GRヤリスに乗っていると、ときどき妙な気分になる。
自分のクルマにスタイリング以外では特に不満があるわけではない。むしろ逆だ。
このサイズ、この車体、このエンジン、この四駆。街で乗っても、峠で乗っても、サーキットで踏んでも、GRヤリスには「普通のクルマを超えた何か」がある。トヨタが本気でモータースポーツから市販車を作ったらこうなる、という説得力がある。
ただ最近、その説得力が少しずつ揺らぎ始めている。
理由は、トヨタが次々に出してくる“次のピース”だ。
まず、セリカ復活の話がある。
正式な市販発表があったわけではないが、少なくともトヨタの公式メディアであるトヨタイムズ上では、ラリージャパン2024の場で中嶋裕樹副社長が「セリカ、やっちゃいます!」と発言したことが報じられている。さらに2026年の経営体制変更に関する質疑でも、近次期社長が「開発は進んでいるんじゃないか」と語っている。まだ輪郭はぼやけているが、火のないところに煙が立っている段階では、もうなさそうだ。
次に、GRヤリスMコンセプトがある。
これはかなり強烈だ。見た目こそGRヤリスの皮をかぶっているが、中身はミッドシップ4WD。トヨタ自身が、従来のGRヤリスはフロントエンジン4WDゆえに、ブレーキング、旋回、加速の負担が前輪側に集中し、限界域ではアンダーステア傾向が出ると説明している。その課題を根本から変えるために、エンジンとトランスミッションを運転席後方へ移し、ミッドシップ4WD化したのがGRヤリスMコンセプトだ。
しかもこれは、ただのショーカーではない。
2025年の東京オートサロンで注目を集め、スーパー耐久にも投入され、2026年には富士24時間レースにも参戦している。開発は2023年から続いており、トヨタイムズはその3年間の軌跡まで追っている。つまり、トヨタはこのクルマを“見せ物”としてではなく、実戦で壊し、直し、鍛える対象として扱っている。
さらに面白いのは、搭載されているG20Eという新しい2.0Lターボエンジンだ。トヨタイムズによれば、このエンジンは従来の2.4Lターボより高出力でありながら、高さと体積を約10%小さくしているとされる。スポーツカーにも、商用・重量級車両にも使える可能性を持たせているという説明だ。
1.6Lターボと、FFベースとは思えない完成度を持つ4WDシステムに惚れ込んだ現GRヤリス乗りなら、このスペックを聞いて血が滾らないはずがない。
ここまで材料が揃うと、GRヤリス乗りとしてはどうしてもパズルを始めてしまう。
セリカが来る。
ミッドシップ4WDの実験車が走っている。
新しい2.0Lターボがある。
WRCも2027年から大きく変わる。
そしてトヨタは、今もGRヤリス Rally1でWRCを戦っている。2026年のTGR公式解説では、GR YARIS Rally1は市販GRヤリスをベースに、ヤリスWRCやGR YARIS Rally1 HYBRIDの経験を活かして開発されたとされている。
では、次はどうなるのか。
素直に考えれば、WRCの主役は今後も「ラリーに向いたパッケージ」のクルマだ。
もしセリカが復活し、それがGRヤリスのドライブトレイン思想を受け継ぐ、より低く、より広く、よりスタイリッシュな4WDスポーツとして出てくるなら、WRCの看板としては非常にわかりやすい。かつてのセリカGT-FOURの記憶もある。ラリーとセリカの組み合わせは、名前だけで物語を作れる。
一方で、GRヤリスMコンセプトのようなミッドシップ4WDは、ラリーよりもサーキットの匂いが濃い。
そもそもミッドシップは冷却が難しい。トヨタイムズも、フロントエンジン車なら走るだけで前方から冷気が入るが、ミッドシップではエンジンが運転席後方にあるため冷却風を受けにくく、GRヤリスMコンセプトにも冷却という大きな課題が残っていると伝えている。
ただ、その弱点は市販車の形に落とし込むと、むしろデザインの理由になる。
エンジンの真上にスリットを切る。
サイドに大きなインテークを開ける。
リアフェンダーを膨らませる。
熱を抜くための造形が、そのままカッコよさになる。
つまり、ミッドシップ4WDが本当に市販化されるなら、GRヤリスのハッチバックボディを無理に使うより、最初からミッドシップらしい低いスポーツカーの形にした方が自然だ。MR2なのか、MR4なのか、まったく別の名前なのかはわからない。しかし、少なくともGRヤリスの形をしたまま出てくる必然性は薄くなる。
ここで、GRヤリス乗りの悩みが生まれる。
セリカがWRCの看板を背負う。
ミッドシップ4WDがサーキット系スポーツの頂点を狙う。
では、ハッチバックのGRヤリスはどこへ行くのか。
GRヤリスは、もともと特別な存在だった。
普通のヤリスとは違う。ボディも、駆動系も、エンジンも、モータースポーツのために作られた特別なホットハッチだった。だからこそ、乗っている側にも矜持がある。
ところが、セリカとミッドシップ4WDという二つの影が見えてくると、GRヤリスの立ち位置が少し宙に浮く。
WRCのためのクルマなら、今後はセリカの方が物語性が強いかもしれない。
究極の走りを追うなら、ミッドシップ4WDの方が理屈としては魅力的かもしれない。
そうなると、GRヤリスは「トヨタが本気でラリー由来のホットハッチを作った時代の記念碑」になってしまうのだろうか。
もちろん、そう簡単な話ではない。
GRヤリスには、GRヤリスにしかない価値がある。
小さい。
実用できる。
ハッチバックである。
雪道にも、街乗りにも、ワインディングにも似合う。
そして何より、日常のすぐ隣にモータースポーツがある。
セリカがどれだけ美しくても、ミッドシップ4WDがどれだけ速くても、GRヤリスの“道具感”は代わりにくい。高性能車なのに、どこか雑に使える。雨でも雪でも気負わず乗れる。荷物も積める。そういうクルマは、スポーツカーとは別の意味で魅力的だ。
だから、GRヤリスが消えると決まったわけではない。
むしろ、セリカがラリーの象徴になり、ミッドシップ4WDがサーキットの象徴になるなら、GRヤリスは「日常と競技の間にいるGR」として、より純化できる可能性もある。
ただ、悩ましいのはここからだ。
もし本当に、ミッドシップ4WDの市販車が出たら。
しかも、それがMR2、あるいはMR4のような名前で、明らかにミッドシップスポーツらしい形で出てきたら。
私は、たぶん迷わない。
購入する。GRヤリスに未練にも未練たっぷりだから、20式GRヤリスは手元に残すだろう。
それくらい、ミッドシップ4WDという言葉には魔力がある。
結局、GRヤリス乗りの悩みとは、自分のクルマが嫌になったという話ではない。
トヨタが本気を出し続けているせいで、次のクルマまで欲しくなってしまうという、ぜいたくな悩みなのだ。
GRヤリスは素晴らしい。
でも、セリカが来るかもしれない。
ミッドシップ4WDも来るかもしれない。
そしてトヨタが作る2Lターボミッドシップ4WDは世界中のスポーツカーファンに新たな基準点を提供するはずだ。
そしてその時、私はそっと呟くことになる。
「トヨタさん、お願いだからもうこれ以上のクルマを作らないで」と。