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納車2カ月前:MTの意味を考えながら過ごす
後期型GRヤリス 8S-DAT(以下、弐号機)の納車予定は、あの頃まだ2カ月も先だった。
それでも、頭の中ではすでに走り出していた。
まず最初に思ったのは、
「せめて納車まで事故などで死なないように、慎重に生きよう」ということ。
それほどまでに、弐号機を迎えるのが楽しみだった。
なぜもう一台、同じGRヤリスを買うのか?
すでに前期型6MT(以下、壱号機)を所有している私にとって、
同じ車を2台持つことには明確な目的があった。
それは、8S-DATが本当に“ゲームチェンジャー”になり得るのかを見極めること。
そして、MTという概念そのものの意味を自分の手で再定義することだ。
変速操作は「技」なのか、「手段」なのか
私は最近こう考えるようになった。
変速操作とは、単に速度をコントロールするための手段ではなく、
それ自体が一つの「技術」ではないか、と。
スケートボードのトリックがそうであるように、
MTのシフトチェンジも、人間の身体感覚と道具の一体化を愉しむ行為だ。
もし変速操作だけを競う種目が存在したなら、私はきっとその観客になるだろう。
8S-DATが導入される時代において、
MTの価値はどう変わるのか――。
それを、実際に所有して走らせてこそ理解できると感じていた。
ただただ待ち遠しい2カ月
どれだけ理屈を並べても、走らなければ何もわからない。
納車までの間、私は安全マージンを広く取りながら、
海でも山でも穏やかに過ごすようにした。
待ち遠しい2カ月だった。
しかし、この「待つ時間」が、
運転という行為の意味をもう一度考えさせてくれた時間でもあった。
関連記事➡GRヤリス後期型DAT納車まであと2ヵ月♦今考えていること
はじめに:新しいGRヤリスとの付き合いが始まった
ついに、弐号機がやってきた。
私は二台のGRヤリスを行き来する“実験生活”を始めることになった。
目的は明確だ。
MTの意味を、自分の運転で再定義すること。
DATが本当に“速さと知能の両立”を果たすのか、
この目と体で確かめたい。
納車初日:情報量の多さに圧倒される
弐号機が納車された日、ディーラーから自宅までの数キロを走らせただけで、
その違いに驚かされた。
市街地では、ノートe-POWERのような穏やかさはなく、
路面情報や駆動の挙動が全身に伝わってくる。
最初は軽い頭痛を覚えるほどだった。
だが、それは“過剰”ではなく“濃密”。
この車が真価を発揮するのは、もっと速い領域だとすぐにわかった。
関連記事➡GRヤリス後期 8S-DAT(弐号機)納車♦初乗りインプレと壱号機との併用計画
高速260km走行:36通りの設定をどう使いこなすか
納車翌日、弐号機を高速道路に持ち込んだ。往復260km。
まず感じたのはドライビングポジションの完璧さと、操作系の緻密さだ。
前期型よりも視界が広く、姿勢が自然。
ただし、設定項目が多すぎる。
| 区分 | モード | 備考 |
|---|---|---|
| シフト操作 | D/M+パドル/M+ノブ | 3通り |
| ドライブモード | エコ/ノーマル/スポーツ/カスタム | 4通り |
| 4WDモード | ノーマル/グラベル/トラック | 3通り |
3×4×3=36通りの組み合わせ。
この中から自分に最適な設定を探るのは容易ではない。
当面は1つの設定で一定距離を走り、体感を記録する方式で進める。
速さそのものよりも、設定と挙動の関係を理解する過程が面白い。
まさに“実験の相棒”としてのクルマだ。
関連記事➡GRヤリス後期 8S-DAT(弐号機)で高速260km走行♦設定36パターンの試行開始
理屈を超えた速さ:ワインディングでの衝撃
2025年初頭、いつものワインディングへ。
シフトはD、モードはSPORT。
そして、愕然とした。
このクルマは、誰がどう乗っても速い。
荷重移動が雑でも、ライン取りが甘くても、
確実にコーナーをクリアしていく。
ステアを切れば、その意図を先回りして最適解を出す。
壱号機では格闘していた道が、弐号機では滑らかに過ぎていく。
馬が勝手に最適解で駆け抜け、私はただ馬にしがみついているだけ。
速すぎるが、どこか寂しい。
自分の技量が走りに影響しないという感覚は、新鮮で、そして少し切ない。
関連記事➡理屈無用の速さ♦後期型GRヤリス8S-DATの衝撃
技術的考察:8速ATは「武器」になった
驚異的な速さの理由は、変速制御の完成度にある。
◆ 非等間隔のタコメーター
横バー型タコメーターは、低回転域が詰まり、高回転域が広い。
一見不均一だが、これはパワーバンドを視覚的に強調する設計だ。
単なる回転計ではなく、シフト判断支援UIとして機能している。
◆ コーナー中でも姿勢が乱れない
Dレンジのままコーナー中にシフトチェンジが発生しても、
姿勢が一切乱れない。
理由は二つ。
駆動力抜けの時間が極端に短い。
変速前後の回転が完全に同期している。
もはや、変速そのものが“走りの武器”になっている。
MTで禁忌とされる動作が、ここでは自然な動作として成立しているのだ。
関連記事➡後期GRヤリス 8速ATの実力♦ワインディング初走行で驚いたこと
パドルシフトの知能と“二つの愉しみ”
Mポジションでは、パドルとノブの両方で操作可能。
右でアップ、左でダウン。
ただしステアと一緒に回るため、連続コーナーでは迷うこともある。
そんな時はノブ操作でリカバリーできる。
この柔軟さが、弐号機の“知能”だ。
さらに、Dレンジでもパドル操作を一時的に保持してくれる。
ドライバーの意図を一度受け入れ、
最適なタイミングで自動に戻す。
人間と機械の境界が、限りなく曖昧になっている。
関連記事➡GRヤリスのパドルシフトを徹底解説♦8S-DATの賢さとは?
二台の愉しみ方:壱号機と弐号機の共存
もし最初のクルマがこの8S-DATだったなら、
MTに戻る理由を見失うかもしれない。
しかし、両者の愉しみはまったく別次元だ。
壱号機(6MT):技術を磨き、失敗から学ぶ“鍛錬のクルマ”。
弐号機(8S-DAT):状況を読み、制御と協調する“思索のクルマ”。
片方は「技」を、もう片方は「思考」を刺激する。
ふたつを往復することで、ドライビングそのものの意味が深まっていく。
結論:カスタム不要の完成度
納車から2週間。
弐号機は、何も手を加える必要がないほど完成されたスポーツカーだった。
ポジションも視界も理想的で、長距離の快適性も高い。
運転支援機能の追加で、ワインディングへの往復さえ心地よい。
壱号機は“育てる喜び”、
弐号機は“完成を味わう満足”。
対照的でありながら、どちらもGRヤリスが持つ「人と機械の理想形」を教えてくれる。
私にとって、この2台は「過去と未来の間にある現在」そのものだ。
関連記事➡後期GRヤリス8S-DAT♦カスタム不要の高い完成度