なぜ人は「買いたくなる」のか|満足の性質から考える所有という行為

なぜレンタルで足りるはずのものを、人はわざわざ「買いたくなる」のか。

その感覚を構造として理解できると、衝動に流されることも、無理に抑え込むこともなくなる。

本記事では、「買う」瞬間に立ち上がる満足の性質と、その後の変化、そして限られたキャッシュとの関係を整理する。

読み終えるころには、「何を買うか」だけでなく、「何を買わないか」を含めた生活全体の満足の設計が、静かに見えてくるはずだ。


Contents

効用だけでは説明できない「買いたい」瞬間

効用だけを考えるなら、レンタルで足りる。

クルマを走らせるという効用。
カメラで撮影するという効用。
それ自体は借りても得られる。

それでも人は「買いたい」時がある。

購入時の満足には、効用以外の要素が絡んでいるからだ。

買う直前、満足は急激に立ち上がる。
未来の使用場面が具体的に浮かび、迷いが収束し、選択が確定する。その勢いが判断を押す。

まだ手にしていないにもかかわらず、満足はすでに始まっている。

満足をあえて数式調に寄せてみると、

M(満足) ≒
U(モノの効用)
+ C(選択確定の快感)
+ E(排他性)
+ N(物語の開始)
+ R(まだ言語化しきれない残余)

といった構造になる。

重要なのは式そのものではない。
満足が単一の効用では説明しきれないという事実である。


満足は時間とともに変化する

買う直前に急激に立ち上がった満足は、その後どうなるか。

購入後も満足が伸び続け、手触りや経験が深まっていくなら、それは良い買い物である。

一方で、満足がゆっくりと減衰し、やがて負の感情へと転じることもある。
そのとき、それは後悔という形で現れる。

満足している瞬間に後悔はない。
後悔は、満足が薄れた後に立ち上がる。

所有とは、強い満足と、その後の落差の可能性を引き受ける行為である。

借りる選択は、満足も穏やかで、落差も小さい。
買う選択は、満足も強く、落差も大きい。

ここに、所有の性質がある。


局所的な満足と生活全体の満足

しかし、満足はその瞬間だけの問題ではない。

キャッシュは有限だ。

買うたびに、他の選択肢は閉じる。
キャッシュ不足は生活水準を下げ、生活全体の満足を削る。

ある買い物がその瞬間に強い満足を生んでも、その支出が他の機会を奪い、生活全体を圧迫するなら、全体の満足は下がる。

生活とは、単発の強い満足を積み重ねることではない。

生活は、時間を通じた満足の総体である。

局所的に強く立ち上がる満足と、生活全体の満足は一致しないことがある。


「何を買うか」だけでなく「何を買わないか」

だから問題は、「買うかどうか」ではない。

生活は、
「何を買うか」だけでなく、
「何を買わないか」を決めて、生活全体の満足度をどう上げるかという問題になる。

強い満足をどこで取り、どこで抑えるか。

その配分を意識することで、所有は衝動ではなく設計に変わる。


結び

所有は善でも悪でもない。

それは、満足を強く立ち上げる装置であると同時に、落差を引き受ける選択でもある。

レンタルで足りるはずのものを、それでも買いたくなる。

その感覚を否定する必要はない。

ただ、その満足がどのように生まれ、どう変化し、生活全体とどう関係するのかを理解すれば、判断は静かに変わる。

「買う」ことは、効用の問題ではなく、満足の性質の問題である。

そして生活は、その満足をどう設計するかという問題である。


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