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はじめに
『And Just Like That…』(AJLT)シーズン2 第8話「A Hundred Years Ago」で、キャリー・ブラッドショーがミランダに漏らした一言がファン層を揺さぶりました。
“Was Big a big mistake?”
(ビッグは大きな間違いだったのかしら?)
SATCから続く26年の物語を追ってきた人々にとって、この台詞は単なる心情の吐露ではなく、物語全体を揺るがす“不吉な兆候”として響いたのです。
1. なぜ物語の大転換を予感させるのか
キャリーとビッグの関係は、SATCとAJLTを通じて繰り返し描かれてきた「愛の正解探し」の象徴でした。
ドラマではすれ違いと復縁を繰り返し、最終的に結婚。
映画2本を経て、AJLTでは死別という形で幕を閉じた。
物語的には「ビッグこそキャリーの運命の人」という“着地点”に収まったはずでした。
しかしこの一言は、その総括を揺るがし、「キャリーがビッグを否定する可能性」=物語の根幹の書き換えを示唆します。
しかも発言は、エイダンとの関係が再び深まる最中に放たれました。
「ビッグを間違いと見なす」ことは、「エイダンこそ正しかった」という構図に転じる可能性を強く匂わせる。
つまり、この一言は過去の物語を覆すと同時に、今後の物語の方向性を大きく変える力を持っていたのです。
2. ファンダム(熱心なファン層)で賛否両論が起きた理由
怒りと失望の声
「26年の物語を否定するのか?」
SATC6シーズン、2本の映画、そしてAJLTシーズン1まで積み重ねられた「キャリーとビッグ」の物語が、キャリー自身の一言で“間違い”と切り捨てられるように聞こえた。長年応援してきたファンは、「じゃあ私たちが応援してきた愛は何だったの?」という裏切られた思いを強く抱いた。
共感と安堵の声
「やっと現実を見た」
ビッグは冷淡で不誠実な面が多く、キャリーを不安定にさせてきた存在。
「間違いだったのでは?」という一言は、キャリーがついに現実を認めた瞬間として歓迎された。この受け止め方は、キャリーの思考パターンとどこか重なる部分もあります。
キャリーは恋愛の失敗を深い自己省察に結びつけるよりも、「彼が準備できていなかった」「相性が違った」と整理することが多い人物です。
そのため、この台詞を「目覚めの言葉」として読む視聴者の中には、キャリーのそうした整理の仕方に共感する人が少なくありません。ただし批評的に見ると、それは必ずしも「成長」ではなく、**“ビッグを悪者にすることで心の帳尻を合わせる”**という形の整理にとどまっているようにも見えます。
だからこそ、この一言は「ようやくの目覚め」というより、むしろキャリーの限界を改めて浮き彫りにした瞬間だとも解釈できるのです。
3. 理屈コネ太郎の所見
ファンダムの賛否とはやや趣を異にして、筆者が注目したのはキャリーの「年齢を重ねてもなおロマンティックラブ神話に囚われている」という姿勢です。
50代半ば、死別や喪失、数々の恋愛を経験してなお「ビッグが正解だったのか?」という問いに揺れるキャリー。これは人物像としての一貫性を守っている一方で、視聴者の一部には「成長のなさ」と映ります。
私はこの台詞に二重の失望を覚えました。
第一に、物語構造的に、これまで積み上げてきた「キャリーとビッグ」の物語を白紙にしかねない点。
第二に、人物的に、年齢や経験を経てもなおロマンティックラブの枠組みを越えられない姿が「愚かさ」として際立った点。
ただし一方で、この発言を**“途中解”**と見ることもできます。
ビッグとの死別は、演じたSJPにすら深い悲しみを疑似体験させるほどの出来事でした。キャリーもまた長期の悲しみの中で立ち上がろうとし、その過程で内省を重ねていたはずです。
「間違いだったかも」という言葉は、成長の証ではなく、キャリーらしい他責的な整理の仕方にすぎないかもしれません。しかし同時にそれは、まだ整理の途中にある声でもある。
だからこそ、この台詞には失望だけでなく、これからを生きていくキャリーは必ず“間違い”を引きずり続けるわけではないだろうという、受容や希望も込めて受け止める余地があるのです。
おわりに
「Was Big a big mistake?」という一言は、
物語全体をひっくり返す危険なセリフであり、
ファンダムを二分するトリガーとなり、
キャリーという人物の限界を浮き彫りにした瞬間でもありました。
しかしそれは同時に、キャリーの「途中解」としての言葉でもあります。
未熟な整理の仕方に失望しつつも、彼女がこれからの人生でその“間違い”をどう受け止め直すのか。
その過程こそが、AJLTが提示するキャリーの新しい物語の核心なのかもしれません。
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