持ち家 vs 賃貸(3/4)|合理性では測れない「所有」の心理

持ち家と賃貸の選択を前に、住宅模型を見つめながら思索する人物。合理性と心理の間で揺れる「所有」の感覚を象徴した写真風イメージ。
どちらが得かではなく、どちらが「しっくり来るか」を考える時間。

Contents

第0章|本記事の性質と位置づけ

本記事は、持ち家 vs 賃貸論争に関する四部作の第三部です。

  • 第一部では、
    「総支出額の比較」による議論が、なぜ腑に落ちないのかを整理しました。

  • 第二部では、
    ファイナンスの視点から見たとき、多くの場合に賃貸を基準に考えることが合理的である、という結論を示しました。

しかし、ここまで合理性を理解しても、なお残る事実があります。
それでも多くの人は、家を持ちたがるという事実です。

本記事では、この点を
「非合理」「思い込み」「誤解」と片づけるのではなく、
人の心の自然な働きとして観察していきます。

これは、持ち家を擁護する記事でも、賃貸を否定する記事でもありません。
合理性では測りきれない「所有に傾く心理」の正体を、思考実験を通して探る記事です。


第1章|合理性を理解しても、人は家を持ちたがる

第二部で示したとおり、
ファイナンスの視点から整理すれば、
平均的な条件にある多くの人にとって、賃貸を基準に考えることは合理的です。

この点について、
細かな数式や前提条件は分からなくても、
多くの人は 嗅覚的に 理解しています。

  • 持ち家は身動きが取りにくい

  • ローンは長期の拘束になる

  • 将来の変化に弱い

それでも、人は家を持ちたがります。

この事実は、
人が合理性を誤解しているからではありません。
そこには、無視できない必然性があると考える方が自然です。

ここで、ひとつ重要な視点を挟んでおきます。

人が持ち家を選ぶ行為は、
将来を最適化するための選択というよりも、
不確定な要素を早めに閉じるための選択として理解した方が、心理的には自然です。

人は、不確実な状態が長く続くと、
判断を続けること自体に強い認知的負荷を感じます。
「まだ決めなくてよい」「いつでも変えられる」という状態は、
自由であると同時に、常に思考を要求される状態でもあります。

持ち家は、
「ここで決めた」「もう迷わなくてよい」という状態を作り、
不確定要素を閉じることで、認知負荷を大きく下げます。

これは非合理な行動ではありません。
不確実な世界を生き延びるために人間が獲得してきた、
きわめて基本的な生存戦略の一つです。

この前提を置いたうえで、
次の思考実験を見ていきます。


第2章|思考実験①

一億円の都心駅近持ち家 vs 地方のお屋敷 vs キャッシュ一億円

ここで、ひとつ目の思考実験をしてみます。

あなたは、次の三つの選択肢のいずれかを選べるとします。

  1. 一億円の都心駅近・新築持ち家

  2. 一億円の自動車が不可欠な地域に建つ、お屋敷のような持ち家

  3. 住居を固定せず、キャッシュ一億円をそのまま保有する

どれが得か、という判断はいったん脇に置いてください。
ここでは、それぞれを想像したときに、心がどう反応するかを観察します。

都心駅近の持ち家が呼び起こす感覚

都心駅近の持ち家は、
社会との接続や情報への近さを想起させます。

  • 移動のストレスが小さい

  • 書店や図書館、文化施設が近い

  • 人や情報の流れに触れやすい

これは利便性の話にとどまりません。
「自分は社会の流れの中に身を置いている」という感覚を与えます。

住まいが、自分の能力や活動範囲を
静かに拡張してくれるという感覚です。


地方のお屋敷が呼び起こす感覚

一方で、地方の広大な敷地に建つお屋敷は、
まったく異なる安心をもたらします。

  • 誰にも邪魔されない

  • 視線や音から解放される

  • 世界が自分のペースで流れている

これは、社会から距離を取れているという安心です。
利便性とは別種の、原初的な落ち着きに近いものと言えるでしょう。


キャッシュ一億円が呼び起こす感覚

キャッシュ一億円は、
最大の自由と可能性を意味します。

しかし同時に、
常に未決定である状態を引き受けることでもあります。

  • どこに住むか

  • いつ決めるか

  • 本当にこのままでよいのか

これらの問いが、常に開いたままになります。

この状態を、
自由と感じる人もいれば、
落ち着かなさと感じる人もいます。


この思考実験が示していること

ここで重要なのは、
どの選択肢が正しいかではありません。

人が選んでいるのは、
資産そのものではなく、
どの種類の安心を引き受けたいかなのです。


第3章|思考実験②

建売・分譲住宅 vs 注文住宅 vs キャッシュ一億円

次に、持ち家の中身を、もう一段細かく分けて考えてみます。

  1. 分譲・建売住宅

  2. 注文住宅

  3. キャッシュ一億円

建売・分譲住宅が与える安心

建売住宅は、
社会的に無難で、説明の要らない選択です。

「これを選んでおけば、大きく間違っていない」
という感覚が、多くの人に安心を与えます。

これは、
社会規範に適合しているという安心です。


注文住宅が与える満足

注文住宅は、
合理性よりも 自己表現 に近い選択です。

  • 間取りを考える

  • 素材を選ぶ

  • 細部に価値観を反映する

世界の一部を、自分の価値観で固定したい。
その欲求に応える行為だと言えます。


キャッシュという「自己定義の保留」

キャッシュは、
自己定義をあえて固定しない選択です。

これは高度な自由ですが、
同時に判断を続ける負荷を伴います。


第4章|「素敵」という感覚がもたらす効用

ここまで見てきた安心や裁量に加えて、
人が持ち家に感じている魅力には、
もう一つ重要な要素があります。

それは、「素敵だと感じられること」です。

友人や知人に、
「家を買った」と伝えるときの、あの静かな感覚。

誰にも気にせず、
生活様式を自分なりに編み出していく感覚。

壁に掛けるアートを、
何気なくデパートで物色する時間。

床の感触、壁の色、音の響き、光の入り方。
五感に触れるすべてが、
無自覚に「自分のものだ」と信じられる感覚

心理学的に見ると、
こうした感覚は自己効力感や環境への作用感を高め、
認知的な負荷を下げることが知られています。

重要なのは、
これらが 効用や合理性という概念では説明しきれない という点です。

それでも確実に、
人の思考力や創造性、日々の満足度に影響を与えています。

「素敵」という感覚は、
比較や計算を拒む、
きわめて人間的な効用なのです。


終章|合理性では測れない必然性

第三部の結論は、
「持ち家が正しい」ということではありません。

また、
「賃貸は冷たい選択だ」という意味でもありません。

人が持ち家を選ぶのは、
合理性を無視しているからではなく、
心が求める必然性がそこにあるからです。

その必然性は、
安心、裁量、自己定義、
そして 不確定要素を閉じ、認知負荷を下げる という作用として現れます。

これらは、
数式でも比較表でも捉えられません。

だからこそ、
この論争はいつまでも終わらず、
そして人それぞれの答えが生まれるのです。

次の第四部持ち家 vs 賃貸(4/4)|コストを引き受けて幸福を選ぶでは、
合理性と心理の両方を引き受けたうえで、

それでも自分は、どの幸福を選ぶのか

という問いに進みます。


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