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はじめに
2021年、Mercury Marine は、ボート業界に極めて衝撃的な船外機を投入しました。
それが、
Mercury Verado V12 600hp
です。
この船外機は単なる「高馬力船外機」ではありませんでした。
Verado V12は、
- 固定式パワーヘッド
- ギアケースのみが旋回する操舵機構
- 2速AT
- 完全電子制御
- 600馬力V12
という、それまでの船外機の常識を大きく逸脱した構造を持っていました。
登場直後、この船外機は世界中で、
「未来だ」
「革命だ」
と称賛される一方、
「こんな複雑な船外機は壊れる」
「もはや船外機ではない」
という強い反発も受けました。
Verado V12は、船外機業界における典型的な「問題作」だったのです。
Verado V12登場以前の大型船外機市場
Verado V12登場以前も、大型船外機の高馬力化は急速に進んでいました。
300hp、350hp、425hp級の船外機は既に存在し、特に北米では大型センターコンソール艇への多機掛けが急速に普及していました。
背景にあったのは、
- メンテナンス性
- 船内空間の確保
- 船外機交換の容易さ
- 高速巡航需要
です。
大型船内機や船内外機は、エンジン交換が非常に大掛かりになります。
一方、船外機は艇外に吊られているため、比較的容易に交換できます。
このメリットは極めて大きく、40ftを超える大型艇ですら、
「船外機多機掛けでよい」
という流れが加速していきました。
しかし同時に問題も発生します。
300〜400hp級までは、従来型の「エンジン全体を左右へ旋回させる船外機」でも成立していました。
しかし600hp級ともなると、巨大なエンジン質量そのものを高速かつ正確に左右へ振る必要があり、
- 操舵慣性
- 配管負荷
- 多機掛け時の干渉
- 搭載スペース
など、様々な問題が顕在化し始めていました。
さらに、大型重量艇では、
- 発進
- プレーニング移行
- 中速巡航
- 高速巡航
で求められる特性が大きく異なるにも拘わらず、従来型船外機は基本的に単一減速比で全領域をカバーしていました。
つまり大型船外機市場は、
「より大きなエンジンを積む」
だけでは限界へ近づきつつあったのです。
Verado V12は、こうした「大型船外機の物理的限界」に対するMercuryの一つの回答だったとも言えます。
Verado V12最大の特徴|ギアケースだけを旋回させる
Verado V12最大の特徴は、
「エンジン全体を回さない」
事でした。
通常の船外機は、操舵時にエンジン全体を左右へスイングさせます。
しかしVerado V12では、
- パワーヘッド固定
- ギアケースのみ旋回
という構造が採用されました。
これはむしろ、船内外機やポッドドライブに近い思想です。
この構造によって、
- 操舵慣性低減
- 配管負荷低減
- 多機掛け時のスペース効率向上
- 操舵応答性改善
などが期待されました。
特に大型双発・三発・四発艇では恩恵が大きく、港内での切り返し性能も高く評価されました。
つまりVerado V12は単なる高出力化ではなく、
船外機の基本アーキテクチャ自体を変更した
という事だったのです。
さらに衝撃だった「2速AT」
Verado V12は、船外機としては異例の2速ATも搭載していました。
従来の船外機は基本的に単一減速比です。
しかしVerado V12では、
- 発進
- プレーニング移行
- 高速巡航
を別ギアで最適化する思想が導入されました。
これは完全に自動車的発想でした。
大型艇では、
- プレーニング移行
- 中速巡航
- 重量艇の扱いやすさ
に大きく寄与するとされ、実際に高速巡航性能や静粛性については高い評価を受けました。
登場直後の反応|称賛と拒絶
Verado V12登場時、世界のボート業界はかなり強く反応しました。
理由は単純です。
この船外機が、
「船外機の常識」
を壊していたからです。
従来の船外機は、
- 単純
- 軽量
- 整備容易
- 機械的
- 独立性が高い
という思想で成立していました。
しかしVerado V12は、
- 高度電子制御
- 電動油圧操舵
- 統合ECU
- AT
- 大型化
へ進んでいた。
つまり、
「船外機」
というより、
「海洋統合推進システム」
へ近づいていたのです。
特に、実際に外洋へ出るタイプのボーター達の中には、
- 故障分離性
- 現場修理性
- 単純性
- 冗長性
の低下を懸念する声がありました。
これは単なる懐古主義ではありません。
実際、外洋では「現場で直せる単純性」が生死へ関わる場面もあるからです。
そのためVerado V12は、
「未来的」
「合理的」
と評価される一方、
「海の機械として複雑すぎる」
という警戒感も強く呼び起こしました。
実際に発生した問題
Verado V12は登場後、一部リコールや初期不具合も発生しました。
特に、
- ステアリング関連
- センサー系統
などが問題視されました。
しかし重要なのは、
「構想自体が破綻した」
という状況にはならなかった事です。
Mercuryはソフトウェア更新や改良を続け、問題へ対応していきました。
これは現代的な電子制御機械では珍しい話ではありません。
むしろVerado V12は、
「極端に新しいアーキテクチャを持つ第一世代機」
としては、比較的安定して市場へ定着した側とも言えます。
現在のVerado V12の評価
現在、Verado V12の評価はかなり変化しています。
登場直後は、
「危険な実験機」
のような扱いを受ける事もありました。
しかし数年経った現在では、
- 静粛性
- 操舵性
- 高速巡航
- 多機掛け適性
- 港内操作性
などが高く評価され、
「大型高級艇向け推進システムとして成立している」
という評価が増えています。
特に北欧や北米では、実海域での運用実績も積み上がりつつあります。
ビジネス的には成功したのか?
結論から言えば、
Verado V12は少なくとも「失敗作」ではありません。
むしろ、
「大型高級船外機市場の方向性」
を決定づけた存在の一つになった可能性があります。
Verado V12を開発した Mercury Marine は、現在 Brunswick Corporation 傘下にあります。
Brunswickは、
- Mercury Marine
- Boston Whaler
- Sea Ray
- Simrad
- Lowrance
- Mastervolt
などを抱える巨大海洋コングロマリットです。
つまりVerado V12は単なる船外機ではなく、
- 電子機器
- 電力管理
- 自動操船
- 統合制御
を含む、
「次世代海洋統合システム」
の一部として登場したとも言えます。
Verado V12は「未来」なのか?
Verado V12は、従来の船外機とはかなり異なる思想を持っています。
特に、
- 固定パワーヘッド
- ギアケース操舵
- 電子統合
- 多段変速
は、今後他社も追随する可能性があります。
実際、
「ギアケースだけを操舵する」
という思想自体には非常に合理性があります。
大型船外機は既に巨大で重く、従来型操舵機構は限界へ近づいているからです。
一方で、
- 故障分離性
- 単純性
- 現場修理性
- 冗長性
を重視する人々からは、今も慎重な視線が向けられています。
つまりVerado V12は、
「船外機の完成形」
というより、
「船外機というカテゴリそのものを変え始めた第一世代機」
なのかもしれません。
そしてそれは最近の北欧勢プレジャーボートの船体設計思想と相互関連しながら、今後のプレジャーボートの行方に少なからぬ影響を与えるかもしれません。
北欧勢の船体設計思想については別記事AxoparやSaxdor等の北欧艇が波を切り裂く船型の理由|現代高速プレジャーボートの思想変化に詳述しています。