バイクは、不安定を制御し、活用するから面白い

コーナー進入直前、ライダー視点で見たモーターサイクルの前方視界
直進安定性が成立している状態から、コーナリングへ移行する直前の視界。 進入速度・ライン・姿勢を見極める段階は、二輪ライディングの核心の一つ。

Contents

はじめに

バイクは、不安定を制御し、活用するから面白い。

私は一度バイクから離れ、時間をおいてからリターンライダーとして再び走り始めた。
そのとき最初に感じたのは、「走れている感じ」と「扱えている感じ」が、どうも一致しないという違和感だった。

一定の速度に達すると、バイクは放っておいても直進する。
若い頃は当たり前だと思っていたこの感覚が、実は条件付きで成立する自己安定性であり、
しかも曲がるためには、その安定状態から意図的に逸脱させる操作が必要になる。

さらにリターンして気づいたのは、
二輪のコーナリングでは、進入前にある程度の解を作っておく必要があるという事実だった。
四輪車のように、旋回中に大きく帳尻を合わせる余地は少ない。

この前提に気づいたとき、リターン後に感じていた戸惑いや疲労感の正体が、ようやく整理できた。
本記事は、リターンライダーとして私が得たこの気づきを起点に、
なぜバイクのライディングがクルマとは別種の認知とスキルを要求するのかを、
構造の話として共有するものである。


第1章|リターンして気づいたバイクの「自己安定性」の他人行儀さ

一定の条件が揃うと、バイクは放っておいてもまっすぐ走る。
トレールやジャイロ効果によって成立する、この直進安定性は、確かに存在する。

しかしそれは、常に味方でいてくれる性質ではない。
低速では成立せず、条件が揃った瞬間に立ち上がり、
しかも曲がるためには、その安定状態から意図的に逸脱させる操作が必要になる。

リターンして最も大きかった気づきは、この自己安定性の距離感だった。
それは常時そこにある基盤ではなく、条件が合ったときだけ顔を出す、
どこか他人行儀な性質だったのである。


第2章|クルマとの構造差がもたらす認知の違い

クルマの場合、姿勢制御や安定は構造的に常時成立している。
速度域が変わっても、運転の前提が大きく切り替わることはない。

一方でバイクは、条件付きでしか安定が成立しない。
しかも、安定が成立する領域と成立しない領域を頻繁に行き来する。

この構造差が、バイクのライディングを
クルマの運転とは別種の認知課題にしている。


第3章|低速域にある、安定が成立しない世界

低速では、二輪車は本質的に不安定だ。
この不安定さを、人間が自覚的に引き受ける必要がある。

自転車に乗れるようになるとは、突き詰めれば、この不安定さを引き受けられるようになることだ。
多くの人は成長過程でこれを無自覚に通過してきた。

だからこそ、この段階の困難さを忘れてしまう。
リターンすると、あらためてこの不安定さに向き合うことになる。


第4章|コーナリング進入で「ある程度の解」が必要になる理由

二輪のコーナリングでは、進入段階で

  • 速度

  • 想定するバンク角

  • ライダー自身の姿勢

を、ある程度見極めておく必要がある。

これは精神論ではなく、構造的な要請だ。
四輪車のように、旋回中に大きな減速や舵角変更で修正できる幅は、二輪では明らかに小さい。

進入での判断が甘いと、
コーナリング中に選べる選択肢そのものが急激に減る。


第5章|直進安定性からの逸脱と、旋回中に成立する別の安定

直進状態からコーナリングへ移行するには、
直進を維持しようとする自己安定性から、意図的に逸脱させる必要がある。

しかし、だからといってコーナリング中が不安定なのではない。

コーナリング中には、

  • バンク角

  • 重力

  • 遠心力

  • タイヤのグリップ

が釣り合った、旋回中の動的平衡状態が成立している。

つまり二輪のスポーツライディングとは、

  • 直進のための安定

  • 旋回のための安定

という異なる種類の安定状態を、人間が意図的に切り替えて成立させる行為なのだ。

ここに、二輪ならではの面白さと難しさが集中している。


第6章|自己安定性の有無を行き来する認知負荷

バイクのライディングでは、

  • 低速の、安定が成立しない世界

  • 中高速の、直進安定性が立ち上がる世界

  • そして、旋回中の別の安定状態

これらを行き来し続ける。

同じ操作でも、意味が変わる。
前提が切り替わるたびに、認知モデルを更新する必要がある。

この連続する状態遷移こそが、
二輪のスポーツライディングを高い認知負荷を伴う行為にしている。


第7章|操作系の構造が増幅する負荷

バイクの操作系は、人間の認知や身体の自然さから導かれたものではない。
歴史的・社会的な経緯の中で固定されてきた配置だ。

右手はアクセルと前ブレーキ、左手はクラッチ、左足はシフト、右足は後輪ブレーキ。
日本の左側通行とカマボコ状の路面断面を考えると、
停止時には右足着地の方が物理的には安定しやすい。

しかし右足には後輪ブレーキという役割があるため、
結果として左足着地を強いられ、停止時の安定性と操作系が噛み合わない瞬間が生まれる。

こうしたズレを、ライダーは身体と認知で補正している。


第8章|順応が困難性を不可視化する

若い頃から乗ってきたライダーは、これらの困難性に自然に順応してきた。
その順応は、困難さそのものを見えにくくする。

リターンライダーが感じる戸惑いは、
能力の欠如ではなく、構造への再適応の問題であることが多い。


第9章|なぜ小排気量 × クローズド環境なのか

大排気量のバイクに乗ること自体を否定するつもりはない。
ただし、公道で走らせることと、
不安定を制御し、安定状態を切り替える体験は別の行為だ。

軽く、反応が分かりやすく、失敗が許される環境で、
進入・逸脱・旋回中の安定を丁寧に体験する。

これは安全策ではなく、
二輪の構造を身体で理解するための近道である。


おわりに|リターンして見えた、バイクの面白さ

不安定そのものが面白いわけではない。
不安定を制御できたとき、
異なる安定状態を行き来できたときに、愉悦が立ち上がる。

リターンしてみて、
バイクはやはり、不安定を制御し、活用するから面白い乗り物だと、あらためて感じている。


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