本記事では、持ち家 vs 賃貸の議論を、感情や価値観を排し、ファイナンス的合理性だけで整理します。
その結果、多くの一般的条件では賃貸が優位になりやすいことを示します。
同時に、持ち家が有利となりうる前提条件を明示し、条件が揃った場合には持ち家が合理的になりうることも示します。
Contents
第0章|はじめに
持ち家か賃貸かという議論は、合理性だけでなく価値観や感情論になりがちです。
本記事では、住宅ローン・家賃・修繕費・資産価値・老後資産まで含め、住まいをファイナンスの視点で整理し、条件ごとに合理的な結論を示します。
持ち家と賃貸、どちらが正しいかではなく、
どちらが合理的かを考えます。
第1章|なぜこの議論は噛み合わないのか
持ち家か賃貸かという話題が噛み合わない最大の理由は、
感情・価値観の話と、ファイナンスの話が混在しているからです。
「安心できる」「自分の城が欲しい」「老後が不安」
これらは人生観として尊重されるべきですが、ファイナンス上の合理性とは別の次元にあります。
本記事では、住宅を
人生全体のお金の流れ・資産の残り方・リスク配分の問題
として扱います。
第2章|住宅は人生設計と切り離せない
住宅は数十年にわたって影響を及ぼす固定費です。
したがって、その合理性は人生条件と不可分です。
考慮すべき前提条件には、次のようなものがあります。
結婚するか、しないか
子どもはいるか
教育費をどこまで想定するか
仕事の流動性は高いか
老後に労働収入を期待できるか
これらの条件が異なれば、同じ住宅でも合理性は簡単に逆転します。
第3章|住宅コストを正しく捉える
まず大原則として、次のように定義します。
住むために支払う金額は、すべて住宅コストである
持ち家の住宅コスト
住宅ローン返済
固定資産税
修繕・更新費(設備・内外装など)
管理費・修繕積立金
火災保険・地震保険
賃貸の住宅コスト
家賃
管理費
敷金・礼金(預けている間は他に使えない資金)
更新料
引越し費用
ローン返済も家賃も、いずれも居住サービスへの対価です。
ただし、この段階ではまだ結論は出ません。
ここで見ているのは キャッシュフロー(毎年いくら出ていくか) だけだからです。
第4章|キャッシュフロー検討だけでは不十分な理由
住宅の合理性を考えるうえで重要なのは、キャッシュフローに加えて次の二点です。
バランスシート(最終的に何が残るか)
流動性(どれだけ身軽に動けるか)
多くの住宅は、時間とともに資産価値が下がります。
特に立地条件が弱い場合、ローン完済時点の不動産価値が支払総額を下回ることは珍しくありません。
さらに、不動産はすぐに現金化できません。
売却には時間とコストがかかります。
持ち家は、支出を固定化する代わりに、流動性を犠牲にする選択である
この構造は、強く意識しておく必要があります。
第5章|住宅ローンと投資を同じ言語で考える
現役期の収入は、大きく二つに分かれます。
その場で消えていく支出
将来に向けて残る資産
住宅ローンの繰り上げ返済は、
「将来に残せたはずの現金」を「動かしにくい住宅」に置き換える行為です。
繰り上げ返済には、利息支払いを確実に減らせるという利点があります。
一方で、そのお金は手元から消え、他の使い道に回すことができなくなります。
もし同じ資金を長期の分散投資に回していれば、将来より大きな資産になっていた可能性もあります。
つまり繰り上げ返済とは、
確実な軽減と引き換えに、将来の増加の可能性を手放す選択
でもあります。
第6章|住宅ローン控除という「金利補助」
住宅ローン控除は、
「税金が戻る制度」ではなく、金利の一部を国が肩代わりしている状態と捉える方が本質的です。
控除期間中に繰り上げ返済を行うと、その補助を自ら放棄することになります。
したがって、返済額だけでなく 返済のタイミング も、ファイナンス上の重要な判断要素になります。
第7章|住宅ローンは本来「不動産担保」だけでは足りない
住宅ローンは本来、不動産を担保として貸し付けられる融資です。
理屈の上では、購入した住宅そのものに担保設定をすれば足りるはずです。
しかし現実には、多くの住宅ローンで 団体信用生命保険(団信)への加入が事実上必須 とされています。
これは、金融機関が 不動産の将来価値だけでは回収リスクを負いきれない と判断していることを意味します。
第8章|団体信用生命保険という貸し手有利の構造
団信は、住宅を守る保険ではありません。
住宅ローンという負債を消すための保険です。
金融機関は、
不動産担保
借り手本人の生命
という二重の担保を求めています。
団信は「家族を守るため」と説明されがちですが、最も確実に守られているのは貸し手です。
不動産価値が下がっても、借り手が返済不能になっても、金融機関は回収できます。
この構造は、購入者に長期かつ不可逆的な不利を固定化します。
第9章|価値が下がらない物件でも、団信は必須とされる
仮に、三十年後にも価値が下がらないと見込まれる立地や物件を選んだとしても、住宅ローンでは団信加入が求められます。
これは不動産価値の問題ではなく、
返済途中で借り手が支払い不能になるリスクを、貸し手が一切負いたくない
という意思表示です。
住宅ローンという仕組みが、徹頭徹尾、貸し手有利に設計されていることを示しています。
第10章|それでも持ち家が有利になりうる例外条件
可能な限り現状に目配せをすると、多くの場合、ファイナンス的合理性は賃貸に収束します。
それでも、次の条件が同時に成立する場合に限り、持ち家がファイナンス的に有利になりうることは確かです。
その土地に三十年以上住み続けることがほぼ確実で、注文建築を建てて住み潰す場合
都心・駅近など、三十年後も需要が高く、ローン完済時に資産価値の維持や上昇が見込める場合
高インフレが長期に続き、固定金利ローンの実質負担が軽くなる場合
ただし、これらの条件はいずれも、
事後的に「当たっていた」と分かるものであり、事前に確実に見抜くことは難しい
という共通点を持ちます。
そして、この困難性を最もよく理解しているのは、実は不動産販売会社や金融機関といったプロフェッショナルです。
だからこそ彼らは、将来の不確実性を価格や融資条件に正面から織り込むのではなく、住宅ローンの条件に生命保険を組み込み、自らの安全を別の形で担保しているのです。
プロですら事前に見抜けないものを、一般の購入者が完璧に見抜くことは、時間的にも情報的にも極めて困難です。
その困難に立ち向かうために多大な時間とコストを投じるのであれば、
本業や家族、あるいは別の資産形成といった より再現性の高い分野 に力を注いだ方が、人生全体としては有意義だと言えるでしょう。
終章|この論争に、ファイナンスの視点で決着をつける
以上を踏まえ、持ち家か賃貸かという論争に、ファイナンスの視点から結論を与えるなら次のようになります。
平均的な条件にある多くの人にとって、合理的な選択は「賃貸」を基準に考えることである。
賃貸には不利な点もあります。
しかしそれらは、住み替えや契約変更によって 修正可能な不利 です。
一方、持ち家の不利は、
資産価値の減少
流動性の欠如
貸し手有利なローン構造
人生リスクの担保化
といった形で、長期かつ不可逆的に固定されやすい。
したがって、持ち家が合理的となるのは、
例外条件を厳しく満たせる場合に限られる
と言わざるを得ません。
持ち家は「普通の選択」ではない。
条件を見抜けた人だけが選ぶ、高難度のファイナンス戦略である。
住宅は、生き方の象徴ではありません。
人生全体のファイナンス設計の一部です。
この視点に立てば、この論争は、ここで終わります。
