サーキット走行でタイムが伸び悩んでいた理由は、横グリップを使えていなかったことにあった。プロの実演で気づいた、スキール音と摩擦力の本当の意味、そしてレンタルカートという練習法について整理する。
昨年からサーキット走行を高頻度に行い始めたが、ある日、プロレーサーとして活動しているインストラクターに自分のクルマを運転してもらい、その走りを助手席で体験する機会があった。
そのとき、これまで自分のタイムが伸び悩んでいる理由が、はっきりとした形で意識に浮かび上がった。
ストレートでは、私も彼もリミッターが当たる。
最高速そのものに差はない。
それでも、コーナーが連続する区間では、彼のほうが明らかに速い。
ラップタイム全体でも、区間タイムでも、その差は動かしがたい事実として現れていた。
理由は単純で、コーナーリング速度が決定的に違っていたからだ。
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スキール音についての新理解
彼の運転で強く印象に残ったのは、
コーナーリング中、タイヤからスキール音が出ていたことだった。
正直に言えば、それまでの私は、
「タイヤを鳴かせない=丁寧で安全な走り」
だと、どこかで思い込んでいた。
実際、私自身のサーキット走行では、
スキール音を出した記憶がほとんどない。
だが、彼の走りは荒れていない。
姿勢は破綻していない。
むしろ、ほぼ定常円に近い状態で、クルマは一気にコーナーを駆け抜けていく。
それでも、タイヤは鳴く。
このとき、ようやく腑に落ちた。
スキール音は、グリップが落ちた状態を示す音ではない。
スキール音は、タイヤと路面の間に生じる摩擦力が、
最大に近づいていることを知らせる音である。
スキール音に対する古い理解、あるいは誤解
正直に言えば、私がスポーツ走行に目覚めた頃の知識では、
スキール音は「タイヤをこじっているサイン」だと理解していた。
つまり、
タイヤが不自然に滑らされ
必要以上に摩耗し(タイヤを路面でやすり掛けしているイメージ)
速さにつながらない
そうした未熟な走らせ方の象徴が、スキール音なのだと。
これは、私だけの誤解だったのかもしれない。
だが、少なくとも当時の感覚としては、
そう理解されていた空気があったように思う。
だから私は、
四つのタイヤが、無理なく転がり続ける感覚
を大切にし、
タイヤを鳴かせない走りを、どこかで「正しい」と信じてきた。
だが、前提はすでに変わっていた
あらためて考えてみると、その後のモータースポーツは大きく変化し、進歩していた。
ドリフトが隆盛し、
スリップアングルという概念が一般化し、
そのうえで、タイム短縮に関してはグリップ走行が有利であるという結論が共有されている現在。
この流れの中では、
完全にグリップを失う直前、
すなわちスリップアングルが限界付近に達し、
スキール音を発している領域こそが、
最も高い横グリップを発揮している
という理解は、もはや特別なものではない。
私は、その認識のアップデートを怠っていた。
それを、頭ではなく身体で気づかせてくれたのが、
プロの走りを助手席で体験した時間だった。
横グリップを「使っていなかった」
この体験から、すべてが一本につながった。
私は、コーナー進入から出口まで、終始一貫して
タイヤの横グリップを使っていなかった。
信じ切れていなかったと言ってもいい。
アンダーを恐れてアクセルを戻す
テールスライドを嫌ってトルクを抑える
ステアを足すことをためらう
それらはすべて、安全マージンの奥深くで走ろうとする無意識の選択だった。
スキール音が出ないのは、
使い切っているからではない。
余らせているからだったのだ。
だから当然、タイムは削れない。
ストレート全開と、コーナーの速さは別の壁だった
昨年、頻繁なサーキット走行を始めた頃、
「ストレートでアクセルを床まで踏めるようになる」
というのは、ひとつの到達点だった。
だが、冷静に考えれば、これはあくまで、
前後方向のグリップを、ある程度使えるようになった
という段階にすぎない。
一方、コーナーでは、
横方向のグリップ
それが進入から出口まで連続してかかり続ける状態
この横グリップを信じ切れるかどうかが問われる。
私は、この横グリップに関しては、
かなり安全圏寄りの使い方に終始していた。
繰り返して恐縮だが、
これではラップタイムが伸びないのも当然である。
グリップを使えることが、すべての前提になる
走行ラインの取り方、
ブレーキングポイントの深化、
ストレートからコーナーへの安定した姿勢遷移。
これらはすべて、
タイヤの前後左右のグリップを、
ある程度「使い切れる」ことを前提に成立する技術
だ。
横グリップを信じ切れていない状態では、
速いラインは怖くて選べない
深いブレーキングポイントは危なくて使えない
姿勢遷移も、常に保険をかけた動きになる
つまり、上位の技術を試す土俵にすら立てていない。
横グリップを使い切る練習が必要だ。
レンタルカートという発想に至った理由
横グリップを使い切る感覚を身につけるには、どうすればいいか。
そのとき、現実的な制約も同時に意識するようになった。
四輪車で、練習のために意図的にスキール音が出る領域を使い続ければ、
タイヤの摩耗は一気に進む。
タイヤ交換のコストも、作業の手間も、決して無視できない。
つまり、
「横グリップを信じる練習」は、四輪車では経済的な負担が大きい。
そこでハッと思いついたのが、
横グリップを感じ取るための、もっと合理的で、もっとエコノミーな方法だった。
レンタルカートである。
レンタルカートは、
ドライビングの限界
特にコーナリングの限界
を前提に設計されたマシンであり、
それに最適化されたコースで走る。
しかも、
車両の準備は不要
タイヤ管理は不要
支出金額も、時間的コストも小さい
練習方法として、極めて合理的である。
勿論、乱暴な扱いは論外だが、レンタルカートはそういう目的で設計されたマシンとコースなので、思い切り練習ができる。
四輪車とカートでは、スキール音の意味が違う
ただし、ここで重要な違いがある。
四輪車では、
スキール音
= 摩擦力が限界に近い領域
であるのに対し、レンタルカートでは、
スキール音
= 限界を超え始めたサイン
となることが多い。
カートは軽く、サスペンションがなく、タイヤの作動域が非常に狭い。
そのため、音が出た瞬間にピークを越えてしまう。
つまりカートでは、
スキール音を出さずに、
限界直前の横グリップを探る技術
そのものが問われる。
カートは「横グリップ感覚の研磨機」
この違いに気づいたとき、
レンタルカートで練習する意味が、はっきりした。
四輪車では
→ 音を恐れず、横グリップを信じるカートでは
→ 音を出さず、限界直前を静かに探る
同じ横グリップだが、
アプローチが正反対だからこそ、感覚が鋭くなる。
カートでは、
荷重の乗り始め
タイヤが粘る一瞬
それ以上踏み込むと崩れる境界
を、音ではなく、身体感覚で探らざるを得ない。
いまの自分にとって、これは極めて良い訓練だと感じている。
技術の段階論に縛られすぎない
ここまで考えてきて、私が積極的に推奨したい考え方がある。
それは、技術の段階論に縛られすぎないことだ。
前後左右のグリップをまだ最大限に使い切れていないうちは、
ブレーキングポイントを深く取るとか、
最速ラインを狙うといった、
いわゆる「上のレベルの技術」に気を取られるべきではない──
そうした考え方は、確かに一理ある。
だが、それは「やってはいけない」という話では全くない。
技術習得に、効率的な段階が存在するのは事実だ。
しかし同時に、
人間の興味や関心の動きを無視しては、
そもそも効率的な段階論など成立しないとも思っている。
人は、
「やりたい」と思ったことを、
結局はやってしまう生き物なのだ。
人間の性質まで視野に入れて考えるなら、
効率的な技術習得の段階とは、
上の段階のスキルに興味を持ったなら、
いまの技量が未熟でも、
まずはトライしてみること
なのではないかと思う。
トライしてみて、
うまくいかなければいい。
失敗すれば、
なぜできなかったのか
何が足りなかったのか
どの基礎が弱いのか
が、頭ではなく身体で理解できる。
そしてそのとき初めて、
基礎的な技術の重要性が、
以前よりもはっきりと見えてくる。
トライして、
失敗して、
考えて、
またトライする。
この
トライ&エラー&思考&トライ
の循環そのものが、
ドライビング技術を磨く過程であり、
そして何より、
この趣味が面白い理由なのだと思っている。
左足ブレーキについて…
左足ブレーキについても、同じ考え方をしている。
カートでは、左足でブレーキを扱う。これは、カートの優れた特徴のひとつである。左足ブレーキは実に合理的な役割配置である。四輪車でもこの感じで左足ブレーキをやってみたいと、カート経験者なら誰もが思うはず。
しかし四輪車の場合、車両側の電子制御との関係や、AT車特有の介入を考えると、
必ずしも意図した通りの効果が得られない場面がある。
意図した効果はノイズとなって、ドライビング技術向上に妨げになりかねない。
そのため現時点では、
四輪車においては左足ブレーキを
技術として真剣に練習する段階ではない
が、
たまに遊びとしてトライはしてみるつもり。
ときどき試してみて、
現時点では意味がないと感じる
やはり右足ブレーキのほうが安定的だと分かる
そうした体験そのものが、理解を深めてくれるからだ。
趣味が楽しい理由は、すべてを自分で引き受けられるからだ
いろいろなトライをしているうちに、
やがて自分なりの目標が、
言語化できないままボンヤリと内心に生まれてくる。
その目標
どう近づくか
最短距離を選ぶか
あえて回り道をするか
そして、
その通りにするか、しないかを決めるのも、すべて自分だ。
誰かに強制されるわけでもなく、
正解を押し付けられるわけでもない。
試して、感じて、考えて、
「今回は違うな」と引き返す自由も含めて、
すべてを自分で引き受けられる。
だからこそ、趣味は楽しい。
サーキット走行も、
ドライビング技術の習得も、
その本質は同じところにあるのだと思っている。
この記事の続きサーキット版としてタイヤの横グリップを最大限使うサーキット練習法 ──旋回中のアクセルワークを成立させるためがあります、是非愉しみ下さい。
