少子化の原因は恋愛の相対的陳腐化

少子化の背景にある恋愛の相対的な魅力低下を象徴的に描いたイラスト。家族、指輪、スマートフォン、趣味的要素が黒線で表現されている。
少子化の原因は恋愛の相対的陳腐化

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少子化の原因は恋愛の相対的陳腐化

日本は長らく少子化という課題に直面している。
その原因は経済、雇用、教育、ジェンダー観など多方面から論じられているが、根本にあるのは結婚数の減少であり、さらに突き詰めれば、恋愛適齢期の人々が恋愛をしなくなったことに行き着くだろう。

言い換えれば、恋愛そのものが消えたわけではなく、恋愛という選択肢の「発生件数」が減ったのである。
その背景には、恋愛の魅力が相対的に低下したという構造がある――と、私は考えている。


恋愛は魅惑的な営為だが、唯一ではなくなった

恋愛は今もなお、人を強く惹きつける営みである。
しかし現代社会では、恋愛適齢期の人々が持つ時間・お金・精神的エネルギーを投じる対象が、かつてとは比較にならないほど増えた。

仕事、趣味、自己研鑽、娯楽、ネット上の交流、
あるいは社会と断絶して自分を回復すること――

これらは、時間という制約条件の中で恋愛と競合し、その結果、恋愛が選ばれないことが、ありふれた社会になってきた。


「何もしない」も、立派な選択である

ここで誤解してはいけないのは、「家で動画を見ながらのんびり過ごす」という行為も、その人にとっては価値ある趣味の追求である可能性だ。

趣味に邁進することは、必ずしも外向的でアクティブな行動や他者との共同作業を意味しない。
ネット上だけの人間関係で満足する人もいるし、孤独をネガティブに感じない人も増えている。

こうした価値観の変化は、恋愛を必須の人生イベントではなく、数ある選択肢の一つへと押し下げた。


結婚の合理性が薄れた社会

かつての日本では、貧しさゆえに結婚する人も少なくなかった。
一人では生活が成り立たなくても、二人で暮らせば何とかなる――そんな時代が確かに存在した。

しかし現代では、生活の質をある程度下げれば、一人でも生きていける。
加えて、コンビニやコインランドリーなどのサービス産業の隆盛は、家事や生活の分業を前提とした旧来の結婚モデルの価値を大きく相対的に低下させた。


「幸せな結婚」という物語の揺らぎ

さらに、メディアを通じて目にする有名人の結婚が、必ずしも幸福な結末を迎えていないことや、親世代自身が離婚という修羅場を経験している事実は、若い世代にとって無視できない影響を与えている。

結婚の前提となる恋愛そのものに、疑問や慎重さを感じる人が増えたとしても不思議ではない。


人口減少は、本当に恐れるべきことか

こうして日本は人口減少局面へと移行しつつある。
しかし私は、人口減少そのものを日本人が過度に恐れる必要はないと考えている。

不足する労働力は、税制や社会保障制度の見直しによる働き控えの解消、そしてICT・AI・ロボットの活用によって十分に補える可能性がある。
日本は、そうした対応が可能な国だ。


恋愛は「消える」のではなく「変容する」

仮に人口が減少を続けたとしても、日本人が地球上から消えるという事態は、おそらく起こらない。
税制や社会保障が適切であれば、恋愛の魅力に強く惹かれ、結婚する人、あるいは結婚せずとも子どもを持つ人(養子縁組を含め)は、一定数存在し続ける。

加えて、今後(2024年12月に本記事の執筆)は高齢者人口が急減する局面を迎える。
そうした時代には、旧来の価値観から解放された人々が増え、恋愛の多様な魅力が再発見され、恋愛事象の発生数が再び増加に転じる――そんな可能性も、決してゼロではないだろう。


おわりに

少子化の原因を「若者の経済力余裕の低下(それは決して若者のせいでは全くない)」と断じるのは正確ではない。
むしろ起きているのは、恋愛の相対的な陳腐化であり、価値観の多様化による選択の分散だ。

それを問題と見るか、成熟と見るか。
その判断自体を古い規範と価値観の高齢者に委ねてはならないが、そうした人々も次第に減少するので、私は日本の未来は結構明るいと感じている。

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筆者紹介は『理屈コネ太郎の知ったか自慢|35歳で医師となり定年後は趣味と学びに邁進』からどうぞ。

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