ファイナンス知識を持つと、
金融機関が提示する「もっともらしい提案」が、
必ずしも自分にとって合理的とは限らないことが見えてくる。
それはちょうど、
会計を学ぶと、
経済ニュースや企業活動の中に含まれる「おかしさ」に
気づくようになるのに似ている。
ファイナンスという視点は、
人生の長期にわたる財務判断において、
静かに、しかし決定的な差を生み出す。
Contents
第1章|ファイナンスは金融機関の思惑や意図の話である
ファイナンスという言葉は、
しばしば「投資理論」や「資産運用の専門知識」として理解される。
しかし、生活者にとって有用なファイナンス知識はそういうものではない
金融機関が提示する判断や商品は、
中立的な助言のフリをして現れることが多い。
だが実際には、それらは必ず
特定の前提による利益構造を実現するように設計されている。
本記事で述べるファイナンス知識とは、
その前提や意図を読み取るための思考ツールである。
「この判断は合理的か?」という問いより先に、
「誰にとって合理的なのか?」
「どの前提が置かれているのか?」
という問いを立てられるかどうか。
その差が、金融判断の出発点を大きく分ける。
第2章|金融商品は、仕組みを理解する全ての人に便利に設計されている
金融商品は、しばしば
「難しい」「不親切」「消費者に不利」と語られる。
だが、商品そのものが雑に作られているわけではない。
金融機関のリテールが、自分が売っている商品をきちんと理解していない事と、
それを消費者に悟られまいとして有耶無耶に話しを丸めるから分かりにくくなるだけである。
金融商品は、
その仕組みを理解している側にとっては、
きわめて合理的で、便利に機能するよう設計されている。
問題は、
その「便利さ」が誰に最適化されているか、という点にある。
金融機関の立場で見れば、
収益が安定し、リスクが管理でき、
制度や規制とも整合的な商品は「良い商品」である。
一方、生活者にとっては、
同じ商品が必ずしも同じ意味で「良い」とは限らない。
金融機関リテールも消費者もファイナンス視点で商品を理解していないから、
金融商品は分かりにくいと言われてしまう。
第3章|「なんか良さそう」は判断を誤らせる
金融判断において、
もっとも危険なのは情報不足ではない。
「なんか良さそう」という感触である。
安心感、堅実そう、損しなさそう。
そうした印象は、
判断を深める代わりに、思考を止める方向に働く。
その典型例が、積立型保険である。
積立型保険は、
保障と貯蓄を組み合わせた商品として提示される。
月々の負担が分散され、
将来に向けて積立貯金している感覚も得やすい。
だが、ファイナンスの視点で見ると、
そこにはいくつかの構造的特徴がある。
・資金拘束期間が長い
・途中解約時の不利が大きい
・コスト構造が不透明になりやすい
これらは、
商品として欠陥があるという話ではない。
むしろ、金融機関にとっては
収益を安定させる合理的な設計である。
問題は、
消費者がその設計意図を理解しないまま、
「良さそう」という感触だけで判断してしまう点にある。
積立型保険を契約するのなら、積立投資と、保険を別々に契約する方が、ファイナンス的に正しいいと断言してよいと思う。
──この構造は、住宅ローンの繰り上げ返済にも、そのまま当てはまる。
住宅ローンの繰り上げ返済は、
「借金は早く返すほど良い」
「金利は無駄な支出である」
という直感と結びつきやすく、
きわめて「良さそう」に見える判断である。
しかし、ファイナンスの視点で見ると、
繰り上げ返済が合理的かどうかは、
金利水準、他に資金を回せる選択肢、
キャッシュフローや流動性、
将来の不確実性といった前提条件に強く依存する。
繰り上げ返済は、
ある条件下では非常に合理的な判断になり得る。
同時に、条件が変われば、
必ずしも最適とは言えなくなる。
それにもかかわらず、
「返しておけば安心」
「借金が減るのは良いことだ」
という感触が先に立つことで、
前提条件の検討そのものが省略されてしまう。
積立型保険と住宅ローンの繰り上げ返済は、
いずれも必ずしも誤ってはいないが、必ずしも正しいとも限らない判断が、
「なんか良さそう」という印象によって確定してしまう、
市井における代表的な金融判断の例である。
第4章|ファイナンスは金融商品の真の収益構造を理解する枠組みである
ファイナンス知識が提供するのは、
「この商品は得か損か」という単純な答えではない。
それが示すのは、
誰が、どこで、どのようにどのようなリスクにおいてどれくらいの収益を得る構造になっているか、
という全体像である。
金利、手数料、リスク配分、時間価値。場合によっては税金。
これらを組み合わせて見ることで、
表面的な説明では見えない構造が浮かび上がる。
そしてこれは明確に私の体験から言うが、金融機関のリテール部門の職員は、
殆どファイナンス的知識を持っていない。だから、
彼らは顧客からのファイナンス的質問に回答する事ができない。
売っている人が、自分の販売している商品関する知識にこれほど乏しい知識しかない業界を、私は他に知らない。
だから、自分の身は自分で守るしかない。そこで必要になるのがファイナンス知識である。
金融商品について、誰が、どのリスクにおいて、どういう対民グで、どれくらい利益を受けるかがわければ、判断の基準が変わる。
「勧められているから」ではなく、
「この構造は自分の都合やライフプランと合っているか?」
という問いが立つようになる。
ファイナンスとは、
金融商品を選ぶための知識というより、
判断の軸を作るための枠組みである。
第5章|なぜファイナンスは若い人ほど効くのか
ファイナンス知識が生む差は、
一回一回の判断では小さい。
だが、その差は、
時間と回数によって累積する。
若いうちに
誤認を避ける判断ができれば、
その後の選択肢は広がる。
逆に、初期の誤認は、
長期にわたって影響を残す。
重要なのは、
大きな成功を狙うことではない。
大きな失敗を避け続けることだ。
ファイナンスは、
そのための地味だが強力な補助線になる。
第6章|ファイナンスは「正解を選ぶ力」ではない
ファイナンスは、
万能な正解を教えてくれるものではない。
市場環境も、制度も、個人の状況も変わる以上、
常に同じ正解が存在するわけではない。
ファイナンスが強いのは、
「間違った選択肢」を排除する力にある。
・前提が破綻していないか
・収益構造が一方的でないか
・リスクが過小評価されていないか
こうした点を確認するだけで、
避けられる誤りは多い。
正解探しより、
誤認回避の方が再現性は高い。
第7章|専門知識は不要だが、視点は不可欠である
ファイナンスを理解するために、
高度な数式や専門理論は必須ではない。
必要なのは、
いくつかの視点である。
・前提を見る
・意図を見る
・収益構造を見る
これだけで、
金融判断の質は大きく変わる。
数十時間の学習で、
実用的な水準には十分到達できる。
終章|ファイナンスは人生の意思決定の地図である
ファイナンスは、
商品を選ぶためだけの知識ではない。
投資をする人だけの話でもない。
それは、
人生の長期的な意思決定を
どの地図で進むか、という問題である。
正しい地図を持てば、
最短距離を進めるとは限らない。
だが、致命的に迷うことは減る。
ファイナンス知識は、
静かに、しかし確実に、
人生の結果に差を作る。
