第0章|「金を払っているのだから、ちゃんとやる」で思考を止めない
仕事を人に頼むとき、
「金を払っているのだから、ちゃんとやるのが当然だ」
と考えることがあります。
契約が成立し、業務内容が決まり、対価も支払います。
それでも実際には、
約束は外形的には守られている。
成果物も一応完成している。
しかし、期待していた品質には届いていない。
ということが起こります。
ここで言う「ちゃんとやる」とは、契約上の最低条件を満たすことだけではありません。
もう一度確認する。
問題を先回りして知らせる。
見えないところまで仕上げる。
相手が後で困らないように整える。
そうした、仕様書には書き切れない部分まで含めた仕事品質のことです。
発注者にとって重要なのは、契約を成立させることより、期待した水準の成果を得ることです。
そのためには、発注者側でも、求める結果と最低限の要求水準をある程度明確にしておく必要があります。
そのうえで、能力や実績と同じくらい見ておきたいものがあります。
その人が、その仕事をどんな気持ちで引き受けているか。
本記事では、仕事を遂行できる能力を持つ人の中で誰に頼むかを考えるために、
やりたい
やってもいい
やりたくない
という三分法を使います。
この位置を見誤ると、発注後に確認、修正、監視、再作業が増えます。
相手の気持ちと条件が噛み合えば、発注者自身の手間とコストを減らしやすくなります。
第1章|同じ能力でも、仕事の結果は変わる
同じ仕事を、同程度の能力を持つ人に頼んでも、結果は同じになりません。
差が出やすいのは、
- 仕上がりの丁寧さ
- 確認の回数
- 想定外への対応
- 問題の早期発見
- 依頼主への報告
- 最後のひと手間
といった部分です。
ここに、仕事に対する気持ちが強く表れます。
やりたい
本人がその仕事をやりたいと思っています。
発注者と仕事の方向性が一致しているとき、この状態はとても強く働きます。
依頼された範囲をこなすだけでなく、完成度を上げるための確認や工夫まで自発的に行いやすくなります。
発注者が細かく指示しなくても、
「ここも確認しておこう」
「このままだと後で困るかもしれない」
「もう少し仕上げておこう」
という行動が出やすくなります。
熱意が強い人ほど、自分なりの完成像へ作り込みすぎることもあります。
発注者と受注者の向いている方向が合っていることが大切です。
やってもいい
仕事そのものへの強い意欲はなくても、条件との釣り合いが取れています。
金銭、待遇、納期、裁量、肩書、将来の仕事などを含めて、
この条件なら引き受けてもよい
と思える状態です。
この位置にいる人は、条件が適切であれば、期待された水準の仕事を返しやすくなります。
やりたくない
本心では引き受けたくない仕事です。
組織上の担当だから、経営上断れないから、立場上受ける必要があるから、といった理由で合意は成立します。
仕事も行われます。
しかし、投入する手間を減らしたい力が働きやすくなります。
その結果、成果は要求水準の下限へ寄りやすくなります。
第2章|品質差は「仕様書に書いていない部分」に現れる
仕事には、明確に決められている部分があります。
納期、数量、形式、作業範囲、完成条件などです。
一方で、実際の仕事には、細かく契約に書き切れない部分が大量にあります。
もう一度確認する。
問題が起こりそうな場所を先に知らせる。
相手が使いやすいように整える。
見えない部分まで丁寧に仕上げる。
頼まれていない小さな不具合にも気づく。
こうした部分が、最終的な仕事品質を大きく左右します。
そして、この領域こそ気持ちの差が出やすい場所です。
やりたい人は、方向性が合っていれば、ここを勝手にやります。
やってもいい人は、条件との釣り合いの中でやります。
やりたくない人は、ここから削り始めます。
契約どおりに仕事をしたかどうかだけを見ていると、この差は見えにくくなります。
第3章|手抜きは、見えないところから始まる
やりたくない仕事では、
「どこまでやれば怒られないか」
という方向へ思考が動きやすくなります。
表から見える部分は整える。
検収される部分は仕上げる。
指摘されそうな箇所は対応する。
その一方で、発注者から見えにくい場所では、省力化が始まります。
省力化が進めば手抜きになります。
そこに、監視の弱さ、発覚しにくさ、本人にとっての負担軽減の大きさといった条件が重なると、隠蔽やルール逸脱、不正にまで進む場合があります。
一方で、信用を失うコスト、継続取引、自分の職業上の基準などが強く働けば、こうした省力化には歯止めがかかります。
発注者にとって重要なのは、仕事が始まってから「ちゃんとやってください」と繰り返すことより、
その仕事を少なくとも「やってもいい」と思える条件と、手抜きが割に合わない仕組みを用意することです。
第4章|「相場どおり払った」は、その人の気持ちの位置を保証しない
発注者は、対価を金額だけで考えがちです。
しかし、受注者が感じる条件は金額だけで決まりません。
たとえば、
- 報酬
- 納期
- 作業量
- 裁量
- 責任範囲
- 待遇
- 肩書
- 評価
- 将来の仕事
- 継続取引
- 職業上の信用
- 仕事そのものの面白さ
などが組み合わさっています。
相場には、その仕事を引き受ける人たちの平均的な条件が反映されています。
それでも、相場どおりの金額が、その人を「やってもいい」に置くとは限りません。
同じ100万円の仕事でも、
ぜひやりたい100万円の仕事と、
条件として納得できる100万円の仕事と、
本当はやりたくない100万円の仕事では、
仕事への向き合い方が変わります。
また、案件そのものへの意欲が低くても、
この仕事で信用を失いたくない、
次の仕事につなげたい、
自分の職業上の基準を守りたい、
という気持ちが強ければ、仕事品質は維持されやすくなります。
これらも含めて、その人にとっての条件です。
発注者が見るべきなのは、
いくら払ったか
だけでなく、
その条件によって、相手の気持ちがどこに位置するか
です。
第5章|自分が「やりたくない側」だったときを思い出す
この三分法は、発注者の立場だけから考えるより、自分が受注者だったときを思い出すと分かりやすくなります。
やりたくない仕事を、立場上仕方なく引き受けた経験です。
頼まれたことはやる。
期限も守る。
形にもする。
見えるところは整え、指摘されそうなところは直した。でも、見えない確認までは手を伸ばさなかった。
もう一度確認する。
少し先まで考える。
余計なひと手間をかける。
頼まれていないところまで気を配る。
そうした部分には、どうしても力が入りにくくなります。
本人としては、それなりに仕上げたつもりでも、相手から多くの修正を求められることがあります。
発注者として見ると「なぜここまでやってくれないのか」と感じる現象が、受注者側に立つとよく理解できます。
人は、同じ能力を持っていても、すべての仕事に同じ量の注意と工夫を投入するわけではありません。
この事実を自分自身にも当てはめると、「やりたい・やってもいい・やりたくない」という三分法が、人を評価するためだけのものではなくなります。
第6章|本人の説明より、気持ちの位置を見る
本人が、
「ぜひやりたいです」
「問題ありません」
「喜んで対応します」
と言うことがあります。
人は立場によって仕事を引き受けます。
会社の担当者だから引き受ける。
自営業者として売上が必要だから引き受ける。
プロとして依頼を受ける。
将来の関係を考えて引き受ける。
そのため発注者は、言葉だけでなく、
依頼への反応、
条件交渉の内容、
質問の仕方、
仕事への関心、
これまでの行動
などから、相手がどこにいるかを推察することになります。
一つの反応だけで判定するのではなく、全体としてどこに近いかを見ます。
正確な測定は必要ありません。
「やりたい」
「やってもいい」
「やりたくない」
のどこに近いかを粗く見るだけでも、発注判断はかなり変わります。
第7章|仕事が始まってからの監理は、発注の利益を削る
やりたくない人に仕事を任せると、発注者側の仕事が増えやすくなります。
仕事が始まってから、
進捗を聞く。
証拠を求める。
注意を出す。
再確認する。
修正を依頼する。
再発防止策を考える。
こうして事後の監理コストが積み上がります。
本来、人に仕事を頼む理由の一つは、自分の時間や労力を減らすことです。
ところが、監理と修正のために自分の時間を再投入するようになると、発注によって得られる利益が消えていきます。
場合によっては、
自分でやった方が早かった
というところまで行きます。
仕事そのものの価格だけを見ていると、このコストは見落とされます。
発注コストには、
仕事の代金+監理コスト+修正コスト+失敗リスク
まで含めて考える必要があります。
第8章|発注前に、相手・条件・仕組みを整える
仕事が始まってから監理を増やすより、発注前に結果が出やすい状態を作っておく方が効率的です。
まず、よりその仕事をやりたい人を探します。
次に、
相手が「やってもいい」と思える条件
を整えます。
報酬を上げる。
納期に余裕を持たせる。
作業範囲を絞る。
裁量を増やす。
責任を明確にする。
評価や将来の仕事につなげる。
こうした条件変更によって、同じ人でも仕事への向き合い方が変わります。
さらに、
仕事がどのように見えるかという仕組み
を発注前に整えます。
これは、仕事が始まってから細かく追いかける事後監理とは性質が違います。
中間成果が見えるようにする。
品質と信用をつなげる。
良い仕事が次の発注につながるようにする。
確認すべき場所をあらかじめ決めておく。
こうした設計によって、
良い仕事をした方が本人にとっても得になる状態
を作ります。
発注者にとって重要なのは、
仕事を引き受けさせる最低条件
を探すことより、
期待した品質を出してもらえる条件と仕組み
を用意することです。
結語|「払った」「引き受けた」だけでは、仕事の質までは決まらない
「金を払っているのだから、ちゃんとやるのが当然だ」
この考え方だけで発注すると、仕事が始まった後に多くの管理が必要になることがあります。
人は、
やりたい仕事と、
条件が合えばやってもいい仕事と、
本当はやりたくない仕事とで、
同じようには働きません。
その差は、仕様書に書けない細部から現れます。
丁寧さ、確認、先回り、工夫といった部分が減り、手抜きが生じ、条件が重なれば隠蔽や不正にまで進むことがあります。
発注者としてこの三分法を見ると、相手を選ぶための道具になります。
受注者として見ると、自分が今どの位置で仕事を引き受けているかを見る道具になります。
その二つを行き来すると、
「金を払ったから」
「引き受けたから」
という合意だけでは、仕事の質までは決まらないことが見えてきます。
だから発注者は、
相手を選ぶ。
条件を整える。
仕組みを整える。
そのうえで、良い仕事をした方が本人にとっても得になる状態を作ります。
良い仕事を得るために買うべきものは、作業時間だけではありません。
相手がその仕事にきちんと向き合える条件と、良い仕事が報われる仕組みまで含まれています。
