限定沿海とは、一般的な動力付き小型船舶では、沿海区域のうち、港などの平水区域から、その船の最強速力で2時間以内に往復できる範囲を基本として定められる航行区域です。
ここで重要なのは、限定沿海が「海岸から一律に何海里以内」という区域ではないことです。また、「2時間以内」とは片道2時間ではなく、往路と復路を合わせた2時間です。
日本小型船舶検査機構(以下JCI)は、可搬型小型船舶以外の限定沿海区域について、沿海区域のうち平水区域から最強速力で2時間以内に往復できる区域に限定された水域と説明しています。
そして限定沿海を理解するとき、もう一つ混同しやすいのが「沿岸区域」、いわゆる沿岸5海里です。
この二つは別の航行区域ですが、二者択一ではありません。
条件を満たせば、限定沿海区域の船に沿岸区域を追加することができます。
この記事では、この関係を一般的なプレジャーボートを中心に整理します。
なお、実際に航行する際には、この記事だけで判断せず、必ずご自身の船舶検査証書とJCIの最新情報で航行区域を確認してください。
限定沿海・沿岸5海里・沿海区域は別の概念
「限定沿海」という言葉が分かりにくい理由の一つは、日常語ではよく似ている「沿海」と「沿岸」が、制度上は別の意味で使われていることです。
主な区域を大まかに整理すると、次のようになります。
| 用語 | おおまかな意味 |
|---|---|
| 平水区域 | 湖、川、港内のほか、東京湾など比較的静穏なものとして定められた水域 |
| 限定沿海区域 | 沿海区域のうち、船の速力や構造、設備、起点となる平水区域などに応じて限定された水域 |
| 沿岸区域 | 沿海区域内の本州・北海道・四国・九州と一定の付属島の海岸から5海里以内の水域、および平水区域 |
| 沿海区域 | 原則として日本の海岸からおおむね20海里以内を中心とする、より広い航行区域 |
JCIは沿岸区域について、「沿岸小型船舶の航行区域」や「沿岸5海里」と呼ばれることもあると説明しています。
したがって、
限定沿海=海岸から5海里
ではありません。
また、
限定沿海には5海里、10海里、20海里という複数の意味がある
ということでもありません。
正確には、限定沿海区域・沿岸区域・沿海区域という別々の概念があり、名前が似ているため混同しやすいということです。
限定沿海の「2時間以内」は往復時間
限定沿海区域で特に間違えやすいのが、「最強速力で2時間以内」という部分です。
これは、
港から2時間走って到達できるところまで
という意味ではありません。
港などの平水区域から出て、再び戻るまでを合わせて2時間以内です。
例えば最強速力25ノットの船について、潮流や海岸線などを無視して単純に考えてみます。
25ノットなら1時間で25海里進みます。
往復2時間なら、
- 往路1時間
- 復路1時間
ですから、単純計算上の片道距離は約25海里となります。
片道2時間、つまり50海里先まで行けるという意味ではありません。
ただし、実際の限定沿海区域は、港を中心にコンパスで円を描いたような単純な形にはなりません。
限定沿海はあくまで沿海区域の中に設定されるため、海岸線や岬、島、平水区域などとの位置関係によって、実際の形はかなり複雑になります。
また、ここでいう「最強速力」は、荒れた海でも安全に出し続けられる速力という意味ではありません。
向かい波や強風があれば、実際の航海では大幅に速力を落とすことがあります。
したがって、
制度上の航行区域を決めるための速力
と、
その日の海況で安全に維持できる速力
は別に考える必要があります。
地図を見ると限定沿海と沿岸5海里の違いがよく分かる
文章だけで考えるより、JCIの二種類の参考図を見比べた方が、両者の違いははるかに分かりやすいと思います。
まず限定沿海区域の参考図です。

限定沿海区域の参考図。航行区域を理解するための略図であり海図ではありません。実際の航行区域は船舶検査証書で確認します。
限定沿海区域は、港などの平水区域を起点として、その周辺に地域的な面として広がっています。
次に沿岸区域の図です。

JCIの「平水及び沿岸区域図」。海岸線に沿って示された水域が沿岸区域、いわゆる「沿岸5海里」です。限定沿海区域とは別の考え方で設定されています。
こちらは形がまったく違います。
沿岸区域は、沿海区域内の本州、北海道、四国、九州と一定の付属島について、海岸から5海里以内に海岸線に沿う帯状の区域として設定されています。
なお、「日本にあるすべての島の海岸から5海里」という意味ではありません。JCIは、沿海区域外にある父島などの沖合には沿岸区域を設定できないと説明しています。
理屈コネ太郎的には「行動圏」と「航行回廊」
この二枚の地図を見比べると、限定沿海と沿岸5海里の違いをかなり単純化して考えることができます。
理屈コネ太郎的には、
限定沿海区域=その船に与えられた地域的な「行動圏」
沿岸区域=日本列島の海岸に沿って延びる「航行回廊」
と理解するのが分かりやすいと思います。
限定沿海区域は、船の性能などと起点となる平水区域によって決まります。
一方の沿岸区域は、基本的には日本列島の海岸線を基準に設定されています。
つまり両者は、単に「広い区域と狭い区域」という関係ではありません。
そもそも区域を設定する考え方が違うのです。
そして、この違いを理解すると、次の重要なポイントも分かりやすくなります。
限定沿海と沿岸5海里は二者択一ではない
限定沿海区域と沿岸区域は、
どちらか一方を選ばなければならない
という関係ではありません。
JCIは、限定沿海区域の小型船舶について、必要な法定備品を追加し検査を受けることで、沿岸区域を追加できると案内しています。定期検査や中間検査のほか、臨時検査によって追加することもできます。
したがって、
限定沿海をやめて沿岸5海里へ変更する
と考えるより、
限定沿海という地域的な行動圏に、沿岸5海里という航行回廊を追加する
と考えた方が実態を理解しやすいでしょう。
概念的には、
母港周辺などでは限定沿海区域を利用し、そこから遠く離れた地域では沿岸区域を利用する
という航行が可能になります。
JCIの限定沿海区域検索ページでも、沿岸区域を航行できる船については、沿岸区域も合わせて確認するよう案内されています。
もちろん、限定沿海の船なら自動的に沿岸区域も航行できるわけではありません。
沿岸区域を追加するためには、船に必要な設備を備え、所定の検査や手続きを受ける必要があります。JCIでは、その例として小型船舶用火せん、ラジオ、海図などを挙げています。
自分の船がどこまで行けるかは船舶検査証書で確認する
ここまで読んで、
では、自分の船は実際にどこまで行けるのか
と思う方もいるでしょう。
最終的に確認すべきものは、自分の船の船舶検査証書です。
船舶は構造や性能などによって航行できる水域が指定され、その航行区域は船舶検査証書に記載されます。JCIが公開している航行区域参考図は、その内容を理解しやすくするための資料です。
したがって、
- GPSプロッターで岸からの距離を測る
- エンジンの最高速から自分で範囲を計算する
- 同型艇の所有者に聞く
- 普段マリーナから行っている範囲で判断する
だけでは、法的な航行区域を確定できません。
同型艇であっても、構造や設備、検査内容などによって条件が同一とは限りません。
自分の船については、自分の船舶検査証書を見る。
結局これが一番確実です。
免許の航行範囲と、船の航行区域も別である
もう一つ混同しやすいのが、小型船舶操縦免許と船の航行区域です。
一級小型船舶操縦士は、操縦者の資格として航行区域に制限がありません。一方、二級小型船舶操縦士は、原則として平水区域および海岸から5海里以内です。
しかし、一級免許を持っているからといって、乗っている船の航行区域まで自動的に広がるわけではありません。
これは、
操縦免許=人に対する資格
航行区域=船に対する制限
だからです。
例えば一級免許を持っていても、乗っている船の船舶検査証書で限定沿海区域しか認められていなければ、その船で限定沿海区域の外へ航行することはできません。
逆に、船側に広い航行区域が認められていても、操縦者側がその航海に必要な資格を満たしていなければなりません。
理屈コネ太郎的には、
免許は人に付き、航行区域は船に付く。
と覚えると分かりやすいと思います。
では、限定沿海のプレジャーボートで日本一周できるのか
ここまで整理すると、この疑問への答えも見えてきます。
限定沿海区域だけでは、通常は日本一周できません。
限定沿海は、その船について特定地域に設定された「行動圏」だからです。
途中の港へ寄港して燃料を補給しても、その都度、限定沿海区域が新しい港を中心に移動していくわけではありません。
しかし、その船に沿岸区域が追加されていれば話は変わります。
日本列島の海岸に沿う「沿岸5海里の航行回廊」を利用できるからです。
したがって、船舶検査証書で認められた沿岸区域の中だけをつなぐルートを組めるのであれば、本州、北海道、四国、九州などを沿岸航行で巡る日本一周を法的に計画することは可能です。
ただし、「法的に航行区域がつながる」ということと、「実際に安全に日本一周できる」ということは別問題です。
実際の航海では、
- 海峡や島の間の具体的なルート
- 操縦者の免許
- 法定備品と通信設備
- 燃料搭載量
- 補給可能な港
- 気象と波浪
- 潮流
- 避難港
- 季節
などを個別に検討しなければなりません。
また、小笠原諸島など、沿岸区域だけでは到達できない場所を「日本一周」に含めるのであれば話は別です。
したがって、正確には、
限定沿海区域の船に沿岸区域を追加し、船舶検査証書で認められた水域だけをつなぐのであれば、沿岸航行による日本一周を計画できる
ということになります。
日本一周そのものの航海計画、寄港地、燃料、費用、季節などについては、別記事「プレジャーボートで日本一周する方法|沿岸航行のコツと現実的な課題」で詳しく扱っています。
法的な航行区域と、安全に行ける範囲は違う
最後に、実際に船を動かす立場から、もう一つ重要なことがあります。
船舶検査証書に記載された航行区域は、その船が法的に航行できる範囲です。
しかし、
その境界まで行っても安全である
ことを意味するわけではありません。
限定沿海区域の設定には最強速力が使われますが、現実の海では、
- 向かい波
- 横波
- 強風
- 潮流
- 視界不良
- 機関故障
- 乗員の疲労
などが生じます。
穏やかな海で出せる最強速力を、荒れた海で維持できるとは限りません。
燃料も同じです。
単純な往復距離だけではなく、
- 荒天回避による迂回
- 避難港への進路変更
- 向かい潮
- 船底やプロペラの汚れ
- 港内での待機
- 発電機などの使用
- 機関不調
などに備える必要があります。
したがって航行区域は、
「ここまで行ってよいから、ここまで行こう」という推奨範囲
ではなく、
「どれほど条件が良くても、法的にはここから外へ出てはいけない」という外縁
と考える方がよいでしょう。
実際の航行範囲は、その日の海況、船の状態、乗員、燃料、通信手段、避難港までの距離を考え、法的な航行区域より十分内側に設定するべきだと私は考えています。
まとめ
限定沿海とは、単純に「海岸から何海里以内」という区域ではありません。
一般的な動力付き小型船舶では、沿海区域のうち、港などの平水区域からその船の最強速力で2時間以内に往復できる範囲を基本として定められる航行区域です。
一方、沿岸区域、いわゆる沿岸5海里は、日本列島の海岸線を基準として設定される別の航行区域です。
理屈コネ太郎的には、
限定沿海=その船に与えられた地域的な「行動圏」
沿岸5海里=日本列島の海岸に沿う「航行回廊」
と考えると、かなり分かりやすくなります。
そして最も重要なのは、この二つが二者択一ではないことです。
必要な設備、検査、手続きを経れば、限定沿海区域の船に沿岸区域を追加することができます。
すると、
母港周辺などでは限定沿海の行動圏を使い、長距離移動では海岸沿いに続く沿岸5海里の航行回廊を使う
という航行が可能になります。
だからこそ、限定沿海区域を持つプレジャーボートでも、沿岸区域を追加することで、沿岸航行による日本一周という選択肢が生まれるわけです。
ただし、航行区域はあくまで法的な外縁です。
実際にどこまで行くかは、航行区域ではなく、その日の海と船と乗員の状態を見て決める。
制度を理解したうえで、最後はそこに戻ってくるのが、小型船舶を安全に楽しむ基本だと思います。
