予約制の病院や診療所に、予約を取らずに行ったら診察してもらえるのでしょうか。
完全予約制の専門外来では、予約なしで当日の診察を受けることは原則として困難です。一方、医学的に緊急の対応が必要な患者には、緊急性に応じた診療経路が設けられています。
ここで考えたいのは、「自分が今すぐ診てもらいたい」という切実な思いが、どのような条件で「他の患者より優先して診察されるべき理由」になるのかという問題です。
わたし理屈コネ太郎は、長年臨床医として働いてきました。現在は一人の患者として、都内の大規模病院の眼科に通院しています。
そこで何度も目にした光景から、予約診療の仕組みと、その背後にある人間社会の問題について考えてみます。
予約なしで診てほしいと訴える患者
わたしが通院している眼科は、紹介状と予約によって診療する専門外来です。
その待合室では、ときおり予約なしで受診しようとする人と、受付スタッフとの押し問答を見かけます。
やりとりは、おおむね次のようなものです。
受診希望者「目の調子が悪いんですけど、診てもらえませんか?」
受付スタッフ「予約はありますか?」
受診希望者「ありません。今朝急に調子が悪くなったので」
受付スタッフ「通常の外来予約ですと、最短で明日の午後になります」
受診希望者「そんなに待てません。先生に話してきてもらえませんか?」
受付スタッフ「急いで診察する必要がある症状でしたら、まず救急外来で緊急性を判断してもらってください。必要と判断されれば眼科医が対応します」
こうした説明を受けても、その場での診察を繰り返し求める人がいます。
患者にとっては、今朝から具合が悪くなったこと、明日まで待つのが不安であることが重要なのでしょう。
一方、受付スタッフは、すでに予約している患者の診療予定と、予約外の患者を受け入れるための手続きを考えています。
予約制の専門外来では、医師の診察時間だけでなく、検査や処置の予定もあらかじめ組まれています。
受付スタッフが独断で診察枠を追加すれば、ほかの患者の診療にも影響が及びます。そのため、予約外の患者への対応は、医療機関が定めた手順に従って行われます。
急な症状がある場合には、その内容を医療側へ伝え、必要な医学的判断につなぐことになります。
ここには、同じ診察をめぐる二つの異なる視点があります。
患者は自分が診察を必要とする理由を訴え、医療機関はその患者をいつ、どのような順番で診察すべきかを判断しなければならないのです。
「診てもらいたい理由」と「先に診るべき理由」は異なる
ある患者が今朝から体調を崩し、医師の診察を希望しているとします。
その患者には、診察を受けたいと考える十分な理由があるでしょう。
しかし、予約制の専門外来には、すでに診察を予定している患者がいます。
予約なしで訪れた患者を先に診察すれば、予約していた患者の診察時間が遅れたり、予定された検査に影響したりする可能性があります。
つまり、一人の患者の診察を優先するという判断は、他の患者の時間や診療機会にも影響を与える判断なのです。
そこで、二つの問題を分けて考える必要があります。
- 自分が診察を受ける必要があるか。
- 他の患者より優先して診察を受ける必要があるか。
前者は、その患者の病状や受診の必要性に関する問題です。
後者は、他の患者との間で診療の優先順位をどのように決めるかという問題です。
予約診療で順番を変更するには、それに相応する合理的な根拠が必要になります。
この二つの問題の混同が、待合室での押し問答を生んでいるように思います。
自分の切実さは分かるが、他人の切実さは見えない
なぜ、このような混同が起こるのでしょうか。
人間は、自分の苦痛や不安を直接経験しています。
目がかすむ。痛みがある。何か重大な病気かもしれない。明日まで待って大丈夫なのだろうか。
その不安は本人にとって現実であり、切実なものです。
一方、待合室にいる他の患者について、どれほどのことを知っているでしょうか。
どのような病気を抱えているのか。何週間前から診察を待っているのか。今日の受診のために、どのような予定を調整してきたのか。
ある人は仕事を休んで来院しているかもしれません。別の人は、家族に付き添ってもらい、ようやく受診できたのかもしれません。
しかし、待合室で見えるのは、椅子に座って順番を待っている人々の姿だけです。
人は自分の切実さを直接経験できますが、他人の切実さについては、ごく限られた情報しか持っていません。
この情報の非対称性が、優先順位の判断を難しくします。
自分の事情を基準にすれば、自分が優先されるべき理由はいくつも見つかります。
一方、他の患者が抱えている事情については、判断材料そのものが乏しいのです。
では、誰もが自分の事情を最もよく知っている社会で、誰を優先すべきかを、どのように決めればよいのでしょうか。
予約制は、診療資源を計画的に配分するための仕組み
わたしが通院する眼科では、初診時に紹介状が必要で、その後の通院も予約制です。
予約の変更にも、病院が定めた手続きがあります。
こうした仕組みには、医療機関の側に明確な理由があります。
専門外来では、診察の前後に複数の検査を組み合わせることもあります。
そのため、診療を円滑に進めるには、医師や看護師、検査技師などの人員配置に加え、診察室や検査機器の利用予定を調整する必要があります。
予約制は、こうした診療資源を計画的に配分し、医療を効率的かつ適切に提供するための仕組みです。
患者も、予約した日時に合わせて仕事や生活の予定を調整します。
医療機関と患者の双方が予定に従って行動することで、限られた診療資源を有効に利用できるようになります。
これが、予約制の直接的な役割です。
予約制が結果として守っているもの
ここで、予約制が果たしているもう一つの役割に目を向けてみます。
診療資源を計画的に配分する仕組みがあることで、患者同士も、あらかじめ決められた診療予定を尊重し合うことになります。
予約した患者は、自分の診療予定が確保されると同時に、他の患者の診療予定も尊重します。
それぞれの患者が抱える事情を、互いに詳しく知る必要はありません。
自分の事情がどれほど切実であっても、すでに予定されている他人の診療機会には、それに相応する重みがあるからです。
診療資源を計画的に配分するための予約制が、結果として、互いの事情を知らない患者同士の公平性を支えているのです。
これは、予約制が持つ重要な社会的機能だと思います。
人間同士が互いの事情を十分に知らないという限界を、共通のルールによって補っているわけです。
医学的緊急性が、予約の順番を変更する理由になる
では、予約なしで訪れた患者が、本当に緊急の診察を必要としていたらどうなるのでしょうか。
ここで登場するのが、医学的緊急性という別の判断基準です。
例えば、突然視力が大きく低下した患者と、安定した慢性疾患の定期検査を受ける患者とでは、必要な診療の緊急度が異なる場合があります。
突然の視力低下や視野の欠損などは、迅速な眼科的評価が必要となる症状です。
診療の遅れによって重大な障害が生じる可能性がある場合には、医学的緊急性に基づいて診療の順番を変更する合理的な理由があります。
ここで、予約診療と救急診療の違いが明らかになります。
予約診療は、あらかじめ決められた予定に基づいて診療資源を配分する仕組みです。
救急診療は、医学的緊急性に基づいて診療資源を優先的に配分する仕組みです。
限られた医療資源を、それぞれ異なる基準で配分しているのです。
患者が自分の症状や経過を正確に伝えることは、医学的緊急性を評価するための出発点になります。
救急外来で行われるトリアージも、医学的緊急度を評価し、診療の優先順位を決めるための仕組みです。
このような診療経路があることで、予約制の専門外来は計画的な診療を続けながら、緊急性の高い患者への対応も図ることができます。
予約制の医療機関と医師の応召義務
医師法第19条には、診察治療の求めがあった場合、正当な事由がなければこれを拒んではならないという、いわゆる「応召義務」が定められています。
厚生労働省は2019年、医療提供体制の変化を踏まえて、この義務に関する考え方を整理しました。
そこでは、診療を求める患者の医学的緊急性を最も重要な考慮要素とし、診療時間内かどうか、医療機関の専門性、診療能力、設備、他の医療機関で対応できる可能性などを踏まえて判断する枠組みが示されています。
診療時間内には、緊急性の低い患者についても、原則として必要な医療を提供することが求められます。一方、実際の診療能力や代替可能性などによって、当日の診察に対応できるかどうかが判断されます。
したがって、予約制の医療機関でも、患者の病状と診療体制に応じた適切な対応が必要になります。
通常の予約診療で対応できる患者には別の日時を案内し、緊急性の高い患者には必要な診療や適切な救急医療につなぐなど、状況に応じた判断が行われます。
ブランド病院でも、診療の優先順位を決める基準は同じ
わたしが通院している病院は、いわゆるブランド病院として知られる大規模病院です。
しかし、わたしがその病院を受診することになったのは、近所で開業している同級生の眼科医から紹介されたためです。
わたし自身、医師として働いてきた経験がありますが、そのことによって特別な配慮を受けることはありません。
紹介状を用意し、予約を取り、必要があれば所定の手続きで予約を変更しています。
病院の知名度や医療関係者との人脈が、診療の優先順位を変更する根拠になるとは考えていません。
健康保険診療では、全国共通の診療報酬体系に基づいて医療費が算定されます。実際の負担額は、診療内容や施設基準に応じた加算などによって異なります。
また、多くの疾患では診療ガイドラインや標準治療が整備されています。ただし、高度な専門医療への対応能力には、医療機関ごとの違いがあります。
医療機関を選ぶうえで重要なのは、知名度そのものよりも、自分の病状に必要な診療能力を備えているかどうかです。
以前、医師に心付けを渡そうとする患者を見かけたこともあります。
しかし、診療の順番や検査、治療内容は、医学的必要性に基づいて決められるべきものです。金品による謝礼の受け取りを禁止している医療機関もあります。
ここでも、診療の優先順位を決める根拠が何であるかという問題に行き着きます。
患者の社会的な立場や医療関係者との関係、金銭、要求の強さではなく、共通の診療手順と医学的必要性によって判断する。
その原則があるからこそ、予約制度に対する患者の信頼も成り立つのだと思います。
予約なしで今すぐ診てほしい場合はどうすればよいのか
予約制の医療機関で急な症状に対応してもらいたい場合には、まず、その医療機関に連絡し、症状と発症時刻を具体的に伝えることが大切です。
その情報をもとに、医療機関が予約外診療の可否や、適切な受診経路を案内します。
緊急の対応が必要な場合には、救急外来や救急医療に対応する別の医療機関への受診を案内されることもあります。
受診の緊急度に迷う場合には、対応地域であれば救急安心センター「#7119」で相談できます。生命に危険が及ぶ可能性が高い症状では、119番による救急要請が必要です。
特に眼科では、突然の視力低下、視野の欠損、飛蚊症の急増、光が走るように見える症状などは、速やかな医学的評価が必要となる場合があります。
大切なのは、症状の緊急性を適切に評価してもらい、その結果に応じた診療へつながることです。
まとめ|自分には見えない他人の事情を、どう尊重するか
予約制の眼科で繰り返される、患者と受付スタッフとの押し問答。
その光景を見ながら、わたしは、人間が自分の事情と他人の事情をどのように扱うのかという問題を考えます。
人間は誰でも、自分の苦痛や不安を直接経験しています。
その一方で、他人の抱えている事情については、ごくわずかなことしか知りません。
それでも、限られた医療資源を利用する以上、誰かが診療の優先順位を決めなければなりません。
予約制は、限られた診療資源を計画的に配分するためにつくられた仕組みです。
そして、その仕組みが機能することによって、互いの事情を知らない患者同士の診療予定も守られています。
さらに、医学的に急ぐ必要がある場合には、専門的な判断に基づいて診療の優先順位を変更する仕組みが用意されています。
こう考えると、予約した順番を静かに待っている人々の姿も、少し違って見えてきます。
一人ひとりが、それぞれの事情を抱えて座っています。
そして、互いの事情を詳しく知らないまま、共通のルールに従って順番を待っています。
自分の切実さを理解するのと同じように、他人にも自分には見えない切実さがあると認めること。
その認識を、個人の善意だけに委ねず、共通のルールによって支えること。
診療を計画的に進めるための予約制が、結果として、このような人間同士の関係をも支えています。
病院の待合室という身近な場所にも、人間が他人とともに生きていくために積み重ねてきた、社会の知恵が表れているのだと思います。
