知らないことを断言して失敗した経験を繰り返さないために ――身につけたい「語らない力」

知った風に話した後、会話のぬくもりが失われた瞬間を振り返る中高年男性の線画イラスト
知っているつもりで語った言葉が、相手の関心から静かに外れていく——あの感覚。

Contents

はじめに

話し終わった瞬間、
あるいは話している最中から、
相手の視線がふっと離れていく。

うなずきはある。
否定もされない。
けれど、それまでは確かに感じていた
会話のぬくもりが、急に冷めていく。

その原因は分かっている。
本当は知らない事を、
知っている風に話しているからだ。

知った風に語っていること自体は、
最初から分かっている。
それがこれまで、
類推や結論付けとして有効だった経験もある。

それでも、
こちらに向いていたはずの注意が、
理由も告げずに離れていき、
場に残るのは、
温度を失ったやり取りだけになる。

問題は、
知ったかぶりをしたことそのものではない。
これまで有効だったはずの戦術が、
なぜこの場では通用しなくなったのか──
その理由を、自分が構造として掴めていないことにある。

この記事は、
その「通用しなくなった理由」を整理し、
同じ場面で、
もう一度ぬくもりを失わずに済むための思考整理である。


第1章|なぜ、経験を積んだ人ほどこの感覚に出会うのか

若い頃は、
分からないことを分からないと言えた。
勉強中であることも、未熟であることも、
自然に受け入れられた。

ところが、経験を積み、
「長くやってきた人」
「詳しい人」
「相談される側」
になると、立場は少しずつ変わる。

何か言わなければならない気がする。
黙っていると、期待を裏切るような気がする。
「分かりません」と言うことが、
少し居心地悪くなる。

これは性格の問題ではない。
役割の変化が生む、ごく自然な心理である。


第2章|これまで有効だった「知った風に語る」という戦術

知った風に語ることは、
必ずしも愚かな行為ではなかった。

限られた情報の中で、
経験をもとに類推し、
結論を出し、
場を前に進める。

それは現役時代、
実務や組織の中で、
十分に機能してきた戦術だ。

だからこそ、
このやり方を続けてきた。
それ自体は、間違いではなかった。

なぜなら、暫定的にでも結論付けて事態を前に進める責任者だったから。


第3章|なぜ戦術が突然、効かなくなるのか

問題は、
同じ戦術を使っているのに、
ある時点から反応が変わることだ。

否定されない。
叱られない。
しかし、関心が離れていく。

職位や肩書きがある場では、
この失望はうまく不可視化される。
だが、平場ではそうならない。

平等な場では、
関心は静かに移動する。
説明も理由も残さず、
ただ温度だけが下がっていく。

既述したように、かつての職場ではその任にあった裁量権者の立場を、自分は既に失っているからである。


第4章|「知っている」「類推している」「意見している」が混線する理由

ここで、整理しておきたい。

  • know:検証可能で、根拠があり、再現できること

  • guess:推測・仮説・経験則による見立て

  • think:意見・感想・価値判断

現役で走っているときは、
この三つを自然に使い分けている。

ところが、
聞き手が訂正してくれなくなると、
この境界が曖昧になる。

guess や think が、
いつの間にか know の顔をして語られる。

悪意はない。
だが、聞き手はそれを敏感に感じ取る。


第5章|断定がもたらす心理的報酬と、その罠

断定には、
分かりやすい報酬がある。

話が閉じる。
迷いが消える。
自分が納得できる。

断定は、
一種のカタルシスだ。

年齢を重ねるほど、
「まだ考え中です」
「分かりません」
と言うことの心理的コストは上がる。

だから、
断定は手放しにくい。


第6章|戦術の無効化がもたらす「静かな損失」

この種の失敗は、
大きなトラブルにはならない。

だが、
相談されなくなる。
話題を振られなくなる。
会話が広がらなくなる。

浅い言及は、
これまで築いてきた信頼を、
少しずつ削っていく。

気づきにくいから、
繰り返される。


第7章|「語らない」という戦術への更新

ここで視点を変えたい。

知らないことについて語らない。
分からないことを、そのままにしておく。
詳しい人に委ねる。

これは敗北ではない。
戦術の更新である。

成熟した人は、
知識量では勝負しない。


第8章|発言前に一度だけ立ち止まるための問い

ここで、
一つだけ自問してみる。

「この領域のスタンダードを、私は知っているだろうか?」

スタンダードとは、
教科書的知識ではない。
その領域で、
いま現役の人たちが共有している前提のことだ。

迷いが出たら、
断定する必要はない。

「それは詳しくないので、勉強中です」
「その分野の今の前提は、どうなっていますか?」

これは沈黙ではない。
成熟した参加の仕方である。


第9章|語らない、のさらに先にある高等戦術

沈黙が不自然になる場もある。

そんなときは、
評価も断定もせず、
ただ受け取る。

軽く頷く。
穏やかに微笑む。
「なるほど」と返す。

それだけで、
場の温度は保たれる。

これは逃げではない。
関係を壊さないための、
高度な選択だ。


終章|戦術を更新できる人だけが、ぬくもりを残せる

知らないことを断言してしまった。
空気を冷ましてしまった。

そんな過誤は、
誰にでもある。
とくに、長く生きてきた人ほど多い。

過誤を笑い飛ばし、
構造を分析し、
視座を上げ、
よりよい振る舞いを選ぶ。

努力が実らないこともある。
それでも、その過程は愛おしい。

この先を、
静かに、愉しく、人々の中で生きていくために。

語らない力を、
一つの選択肢として持っておくのは、
悪くないと思う。


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