電車の中で繰り返される咳払い、静かな場所での鼻すすり、無意識に漏れる声。こうした不快な生活音は、特定の個人の性格やマナーではなく、ある構造のもとで生じる現象として捉えることができる。
こうした具体的な現象については、既に別記事で整理している。
→中高年男性が頻繁に不快な音を出す理由|理屈コネ太郎の人間観察
本記事では、なぜ中高年男性にこのような行動が見られるのかを、人類史的・生物学的見地から読み解く。
つまり、中高年男性とは、どうしてもそうなってしまいがちな生き物なのであるという説明である。
結論を先に述べると、中高年男性は、生物学的有用性によって社会内の立場が自動的に支えられる状態にはなく、行動によってその位置を維持する必要がある。その一方で、その行動を補正する外部からの圧力は最も弱い。この非対称が、不快な音や挙動が行動のズレを補正されないまま表出させる。
Contents
■ 構造①|生物学的有用性の低下
人間は本来、生殖、食物獲得、育児、共感、家庭といった機能を通じて社会と接続してきた。これらの機能は、ヒトの存在そのものに一定の価値を与えてきた。
しかし産業革命以降、さらにICT化が進んだ現代の中高年男性は、もはや自動的に社会内で立場が保証される状態にはない。機能そのものが社会内の位置を安定させる力を持たないため、別の手段によって適合を維持する必要が生じる。
■ 構造②|年齢構造における中間位置
年齢構造の中で見ると、若年層は生産力や成長、生殖という価値によって立場を持つ。しかし、子育てが終わった中高年男性はヒトの社会のなかであまり大きな役割を担ってはいない。
給与体系のなかで上昇する給与と職位によって社会的な地位らしきものは与えられているが、生物の集団としての社会からはあまり注目される存在ではない。
■ 構造③|行動による位置維持
中高年男性のこの立場は、会社の肩書が通用しない外部のヒトの群れの中では、日常の振る舞いそのものが評価される対象となる。
周囲への配慮や空間の共有における快適性、他者との摩擦の少なさといった洗練された社会人的な行動が、そのまま社会内での評価につながる。
生身の人間として自動的に評価が与えられない以上、行動によって評価を獲得する必要がある。
■ 構造④|メタ認知による自己調整
ここで必要となるのが、自分の行動を客観的に捉え、修正する能力、すなわちメタ認知能力である。
自分が発している音に気づき、自分の振る舞いを認識し、他者の視点を想定する。このように自分を客観視することによってのみ、行動は整えられる。
上位者がほとんど周囲にいない中高年男性は、メタ認知を活用して生身の人間としての評価をヒトの集団のなかで獲得する必要がある。
■ 構造⑤|外部フィードバックの消失
しかし同時に、上位者のいない中高年男性には、メタ認知を活用すべきとする外部からの圧力がほとんど働かない。
不快な生活音を指摘される機会は少なく、注意される場面はさらに少なく、修正の契機が与えられない。人間関係は短期化し、関わりは限定的となり、他者が自分の行動に介入してくれる理由も機会も乏しくなる。
その結果、行動を整えるためのメタ認知能力が機能しない状態が生じる。
■ 構造⑥|非対称の成立
行動を律する必要は大きいのに、それを支える外部圧力は最小となる。
この非対称の中では、メタ認知能力が発揮されなければ行動のズレはそのまま残る。修正されないズレは蓄積し、やがて外部にそのまま現れる。
■ 表出|不快の発散
咳払い、鼻すすり、無意識の発声、動作の雑さといった形で表出する現象は、この構造の結果として理解できる。
そこには意図的な振る舞いというよりも、補正されない状態が継続したことによるズレの固定がある。
■ 結論
中高年男性は、生物学的有用性によってはヒトの集団の中で立場が自動的に獲得できない位置にあり、行動によって社会内の位置を維持する必要がある。一方で、その行動を補正する外部圧力は最も弱い。
この非対称によって、行動のズレは補正されないまま残り、不快発散として現れる。
■ 次に読むべき記事
では、この構造を踏まえたうえで次に考えるべきは、
どのようにすれば、不快発散をしない中高年になれるのか
である。
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