利益配分についての貸し手と借り手間の事前合意
と捉え直すと、繰り上げ返済の見え方は少し変わってくる。
繰り上げ返済とは、契約書にあらかじめ明記された正当な手続きとして、
その利益配分を再計算する行為だからだ。
その結果、借り手の利益は増加する一方で、
貸し手である金融機関の利益は相対的に減少する。
本稿では、この事実を出発点として、
繰り上げ返済手数料が設定される貸し手側の合理性と、
借り手にとって「想像されがちなほど有利にならない」設計の理由を、
住宅ローン契約の本質という観点から整理していく。
住宅ローン契約の本質
――契約とは、将来利益の配分をあらかじめ取り決めること
住宅ローン契約とは、単に「お金を借りて返す約束」ではない。
元本・利息・返済期間という条件を通じて、
将来にわたるキャッシュフローと利益配分を事前に合意する契約である。
金利とは、その合意内容を集約した数値だ。
そこには、
時間をかけて返済することへの対価
借り手の信用リスクを引き受ける対価
契約条件に応じたリスク配分
が含まれている。
たとえば固定金利の場合、
契約期間中の金利変動リスクは金融機関が引き受ける。
一方、変動金利の場合は、そのリスクを借り手が引き受ける。
いずれにしても、
金利水準は「誰がどのリスクを引き受けるか」を含めた合意の結果であり、
偶然や善意で決まっているものではない。
繰り上げ返済という選択肢
――契約に組み込まれた正当な再計算手続き
繰り上げ返済は、
住宅ローン契約書に明記された、金融機関側の利害も織り込まれた手続きである。
繰り上げ返済とは、
ローン契約時点で想定されていた、利益配分変更の方法の一つで、金融機関側の利息収入が過度に毀損しないよう設計された仕組みだ。。
ローン返済を契約よりも速いペースで進めることで、
利息の支払総額が減り、
結果として契約書に記載された返済総額よりも少ない金額で
返済を完了できる場合がある。
このことから、繰り上げ返済は
借り手にとって「お得な手続き」であるかのように
一般には理解されがちだが、
金融機関側も事前に想定したうえで条件設計しているため、借り手にとって過度に有利な形にはなりにくい。
この点を明らかにするため、
次章以降では、借り手側と貸し手側の双方を
同じ重みで見たうえで、その合理性を検討していく。
繰り上げ返済がもたらす変化
繰り上げ返済を行うと、
借り手と貸し手の双方に変化が生じる。
借り手側に生じる変化
借り手にとっての変化は分かりやすい。
支払利息が減少する
将来の返済負担が軽減・確定する
家計管理の観点から見れば、
これは確かに分かりやすいメリットである。
貸し手側に生じる変化
一方、金融機関側にも変化がある。
元本が当初想定より早く回収される
回収不能リスクや与信リスクが低下する
これは金融機関にとって、明確なメリットだ。
しかし同時に、
契約時に想定していた利息収入は減少する
という変化も生じる。
利息収入は、金融機関が職業として成立するための中核的な収益源である。
繰り上げ返済によって生じる利息収入の減少は、
貸し手側の事業構造に直接影響する。
繰り上げ返済とは、
借り手の返済判断によって生じる利息収入の減少が、
事業構造上は前提として想定されていない事態
だと言い換えることもできる。
この点を踏まえれば、
その影響を何らかの形で契約条件に織り込むことは、
事業の持続可能性という観点からの制度設計上の帰結だと理解できる。
繰り上げ返済手数料の位置づけ
繰り上げ返済手数料は、
事務手続きの原価
借り手へのペナルティ
と説明されることもあるが、
それだけでは十分とは言えない。
繰り上げ返済手数料は、
繰り上げ返済によって生じる利益構造の変化を前提に、
貸し手が「この金額と引き換えなら利息利益減少を受け入れてもいいかな」と考える水準として設定されている
と理解すると、実態に近い。
元本回収が前倒しになるというメリットと、
利息収入が減少するという変化。
この差分を調整せずに放置すれば、
契約全体のバランスは一方に傾いてしまう。
手数料は、その傾きを緩和するために設けられている。
住宅ローン控除という「失われるメリット」
繰り上げ返済を考える際、
見落とされやすい点として
住宅ローン控除の存在がある。
住宅ローン控除は、
「税金が戻ってくる制度」として理解されがちだが、
本質的には
借り手の住宅ローン金利負担を、制度的に補助する仕組み
と捉える方が分かりやすい。
控除期間中は、
住宅ローン残高に応じて一定額が所得税・住民税から控除されるため、
借り手にとっては
実質的な金利負担が引き下げられている状態にある。
この状態で繰り上げ返済を行うと、
次の二つが同時に起こる。
将来支払う利息額は減少する
一方で、住宅ローン控除による金利補助も失われる
つまり、繰り上げ返済は
利息削減というメリットと同時に、
住宅ローン控除というメリットを放棄する行為
でもある。
この点を考慮せずに
「利息が減るから得だ」と判断すると、
ファイナンス的な評価は過大になりやすい。
住宅ローン控除は、
繰り上げ返済が借り手にとって
過度に有利にならないよう作用する、
もう一つの制度的な調整要素だと考えることもできる。
したがって、
控除期間中の繰り上げ返済については、
利息削減額だけでなく、
失われる控除額とのバランスも含めて評価する必要がある。
「繰り上げ返済が有利になり過ぎない」必然性
仮に、繰り上げ返済手数料を伴わずに繰り上げ返済が可能な設計であれば、
多くの借り手が繰り上げ返済で早期完済を目指すだろう。
その結果、
金融機関は住宅ローンを組成しにくくなる
住宅ローンを成立させるために、
初期の金利水準が引き上げられる
といった形で、
貸し手・借り手の双方にとって望ましくない状況が生じかねない。
つまり、
繰り上げ返済が「思ったほど有利にならない」設計である理由は、
借り手を不利にするためではなく、
制度全体の規模と整合性、そして持続可能性を保つため
と考えることができる。
見えてくるもの
――繰り上げ返済をどう位置づけるか
ここまで整理すると、
繰り上げ返済の位置づけは次のように見えてくる。
繰り上げ返済は、
直感的に期待されがちなほど一方的に借り手に有利な設計ではないその理由は、
貸し手と借り手の双方の合理性が
同等に尊重される契約と制度設計にある
繰り上げ返済を行うかどうかは、
家計状況や価値観によって判断されるべき問題だ。
重要なのは、
それがどのような契約構造の上に成り立っている選択肢なのかを理解したうえで、
納得できる判断を下すことである。
それが、住宅ローン契約の信義則にかなった向き合い方だろう。
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筆者紹介は理屈コネ太郎の知ったか自慢|35歳で医師となり定年後は趣味と学びに邁進中
