『ブレイキング・バッド』紹介第6回|王の終焉と贖罪──シーズン5「最終章の行方」

Contents

はじめに|崩れゆく王国

シーズン4でガス・フリングを葬り、ウォルターは完全な支配者となった。
だがその瞬間から、王国は崩壊を始めていた。
恐怖と欺瞞の上に築かれた支配は、必ず反乱と裏切りを呼び込む。

シーズン5は、犯罪王から転落、そして最後の選択までを描く物語だ。


1|帝国の拡張と腐敗

ウォルターは新たなメス製造ビジネスを拡大し、莫大な利益を得る。
だがその過程で、パートナーのマイクやジェシーとの間に決定的な溝が生まれる。

マイクは実務家として冷静に撤退を模索するが、ウォルターはそれを許さない。
「俺は負けない」というエゴが、同盟者をも敵に回す。
マイクの最期は、ウォルターの衝動と支配欲の象徴だった。


2|ハンクの執念と所業の露見

義弟ハンク・シュレイダーは、スカイラーの実妹マリーの夫であり、職務に忠実なDEA(麻薬取締局)の捜査官だ。
明るく豪快な性格ながら、捜査では粘り強く鋭い嗅覚を持つ。

ある日、偶然のきっかけでウォルターが裏社会で使っていた名──「ハイゼンベルク」──の正体に辿り着く。
水面下で進められた捜査は、やがてウォルターの犯罪行為を裏付ける証拠を積み上げ、
彼の所業は法執行機関に完全に把握され、世間にも報道される

ウォルターはもはや「隠れた犯罪者」ではなく、国を揺るがす大物犯罪者として公に追われる存在となった。


3|ブロック中毒事件の真相

ジェシーにとっての転機は、ブロック中毒事件の真相に気づいたことだった。
以前、ブロックが突然倒れたとき、ジェシーはガスの仕業だと信じていた。
しかしシーズン5前半の終盤、ウォルターの庭に植えられていた猛毒の植物「リリー・オブ・ザ・バレー」を思い出す。
症状が一致することから、ブロックを中毒に陥れたのはウォルターだったと悟る。

この瞬間、ジェシーの心からウォルターへの信頼は完全に消え、彼はかつての師を敵と認識するようになる。


4|決定的な決裂はジェーン見殺しの告白

最終盤、ナチス傭兵団に囚われていたジェシーを解放する直前、ウォルターは衝撃的な事実を告げる。
「ジェーンが吐瀉物を喉に詰まらせた夜、そばにいたが何もしなかった」と。

それは偶然耳にするのではなく、ウォルター自身が意図して告げた告白だった。
挑発か、贖罪か、あるいは自らの力を誇示するためか──その冷静な語り口は、ジェシーにとって精神を抉る最後の一撃となった。


5|荒野の対峙|助命と拒絶

ハンクは捜査の末、荒野でウォルターを逮捕する。
しかし直後、ウォルターが雇ったネオナチ傭兵団が現れ、状況は一変する。

ウォルターは必死に、彼らのボスにハンクの命を助けるよう懇願する。
だがハンクはすでに悟っていた。
「もう決まってるんだ、ウォルター。10分前にな」──
毅然とした態度で死を受け入れ、引き金の音が響く。

ハンクの死は、ウォルターにとって帝国の終焉を告げる鐘だった。


6|逃亡の日々

ハンク殺害後、ウォルターは完全に公的追跡対象となり、世間からも「家族をも危険に晒す犯罪者」として糾弾される。
彼は家族のもとを離れ、偽名と新しい身分で人目を避ける生活を強いられる。
寒村で孤立しながら、自らが築いた帝国が崩壊していく様をニュースで知るだけの日々。
その間も、彼の独善的な理念と戦略思考に退行はなかった。


7|家族への遺産と“美学”

死期を悟ったウォルターは、家族の将来を守るための計画を練る。
彼はかつての創業仲間であり、大富豪となったグレッチェンとエリオットの自宅を訪れる。
930万ドルの現金を託し、「フリン(ウォルターJr.)が18歳になったら信託として渡せ」と命じる。

表向きは依頼だが、外にはスナイパーに見せかけた元仲間バジャーとスキニー・ピートを待機させ、裏切れば“仲間”が報復するという暗黙の脅しを加える。
このやり取りは完全に私的な場で行われ、違法資金の授受であるため、二人が当局に訴える可能性は極めて低い。
こうしてウォルターは、自らの美学のもとで家族への巨額の遺産を確保する。


8|最期の選択と贖罪

ウォルターは最後に全ての元凶であるナチス傭兵団を一掃し、ジェシーを解放する。
その過程で自らも致命傷を負い、ラボの中で息絶える。
ラストカット、青いメス製造器具に囲まれた彼の顔には、奇妙な安堵が浮かんでいた。

それは贖罪か、自己満足か、あるいは死亡によるただの表情筋の弛緩か──答えは視聴者に委ねられる。


結び|独善性の到達点

ウォルターは、自らの独善的な美学と理念と戦略を生涯守り抜いた
その信条のもとで巨額の遺産を家族に残し、ハンクの遺体の所在をスカイラーに伝え、全容解明を目指す捜査当局との取引材料になり得る可能性を残す。

この独善性だけに余生を捧げた姿は、悪の物語でありながら、視聴者に深い余韻と奇妙な感動を残す。
王の終焉と、その後に残るもの──それは、一貫して自分の物語を生き切った男の“スタイル”だった。


🔗 シリーズ完結

これで全6回の『ブレイキング・バッド』レビューは完結となる。
この物語の余韻は、観る者の中で長く鳴り続けるだろう。


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