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最近の北欧高速艇に感じる「違和感」
近年、北欧の Axopar Boats や Saxdor Yachts といった北欧製高速プレジャーボートが、欧州や北米で非常に高い評価を受けています。
しかし、これらのボートを初めて見た従来のボートオーナーの多くは、ある種の違和感を覚えるのではないでしょうか。
バウは低く、まるで波を乗り越えるよりも、波を切り裂きながら進むような形状をしている。
乾舷も低く、真上から見ると、バウを頂点として船尾へ向けて広がる二等辺三角形のような船型をしています。
従来の外洋艇が持っていた、
- 高い船首
- 高い乾舷
- 波を浮力で乗り越える思想
とは、明らかに異なる方向性です。
では、なぜ最近の北欧高速艇は、このような船型になってきたのでしょうか。
実はこれらの船型は、近年の高速レース用セイリングヨットと非常によく似た思想を持っています。
そしてその背景には、
- プレーニング
- サーフィング
- ジェネカーの普及
- 動的安定
といった、現代高速艇全体の大きな思想変化が存在しています。
古典的な外洋艇の思想|波を「乗り越える船」
長らく、外洋航行を意図して設計された船には大きな共通項がありました。
まず、船首が高い事です。
高い船首は、向かってくる波を浮力で持ち上げ、乗り越える事ができます。特に高波の中では、この「船首が波を受け止めて浮き上がる」という性質は重要でした。
次に、その高い船首から船尾へ向かって、乾舷や船体上端がなだらかに低くなっていく事です。多くの場合、船尾が最も低くなります。
さらに、デッキの床面が海面より十分高い位置にある事も一般的でした。
これは、波を被って船内に海水が入った場合でも、重力によって海水を船外へ排出しやすくするためです。
つまり従来の外洋船は、
- 波を浮力で受け止める
- 波を乗り越える
- 水を被っても排水する
という思想で設計されていました。
現代高速ヨットの変化|波へ「入り込む船」
しかし近年、こうした古典的な外洋船とは明らかに異なる船型を持つプレジャーボートが、高い評価と人気を獲得しています。
これらの新世代プレジャーボートは、近年の高速レース用セイリングヨットと非常によく似た船型を持っています。
最近の高速ヨットは、
- バウが低い
- 波へ刺さる
- デッキへ海水が被る
- 真上から見ると二等辺三角形に近い
- 船尾幅が極めて広い
という特徴を持っています。
つまり、
「波を浮力で受け止める」
より、
「波へ入り込みながら速度を維持する」
方向へ進化しているのです。
これは、現代の高速ヨットがプレーニングやサーフィングを重視している事と関係しています。
従来のヨットは、波を押し分けながら進む「排水量型」の性格が強く、速度には限界がありました。
しかし現代の高速ヨットは、
- 長いハルライン
- 幅広い船尾
- 高速サーフィング
- プレーニング
を積極的に利用する設計になっています。
ジェネカーの普及が高速ヨットを変えた
そして、この変化を加速させた要因のひとつが、ジェネカーの普及です。
従来の対称スピネーカーは、扱いが非常に難しい帆でした。
しかしジェネカーや大型非対称スピネーカーの登場によって、比較的少人数でも高速ダウンウインド航行が可能になりました。
現代の高速ヨットは、巨大なジェネカーによって、マストよりもかなり前方で巨大な推力を発生させています。
そして、この「前方推力」に対応するために、船全体の設計も変化していきました。
かつてのヨットでは、メインセイルが推力の中心でした。
そのため、マストはキールよりやや前方に位置する事が一般的でした。
これは、メインセイルで発生した推力と、キールが生む横抵抗や復元力を整合させるためです。
しかし近年の高速ヨットでは、
- 大型ジブ
- 大型ジェネカー
- バウスプリット
- 前方推力
の重要性が増しています。
その結果、推力中心が船体前方へ移動しました。
すると設計者は、その推力とキール位置を整合させる必要があります。
そのため最近の高速ヨットでは、
- マスト位置がやや後退し
- キール位置へ近づき
- CE(帆装中心)とCLR(横抵抗中心)の関係を再調整する
傾向が見られます。
つまり現代ヨットは、
「メインセイル主体で波を耐えながら進む船」
から、
「巨大な前帆で加速しながら、波を使って滑走する船」
へ変化しているのです。
AxoparやSaxdorは「高速ヨット思想のエンジン艇」
そして、AxoparやSaxdorのような北欧系高速プレジャーボートは、こうした現代高速ヨットの思想を、エンジン艇へ持ち込んでいるように見えます。
低いバウ。
長いハルライン。
広い船尾。
低い乾舷。
波を切り裂く船首。
これらはすべて、
「波を乗り越える」
のではなく、
「波へ入り込みながら速度を維持する」
思想と整合しています。
ヨットにはキールがある|しかしAxoparやSaxdorには無い
もちろん、ヨットにはキールがあります。
ヨットは数百kgから時に数トンにも及ぶバラストキールによって、巨大な復元モーメントを得ています。
極端に傾いても、キールがヨットを起こそうとするのです。
しかしAxoparやSaxdorにはキールはありません。
そのため、
- 低い乾舷
- 細身船型
- 海面に刺さるバウ
は、ブローチング耐性や転覆耐性の観点から見ると、やや不安に感じる人もいるでしょう。
しかし、これはどうやら素人の杞憂に近い部分もあるようです。
実際には、これらの北欧系高速プレジャーボートは欧州でも北米でも非常に高い評価を受けています。
現代高速艇は「波を利用する船」へ変わった
つまり現代の高速艇設計は、
「浮力だけで波と戦う」
のではなく、
- 速度
- 動的安定
- 長水線長
- 波貫通性
- サーフィング性能
を利用して、海と付き合う方向へ進化しているのです。
現代の高速プレジャーボートや高速ヨットは、
「海を力で乗り越える船」
ではなく、
「海の切り裂きながら速度で抜けていく船」
へ変わりつつあるのかもしれません。こうした船体設計の基本的思想の変化は、Mercury Verado V12の登場などと相まって、プレジャーボートの今後の行方に少なからぬ影響を残すかもしれません。
Mercury Verado V12については別記事Mercury Verado V12とは何だったのか|船外機の常識を破壊した「問題作」の現在地に詳述しています。