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はじめに
信義則という大切な概念がある。
その言葉を知らなくても、大抵の仕事は回る。
多くの企業や業界では、信義則に相当する考え方や所作が、文化や慣行として暗黙のうちに実装されているからだ。
しかし、その前提は業界をまたいだ瞬間に崩れる。
文化や慣行が異なるからである。
本記事では、信義則という民法上の基本原則を明確にしたうえで、そこから必然的に導かれる「信義則違反」とは何かを整理し、若いビジネスパーソンが知らずに踏みがちな法的地雷を可視化する。
第1章|信義則とは何か
― 民法が定める「信頼を前提とした行動原則」
まず確認しておきたいのは、信義則は道徳や礼儀作法、マナーの話ではなく、法律に明記された原則であるという点だ。
民法第1条第2項は、次のように定めている。
権利の行使及び義務の履行は、
信義に従い誠実に行わなければならない。
これが、いわゆる**信義則(信義誠実の原則)**である。
この条文が示しているのは、法律は
「契約書に書いてあることを守っていれば足りる」
という考え方を採っていない、という事実だ。
法律は当事者に対し、
・相手の信頼を前提として行動しているか
・その信頼を裏切るような振る舞いをしていないか
という点を常に注視している。
契約や取引は、本質的に不完全である。
なぜなら、あらゆる事態や対応を、事前に条文として書き切ることはできないからだ。
だからこそ民法は、「信義に従い誠実に行う」という抽象度の高い原則を最上位に置き、個別の条文では拾いきれない行為の是非を評価できるようにしている。
信義則とは、契約書の外側から行動全体を評価するための基準なのである。
第2章|信義則を知らなくても仕事は回る現実
実際のビジネスの現場では、信義則という言葉を意識せずに仕事をしている人がほとんどだ。
それなりに大きな企業で、重い責任を担う立場にある人であっても、「信義則」という用語を知らない、あるいは説明できないケースは珍しくない。
それでも仕事が回っているのは、多くの場合、信義則に相当する考え方や所作が、企業文化や業界慣行として無意識のうちに実装されているからである。
相手の立場を不当に利用しない。
形式的に可能でも、信頼を損なう行為は避ける。
書いていなくても、合理的な配慮を行う。
こうした行動は、「法律を守っている」という自覚がなくても、「当たり前のこと」として共有されている。
この意味で、信義則を言葉として知らないこと自体が、直ちに問題になるわけではない。
第3章|信義則がビジネスOSとして機能している理由
ビジネスは、法律だけで成立しているわけではない。
信頼、継続関係、評判、暗黙の了解。
こうした要素がなければ、取引コストは極端に高くなる。
そのため多くの業界では、信義則に沿った行動が「文化」として内在化している。
ただし、ここには一つ大きな誤解がある。
それは、信義則=空気を読むことだと思われてしまうことだ。
実際には、信義則は空気ではない。
最終的に、行為が信義則に沿っていたか否かを判断するのは、裁判所や第三者といった当事者ではない人々である。
職場のその場の空気が存在しない場所で、信義則に沿っていたかどうかが判断される。
文化としてうまく機能している間は見えないが、信義則という基準そのものは常に外部に存在していることに注意してほしい。
第4章|他業界・他職種では暗黙の前提は崩れる
問題が表面化するのは、業界や企業の外に出たときだ。
これまで普通だったやり方。
上司や先輩から学んだ慣行。
誰も問題にしなかった行動。
それらが、別の業界・別の企業・別の立場から見たとき、まったく異なる評価を受けることがある。
このとき問われるのは、「業界では普通だったか」ではない。
相手の信頼を前提とした行動だったか、という一点である。
ここで初めて、「信義則違反」と評価される可能性が立ち上がってくる。
第5章|自分の業界が信義則を重視しない場合のリスク
さらに厄介なのは、自分の属する業界そのものが、信義則をあまり重視しない文化だった場合だ。
業界内では黙認されていた行為が、外部との関係では、信義則違反や善管注意義務違反として評価されることがある。
本人に悪意がなくても関係ない。
「みんなやっている」
「これが業界のやり方だ」
こうした言葉は、法的な免罪符にはならない。
第6章|実際に見聞した信義則違反の具体例
理屈コネ太郎が実際に見聞した信義則違反を共有したい。
内装改修工事において、業者Aに図面作成と施工費用の見積もりを依頼し、その成果を別の業者Bに渡して、より安い金額で施工させる。
発注側の担当者たちは、これを合理的なコスト削減だと考えていた。
しかしこの行為は、発注の可能性があるという信頼を前提に、専門的な労務を無償で提供させ、成果だけを第三者に流用したという点で、信義則に反する。
信義則を明確に理解していれば、この行為が越えてはいけない線であることは自明だ。
第7章|善管注意義務とは何か
― 信義則を「行動レベル」に落とし込む法的義務
ここで、善管注意義務そのものを明確にしておく。
善管注意義務とは、**「善良な管理者の注意義務」**の略である。
努力目標や道徳的心構えではなく、明確な法的義務だ。
この義務は、民法および会社法に明文化されている。
民法第644条(委任)には、次のように定められている。
受任者は、
善良な管理者の注意をもって、
委任事務を処理する義務を負う。
また、会社法第330条により、取締役や執行役などにもこの規定が準用されている。
つまり、
・業務委託を受ける立場
・専門職
・会社役員
はいずれも、善管注意義務を負う立場にある。
善良な管理者とは、「性格の良い人」という意味ではない。
その立場・職業・役割にある人として、常識的かつ専門的に期待される水準の人を指す。
したがって善管注意義務とは、
その立場にある者なら、そこまで注意する義務を負う
という基準で評価される法的義務である。
「悪意がなかった」
「知らなかった」
「一生懸命やった」
といった主観的事情は、基本的に免責理由にならない。
第8章|善管注意義務違反が訴訟になりやすい理由
善管注意義務違反を理由とする民事訴訟は、決して珍しくない。
実務では、多くの場合、
・信義則=最終判断の基準
・善管注意義務=違反を具体的に立証するための道具
という役割分担で使われている。
善管注意義務が訴訟になりやすい理由はシンプルだ。
第一に、違反内容を具体化しやすい。
信義則は抽象的だが、善管注意義務は、
・業務内容
・立場(受任者、専門職、役員など)
・当時の状況
を積み上げて、
どこまで注意すべき義務を負っていたか
という形で、違反を具体的に主張できる。
裁判では、これは非常に強い。
第二に、典型的な訴訟類型が多い。
委任・準委任契約に基づくコンサル、設計士、医師、弁護士、会計士、IT受託、業務委託。
これらでは、民法第644条違反が正面から争われる。
会社役員責任では、取締役の経営判断、内部統制の不備、リスク管理不足が問題となり、会社法第330条(民法第644条準用)により、善管注意義務違反そのものが請求原因となる。
また、不作為、すなわち、
・注意喚起をしなかった
・危険を予見できたのに放置した
・確認すべき事項を確認しなかった
といった「やらなかったこと」についても、「善管注意義務を尽くしていない」という構成が用いられる。
第9章|信義則と善管注意義務の関係
多くの訴訟では、構造は次のようになる。
善管注意義務違反があったか
それは信義則に照らして許されるか
結論として責任を認めるか否か
つまり、
・善管注意義務=ミクロ(行動レベル)
・信義則=マクロ(全体評価)
という関係である。
第10章|ビジネス上の債務不履行と信義則違反
契約書を守っていれば安全、という発想は危うい。
契約の履行が、相手の信頼を前提とした誠実なものであったか。
それが、債務不履行の評価を左右する。
信義則に基づいてできる限りの努力を尽くしたうえでの債務不履行と、その痕跡がまったく見られない債務不履行とでは、その後の紛争処理において大きな差を生む。
最終章|信義則違反という「地雷」を避けるために
信義則違反とは、信義則という原則を明確にしたとき、自然に浮かび上がってくる「越えてはいけない線」である。
「業界では普通」「みんなやっている」という言葉は、信義則の前では、何の免罪符にもならない。
信義則と善管注意義務を知ることは、他人を裁くためではない。
自分のキャリアを守るための備えである。
