リーマンショックとは何だったのか?|サブプライムローンと証券化の構造から考える

リーマンショックの構造を示す図。住宅ローン、証券化、トランシェ構造と価格下落の関係を黒線で表現したイラスト
リーマンショックとは何だったのか?|サブプライムローンと証券化の構造

リーマンショックとは、
「起きうるが確率は低い」とされた前提条件の全国的変化を商品設計に組み込まなかった結果、
サブプライムローン証券が持続不能に陥って発生した、
構造的な金融危機である。

リーマンショックはしばしば「百年に一度の想定外の金融危機」と語られる。
しかし、金利上昇や住宅価格下落といった事象そのものは、当時すでに金融業界で想定されていた。
問題は、それらを**「起きうるが確率は低い」**として、金融商品の設計から意図的に排除した点にある。

本記事では、サブプライムローンとその証券化がどのような前提のもとで成立し、
どの前提が設計外に置かれた結果、リーマンショックへと至ったのかを、
必要最小限の構造説明で整理する。


Contents

1.サブプライムローンは何を前提に成立していたのか

サブプライムローンとは、信用力や所得水準が低い層に対して提供された住宅ローンである。
特徴は、返済能力そのものよりも、市場環境に強く依存した設計にあった。

多くのサブプライムローンは、変動金利(ARM)であり、
当初数年間は低金利、その後に金利が上昇する構造を持っていた。
このローンが成立する前提は明確である。

  • 全国的に低金利環境が維持されること

  • 住宅価格が下落しないこと(少なくとも全国同時に下落しないこと)

住宅価格が上昇、あるいは横ばいであれば、
借り手は借り換えや売却によって返済を継続できる。
つまりサブプライムローンは、返済能力ではなく市場環境を前提に成立する、前提依存型ローンだった。


2.なぜ銀行はローンを持たず、証券化が進んだのか

サブプライム期の金融システムは、明確な分業構造を持っていた。

  • 商業銀行・モーゲージ会社:住宅ローンを組成し、売却する

  • 投資銀行:多数のローンを購入し、証券化して投資家に販売する

銀行がローンを長期保有しなかった背景には、自己資本規制(BIS規制)がある。
ローンを保有すればするほど、銀行は自己資本を積む必要がある。
そこで銀行は、ローンを組成した後すぐに売却し、
バランスシートを軽く保つ「Originate & Distribute」モデルへと移行した。

この結果、証券化という商品設計の判断は、ローンを組んだ銀行ではなく、
ローンを買い集めた投資銀行に集約された


3.三種類の証券と「リスク減少」という考え方

投資銀行は、集めたローンを証券化し、投資家に販売した。
このとき、証券は三つの階層に分けられる。

  • エクイティ:高リスク・高リターン。最初に損失を引き受ける

  • メザニン:中リスク・中リターン

  • シニア:低リスク・低リターン。最後に損失を被る

多数のローンを束ね、損失を下位の証券が吸収することで、
上位の証券(特にシニア)は安全になる、という設計である。

ここで重要なのは、当時の考え方そのものは、理論的に間違っていなかった点だ。
個別の債務不履行が散発的に起きる限り、リスクは分散され、全体としては低下する。


4.条件付きでしか成立しなかった「安全性」

しかし、このリスク減少は無条件ではなかった。

証券化によるリスク減少は、
市場環境が安定している限りにおいてのみ成立する、
条件付きの安全性だった。

その条件とは、次のようなものだ。

  • 全国的な低金利が維持されること

  • 住宅価格が全国同時に下落しないこと

  • 借り換え市場と流動性が機能し続けること

  • 債務不履行が地域的・散発的に起きること

これらはすべて、分散できない共通前提である。
一つでも全国同時に崩れれば、証券化によるリスク減少は成立しない。


5.想定されていたが、設計に組み込まれなかったリスク

重要なのは、これらの前提が未知だったわけではないことだ。

金利上昇や住宅価格下落は、当時すでに想定されていた。
しかしそれらが、

  • 全国同時に

  • 非線形に

  • 流動性の消失とともに

発生する可能性については、
**「起きうるが確率は極めて低い」**として扱われた。

その結果、
前提が全国的に崩れた場合に商品が持ちこたえる設計は、
意図的に組み込まれなかった。

これは無知ではなく、設計判断である。


6.前提が壊れたとき、何が起きたのか

低金利環境が終わり、住宅価格が全国的に下落し始めると、
条件は同時に崩れた。

  • エクイティは急速に消滅

  • メザニンも耐えきれず消滅

  • シニアですら「安全だと証明できない」状態に陥る

この時点で、市場は機能を失う。
誰がどれだけ損失を抱えているかを即断できず、
金融機関同士が信用取引を停止した。

これが、システミックリスクの顕在化である。


おわりに|リーマンショックの本質

リーマンショックは、想定外の事故ではない。
それは、想定を排除した設計の帰結だった。

数学や金融工学そのものが誤っていたわけではない。
問題は、その理論が成立する前提が崩れた世界を、
商品設計の外に置いた点にある。

低確率だが致命的なリスクを、誰が引き受けるのか。
この問いは、リーマンショック後も完全には解決されていない。

形を変えた同じ問題は、今も金融市場のどこかに存在している。


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