Contents
序章
エレガンスとラグジュアリーは、
しばしば同じ意味の言葉のように使われる。
だが私には、この二つは本来、
別の次元に属する言葉のように思える。
本稿ではエレガンスとラグジュアリーの関係性について、
わたし理屈コネ太郎が今まで考えてきたことの現在地を
個人的見解としてまとめてみたい。
まず結論から。
エレガンスは、
人が体験する対象の組み立て方や整い方についての言葉であり、
ラグジュアリーは、
その整った在り様を認知したとき、人の心に立ち上がる官能
についての言葉だと私は捉えている。
両者は同一ではない。
かといって、まったく無関係でもない。
エレガンスとラグジュアリーが
どこで重なり、どこですれ違うのかを辿ってみたい。
エレガンスとは何か
エレガンスとは、
対象がどのように構成され、整えられているかを表す言葉だろう。
設計、選択、配置。
そこに無駄が少なく、
必要なものが、必要な場所に置かれている。
全体として無理がなく、
どこかに破綻や過剰を感じさせない。
そうしたまとまり方を、
私たちはエレガントだと呼んでいるように思う。
この評価は、
見る者の感情とは切り離されて成立することが多い。
心を動かされなくても、
美しいと感じなくても、
対象の構成が整っていれば、
エレガントだと言える場合がある。
エレガンスとは、
対象そのものの出来のよさや
構造の整い方に関わる言葉として捉えられる。
ラグジュアリーとは何か
ラグジュアリーは、
対象の構成や出来そのものを指す言葉ではない。
少なくとも私は、そう考えている。
ラグジュアリーは、
エレガンスとして認知された在り様に意識が向いたとき、
人の心に立ち上がる官能として現れることがある。
ここで言う官能とは、
衝動的な欲求や生物学的反応を指していない。
認知者に十分な見識と余裕があるときに、
対象を鑑賞する姿勢のもとで立ち上がる、
主観的な感覚の総体を、ここではそう呼びたい。
説明を聞いたあとに生じる感情、
理解の結果として付け加えられる価値、
そうしたものとは少し違う。
意識が向いた瞬間に、
すでに立ち上がってしまう気持ち。
ラグジュアリーは、私にはそういうものに見える。
なぜ両者は混同されやすいのか
エレガンスとラグジュアリーが
混同されやすいのは、
構成の整った対象が、
自然と人の注意を集めやすいからだろう。
配置やまとまりに無理のない対象は、
目に留まりやすく、
意識が向きやすい。
その結果、
官能が立ち上がることがある。
このとき、
対象の構成と、
心に立ち上がった官能とが、
同じもののように語られてしまう。
だが、
構造の評価と、
官能の立ち上がりは、
別の出来事として分けて考えた方が分かりやすい。
この違いを意識すると、
自分が今、
対象の出来を見ているのか、
それとも心に生じた官能を味わっているのか、
あるいはその両方なのかを、
区別しやすくなる。
エレガンスはラグジュアリーを保証しない
対象がどれほど整っていても、
官能が立ち上がらないことはある。
構成に無駄がなく、
配置に必然性があっても、
それが必ず
ラグジュアリーな体験になるとは限らない。
エレガンスは成立しているが、
ラグジュアリーは生じない。
そうした場面は、
むしろ普通に起きている。
それでも両者が交差するとき
一方で、
構成の整った対象は、
官能が立ち上がりやすい状況を
整えることがあるようにも思える。
エレガンスは、
ラグジュアリーの条件でも、
保証でもない。
ただ、
認知者に見識と余裕があるとき、
対象の構成やまとまり方が、
官能を呼び起こす契機となることがある。
このとき、
対象の在り様としてのエレガンスと、
心に立ち上がる官能としてのラグジュアリーは、
同じ場に現れる。
それが、
両者の交点なのだろう。
たとえば、歴史という交点
歴史は、
断絶なく継続してきた文化であり、
不可逆な時間の中で形づくられている。
一度断絶した歴史は、
どれほどの資本を注いでも
元には戻らない。
この点は、前稿でも書いた。
この代替不能性を持つという点で、
歴史は特異な在り様を備えている。
その積み重ね方や残り方を理解できるほど、
歴史はエレガントな対象として
はっきりと見えてくることがある。
そして、
断絶なく続いてきたという事実に
意識が向いたとき、
認知者の心に、
ラグジュアリーという官能が立ち上がる。
歴史は、
エレガンスとラグジュアリーが
自然に交差し得る対象の一つだと考えられる。
終章
まとめると、
エレガンスは、
人が体験する対象の組み立て方や整い方についての言葉であり、
ラグジュアリーは、
その整った対象を鑑賞したときに、
心に立ち上がる官能についての言葉だと私は考えている。
両者は同一ではない。
ただ、無関係とも言い切れない。
対象の構成が整い、
認知者に見識と余裕があるとき、
エレガンスは、
ラグジュアリーという官能を
心の中に立ち上げることがある。
その交点に立ったとき、
体験は、
静かに、しかし確かに、
深みを増すように感じられる。
当サイト内他の記事への移動は
▶ 当サイト内の全トピック一覧。最上位ページです。
当サイト内記事のトピック一覧ページ
