世界のプレジャーボートを眺めていると、ある共通点に気付く。
北欧の SARGO や Targa、フランスの Jeanneau Merry Fisher、ニュージーランドの Stabicraft、アメリカの Duckworth や Ranger Tugs。
国もメーカーも違うのに、どこか似た雰囲気を持つ船がある。
高いキャビン。
大きな窓。
風雨を避けられる操船席。

これらはすべて、パイロットハウス艇と呼ばれる設計思想を持つボートである。

ここで比較のためにパイロットハウスとは真逆の思想で設計されるセンターコンソール艇をご紹介する。ご覧の通り、センターコンソール艇は風や気温から体を守る装備がない。フロリダなどの快適な海向きの船である。
しかし、ここで大切なのは、パイロットハウスもセンターコンソルもメーカーでも船種でもないということである。
パイロットハウスやセンターコンソルとは、船の形状、つまりレイアウト(設計様式)の名称なのである。
クルマで言えば、クーペとオープン、そんな感じの違いである。
Contents
パイロットハウスとは何か
パイロットハウス(Pilothouse)とは、
運転席(ヘルム)を屋根と壁で囲い、雨・風・寒さ・波しぶきから乗員を守る構造を持つボート
を指す。
言い換えれば、
「操船席を建物の中に入れたボート」
である。
船長は屋外ではなくキャビンの中で操船する。
そのため、
- 雨
- 強風
- 寒さ
- 強い日差し
- 波しぶき
などの影響を大きく減らすことができる。
パイロットハウスという名前も、
Pilot(操船者)
House(部屋)
という極めてそのままの意味である。
パイロットハウスは船のスタイルである
ここは誤解されやすい。
例えば、
- Stabicraft
- Ranger Tugs
- Merry Fisher
- Duckworth
- SARGO
は、まったく異なる船である。
材質も違う。
用途も違う。
メーカーも違う。
しかし共通しているのは、
パイロットハウスという設計様式
なのである。
自動車で例えるなら、
SUV
という言葉がメーカー名ではないのと同じである。
なぜパイロットハウスが生まれたのか
理由は単純である。
海は寒く、濡れ、風が強いからである。
港を出れば、
突然雨が降る。
冬は氷点下になる。
波しぶきが風に乗って飛んでくる。
何時間も操船し続けることもある。
このような環境では、
「操船席が屋外」
という設計は非常につらい。
そこで、
まず操船者を守ろう。
という発想から生まれたのがパイロットハウスである。
だからこの設計は、
北欧、
カナダ、
アラスカ、
ニュージーランド、
アメリカ北西部
など寒冷海域ほど多く見られる。
パイロットハウスの長所
パイロットハウス艇には多くの利点がある。
まず、
一年中乗れる。
寒い日でも暖房が効く。
夏はエアコンも使える。
風雨を気にせず長時間操船できる。
さらに、
視界が非常に良い。
操船席が高い位置にあるため、
周囲を見渡しやすい。
大型船や漂流物も早く発見できる。
また、
キャビンが生活空間にもなる。
家族で食事をしたり、
宿泊したり、
悪天候を避けたりできる。
長距離クルージングでは非常に大きな利点となる。
一方で短所もある
もちろん万能ではない。
キャビンがあるということは、
風を受ける面積も増える。
横風には弱くなる。
また、
構造物が増えるため、
重量も重くなる。
高速性能だけを追求するなら、
オープンボートのほうが有利になることも多い。
さらに、
船首へ行く動線は、
ウォークアラウンド構造でない限り制約を受けやすい。
つまり、
快適性を得る代わりに、
重量や空気抵抗という代償も支払っているのである。
パイロットハウスの対極にある設計思想
では、
パイロットハウスの反対側には何があるのだろう。
もっとも代表的なのは、
センターコンソール艇
である。
センターコンソール艇は、
船の中央に操船席を置く。
しかし、
その操船席は基本的に屋外である。
屋根だけが付くものもあるが、
壁はない。
風を受け、
雨に濡れ、
海を全身で感じながら操船する。
この構造は、
釣りを最優先するアメリカで非常に発達した。
360度どこからでも魚とやり取りできる。
デッキを最大限広く取れる。
大型魚とのファイトにも適している。
Boston Whaler や Grady-White などのセンターコンソール艇は、この思想を代表する存在である。
つまり、
センターコンソールは
「自然に開かれた船」
パイロットハウスは
「自然から守る船」
という対照的な設計思想を持っている。
オープンボートというもう一つの世界
もう一つ対極に近い存在が、
オープンボートである。
ランナバウト、
ボウライダー、
デッキボート、
インフレータブルボートなどは、
乗員がほぼ完全に屋外で過ごす。
開放感は抜群である。
しかし、
長距離航海や寒冷地には向かない。
つまり、
船は、
海を楽しむか、
海から守られるか、
そのバランスをどう取るかで設計が大きく変わるのである。
世界のビルダーが選んだパイロットハウス
世界を見ると、
パイロットハウスという設計思想は実に幅広く採用されている。
北欧では、
SARGO、
Targa、
Nord Star。
フランスでは、
Jeanneau Merry Fisher、
Beneteau Antares。
ニュージーランドでは、
Stabicraft。
アメリカでは、
Duckworth、
Parker、
Steiger Craft。
そして、
Ranger Tugs。
しかし、
これらは決して同じ船ではない。
釣り向け、
クルージング向け、
探検向け、
アルミ艇、
FRP艇、
タグボート風、
高速艇。
それぞれ個性はまったく異なる。
それでも、
「操船者を守る」
という考え方だけは共通している。
パイロットハウスは「安心」を設計したボートである
パイロットハウス艇は、
単にキャビン付きの船ではない。
それは、
海の中で人を守る
という思想から生まれた設計である。
雨の日も。
冬の日も。
波しぶきの中でも。
長時間の航海でも。
操船者が疲れにくく、
安心して海へ出られるようにする。
だから世界中の実力派ボートビルダーは、用途やデザインは違っても、パイロットハウスという設計思想を選び続けている。
それは流行ではない。
海という厳しい自然と向き合ってきた結果、生まれた一つの合理的な答えなのである。