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はじめに
LSD(Limited Slip Differential)を導入しようと考えたとき、「機械式が効く」「トルセンは自然」「ビスカスは穏やか」といった言い方に触れることが多いでしょう。
しかし、方式名だけで効果を判断することは適切とは言えません。
LSDの挙動は、作動原理、内部設定、車両特性、タイヤ、そして運転入力など、複数の要素によって変化します。
本記事では、まずクルマ好き界隈で一般的に使われている用語を基準に整理します。
そのうえで、LSD開発・製造分野で用いられる技術分類も併記します。
目的は、方式名の印象ではなく、構造と用途から判断できる視点を持つことです。
【ご注意】以下に記載する事はあくまで方式毎の傾向であり、運用の仕方やセッティング次第では本記事と異なる実相の場合もあります。あくまで参考程度のご理解でお願いします。
第1章|LSDの定義
LSDは、左右輪の回転差を一定範囲で制限する装置です。
主な目的は、駆動トルクが抵抗の小さい側へ過度に逃げることを抑え、路面へ伝達される駆動力を確保することにあります。
方式の違いは、回転差をどの物理原理で制限するかという点にあります。
この原理の違いが、作動特性や長所短所の傾向に影響します。
第2章|クルマ好き界隈での分類
チューニングの文脈では、LSDは次のように呼び分けられることが一般的です。
機械式LSD
トルセンLSD
ビスカスLSD
このうち「機械式LSD」と言う場合、多板クラッチ式LSDを指しているケースが多いと考えられます。
技術的には、ギア式やカム式も機械的な拘束機構を用います。
ただし市場慣用としては「機械式=クラッチ式」という理解が広く定着していると言えるでしょう。
第3章|機械式LSD(=クラッチ式LSD)
3-1 作動原理
多板クラッチの摩擦力によって回転差を制限します。
入力トルクが増加すると、内部カム機構によりクラッチ圧力が高まり、拘束力が増加する構造が一般的です。
3-2 イニシャルトルクとは何か
イニシャルトルクとは、入力トルクがほとんどかかっていない状態でもあらかじめ発生させておく拘束トルクを指します。
これはクラッチ板に与えられた予圧によって生じます。
この予圧により、
低負荷状態でも左右輪に一定の結合が生じる
旋回初期の応答に影響する
アクセルオン・オフの切り替え時の挙動に影響する
といった特性が現れます。
3-3 イニシャルトルクが高すぎる場合の挙動傾向
イニシャルトルクが高い設定では、常時に近い拘束が生じます。
その結果、次のような傾向が見られることがあります。
低速旋回時にタイヤの引きずり感が出やすい
ステアリングが重く感じられる場合がある
タイトコーナーでアンダーステア傾向が強まる場合がある
駆動オフ時にも左右輪の結合が残りやすい
一方で、
直進安定性が向上する場合がある
アクセル操作に対する応答が明確になる場合がある
といった側面もあります。
用途や車両特性とのバランスが重要になります。
3-4 1way / 1.5way / 2way と減速側効き
クラッチ式LSDでは、カム角度設計によって加速側と減速側の効きが分かれます。
1way:減速側では拘束がほとんど働かない
1.5way:減速側は加速側より弱く拘束する
2way:減速側でも強く拘束する
減速側効きが強い設計では、
エンジンブレーキ時にも拘束が発生しやすい
コーナー進入時の姿勢安定に寄与する場合がある
反面、旋回中のリア挙動に影響を与える場合がある
イニシャルトルクが高く、かつ2way設計の場合、
減速時にも強い拘束が生じやすい
ブレーキング中の挙動に影響が出やすい
逆に、イニシャルトルクが低く1way設計であれば、
減速時は比較的自然な旋回特性が得られることがあります。
第4章|トルセン系LSD(ヘリカル式)
4-1 用語の整理
「Torsen(トルセン)」はJTEKTの登録商標です。
技術分類上の一般名は「トルク感応型ギア式LSD」です。
開発・製造分野では、ギアの自己拘束特性を利用してトルク配分を変化させる方式をトルク感応型として分類します。
市場では「トルセン」と呼ばれることが多いですが、本質はギア式トルク感応型LSDです。
4-2 Torsenのタイプ分類(Type A / B / C)
Torsenには内部構造の違いにより複数のタイプがあります。
Type A(ウォームギア型)
ウォームギアとウォームホイールの組み合わせにより自己拘束特性を生みます。
初期の量産車や縦置き駆動系で採用例があります。
Type B(平行軸ヘリカルギア型)
対向するヘリカルギア群によりトルクバイアスを発生させます。
現在の量産車で主流となっている形式です。
一般に「ヘリカルLSD」と呼ばれるものは、このType Bに該当する場合が多いと考えられます。
Type C(遊星複合型)
遊星ギア機構を応用した構造です。
主にセンターデフ用途で採用されます。
4-3 トルクバイアス比(TBR)
トルク感応型LSDの特性を示す指標として、トルクバイアス比(Torque Bias Ratio)が用いられます。
TBRは、抵抗の大きい側へどの程度までトルクを多く配分できるかを示す比率です。
例えば、TBRが3:1の場合、
片輪が100Nmまでしか伝達できない状況では、理論上もう一方には最大300Nm程度まで配分できる可能性があります。
ただし、片輪が完全に無抵抗状態になると、もう一方へも十分なトルクが伝達されにくくなります。
4-4 センターデフ用途との違い
トルク感応型LSDは、左右輪間(アクスル用途)だけでなく、前後輪間(センターデフ用途)にも採用されます。
アクスル用途では、左右輪のトラクション差を制御することが主な目的になります。
センターデフ用途では、前後輪間のトルク配分を制御することが主目的になります。
前後輪間には常時回転差が存在するため、連続的なトルク配分特性が活きやすい傾向があります。
4-5 長所の傾向
作動が比較的滑らか
メンテナンス負担が小さい傾向
連続的なトルク配分特性
4-6 短所の傾向
片輪が完全に無抵抗状態になると効果が限定的
ロック率を任意に設定することはできない
第5章|ビスカスLSD
5-1 作動原理
内部のシリコンオイルが回転差によりせん断され、粘性抵抗を発生させます。
5-2 長所の傾向
作動が穏やか
衝撃が少ない
構造が比較的単純
5-3 短所の傾向
熱によって特性が変化する場合がある
経年劣化により拘束力が低下することがある
反応が遅めと感じられる場合がある
第6章|機械カム系・特殊機構LSD
カム機構やラック機構を用いて拘束力を発生させる方式も存在します。
設計によっては、クラッチ式と同様に初期予圧を持つ構造もあります。
市場製品は限定的ですが、特定用途では採用例があります。
第7章|電子制御疑似LSD
7-1 ブレーキLSD
空転側のブレーキを制御することで、疑似的にトルク配分を行う方式です。
7-2 アクティブ多板式
油圧や電動アクチュエータで多板クラッチを制御し、拘束力を能動的に変化させます。
7-3 特性の傾向
制御自由度が高い
熱管理が重要
制御介入感が発生することがある
第8章|方式と体感は必ずしも一致しない
LSDの体感は、方式だけで決まるわけではありません。
イニシャルトルク
減速側効き(1way / 1.5way / 2way)
トルクバイアス比
車両重量
タイヤ特性
サスペンション設定
運転入力
特にクラッチ式では、イニシャルトルクと減速側効きの組み合わせが挙動に大きく影響します。
同じ方式名でも、設定値の違いにより性格は変わります。
最終的な評価は、実際の装着と運用を通じて判断することになります。
第9章|選択の整理
使用目的を明確にする
強いロック特性が必要か検討する
減速側効きをどこまで許容するか考える
イニシャルトルクの設定を確認する
製品仕様と用途を照合する
以上、LSD方式と長所・短所の傾向を一覧にしました。参考になれば幸いです。
