失われた30年とは何か|“買うお金の不足”で説明すると全部つながる

失われた30年を「買うお金(名目支出)の不足」で説明した白黒イラスト。バブル崩壊、デフレ、増税、支出不足が連鎖し、日本経済が停滞した構造を示している。
失われた30年は、国民の心理ではなく「買うお金(名目支出)」が政策によって不足し続けた結果として理解できる。

Contents

はじめに

失われた30年を語るとき、原因が
「少子高齢化」「国民の消費マインド」「企業の投資不足」などに分解されがちです。
けれど、経済学、とくにマクロ経済学の視点で見ると、話はもっと単純になります。

日本はモノやサービスを十分につくれる力を持っていたのに、
それを買うお金(購入に使われる支出)が社会全体で足りなかった
その不足が、政策によって始まり、デフレと増税で増幅され、
止められないまま固定化した。

本記事は、この一本の因果で
「失われた30年」を整理します。


定義|失われた30年とは何か

ここでいう「失われた30年」とは、
日本経済がモノやサービスを十分につくれる能力を持っていたにもかかわらず、
それらのモノやサービスを実際に購入するために支払われるお金が、
社会全体で不足した結果、

生産と取引の双方が抑えられる状態が発生し、
その状態が長期にわたって固定されたことを指します。

ここでいう「つくれる能力」とは、

  • 働ける人がいて

  • 工場や設備があり

  • 技術や制度もそろっている

という、無理をしなくても生産できたはずの力のことです。

また、「支払われるお金」とは、

  • 家計の消費支出

  • 企業の投資支出

  • 政府支出

  • 海外からの需要

といった、実際に購入に使われる名目支出の合計を意味します。

心理や気分の話は使いません。
扱うのは、政策と、集計された経済の動きだけです。


何が起きたのか|1990年代初頭は特異点だった

1990年代の初め、日本では次の二つが同時に起きました。

  • 経済全体で、実際に支払いに使われるお金の伸びが急に止まった

  • 物価が上がらなくなり、その後は下がり始めた

この背景にあったのが、バブル崩壊です。

重要なのは、日本のバブルが
土地や株式といった資産価格の高騰=資産インフレだったことです。
消費者物価が暴走していたわけではありません。

本来、資産インフレへの対応は、
資産市場や信用の出方に絞って行うべきものでした。
しかし当時の日本では、資産価格の過熱を抑える目的で、
経済全体に流れるお金そのものを強く抑える政策が選ばれました。

その結果、
資産市場だけでなく、
モノやサービスを買うためのお金まで同時に冷やしてしまった。

つまり、
バブルが崩れたから不況になったのではなく、
資産インフレを抑える政策が、
国民や企業がモノやサービスにお金を使えなくなる状況を作り出したため、不況になった。


政策の結果、国民生活で何が起きたのか

経済全体で支払いに使われるお金が増えず、
物価も上がらなくなると、

  • 給料や利益が伸びない

  • 自由に使えるお金が増えない

  • 支出を増やせない

という状態が、国民生活に自然に生じます。

これは判断や国民性の問題ではありません。

その結果として、
本来は生産できたはずのモノやサービスが生産されず、
それに対応する取引も成立しなくなった。

つまり、
売れなかったから不況になったのではなく、
政策によって支払いに使われるお金が不足した結果、
生産と取引が同時に抑えられた。


デフレは原因ではなく、結果の連鎖

物価が下がるデフレは、原因ではありません。

  • 政策によって支出の伸びが抑えられる

  • 売上や所得が伸びない

  • その結果、値下げが起きる

これがデフレです。

さらにデフレが起きると、

  • 給料や利益はさらに伸びにくくなり

  • 借金の実質的な重さが増し

  • 支払いに使えるお金は一段と減る

つまり、
政策によって生じた支出不足が、
デフレを通じて、さらに支出不足を強めた。


なぜ止められなかったのか|下限ルールの有無という決定的差

ここで重要なのは、日本だけが「無策」だったのか、という点です。

実際には、多くの先進国では、
中央銀行が 消費者物価の中期的な数値目標(インフレターゲット) を公式に設定し、
物価が一定水準を下回らないよう政策運営を行っています。
これは1990年代以降、国際的に広く採用された枠組みです

一方、日本では、
明確なインフレ目標が公式に導入されたのは2013年であり、
それ以前の長い期間、
「物価や名目支出がどこまで落ちたら是正するのか」という
数値としての下限ルールが存在しませんでした

さらに、名目GDPや名目支出を政策目標として維持する
いわゆる「名目アンカー(名目GDPターゲット等)」についても、
国際的には議論や提案は存在したものの、
日本では制度として採用されることはありませんでした

この違いが意味するのは明確です。

つまり、
政策によって作られた支出不足を、
政策として是正するための明確な基準が、日本には長く存在しなかった。

その結果、
不足は「異常」ではなく「前提」として扱われ、
是正されないまま固定化しました。


まとめ|“買うお金の不足”で全部つながる

失われた30年とは、
日本経済がモノやサービスを生産できる能力を持っていたにもかかわらず、
政策によってそれらを購入するために支払われるお金が不足させられ、
その結果として生産と取引が成立しない状態が生じ、
デフレと増税によってその状態が繰り返し強められたものである。


最後に確認しておくこと

失われた30年の始まりと継続は、

原因は一貫して以下の2点です。

日本政府が、モノやサービスを買うためのお金を国民に持たせなかった。
日本国民は政府の悪性に堪え続けてきた。


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