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はじめに
医師国家試験や司法試験は、合格後の研修と学習を前提とした制度として設計されています。
厚生労働省は医師国家試験を、臨床研修に進む前段階として、医師として必要な医学的知識および技能を確認する試験であると位置づけています。
法務省も司法試験を、法曹としての実務訓練を受けるに足る基礎的な知識と応用力を備えているかを判定する試験であるとしています。
これらの試験に合格したからといって、一人前の医師や法曹と見なされるわけではありません。
一方、一般に「キャリア官僚」と呼ばれる人々は、制度上は国家総合職試験の合格者です。
人事院は国家総合職試験を、政策の企画及び立案、または調査及び研究に関する事務を担う係員を採用するための試験であると明確に位置づけています。
本稿では、この「採用試験」という位置づけに注目し、専門職国家試験との比較を通じて、試験合格後に生じる学習インセンティブの構造的な違いを整理します。
専門職国家試験における「合格後」の位置づけ
医師国家試験や司法試験に合格した者は、その後、
どの病院で臨床研修を受けるか
どの法律事務所や分野で実務を学ぶか
といった選択に直面します。
これらの試験について所管官庁が公式に示しているのは、
合格は実務や研修に進むための前提条件であり、到達点ではない
という位置づけです。
その結果、合格後の学習行動は、将来のキャリアや報酬と強く結びつきます。
学習を怠れば、
実務の場を得られない
得られても条件が悪い
専門性が深まらない
長期的な発展性が乏しい
といった将来像が、比較的具体的に想像できます。
重要なのは、
「全員が努力家になる」という話ではありません。
学習しないことが合理的な選択肢になりにくい制度設計が、あらかじめ組み込まれているという点です。
国家総合職試験の決定的な特徴
国家総合職試験は、この点で性質が異なります。
人事院は、この試験を明確に**「採用試験」**と呼んでいます。
この表現は、制度の理解において重要な意味を持ちます。
国家総合職試験は、合格した時点で、
就職先が事実上確定し
中央官庁に所属したという事実そのものが
その後のキャリア形成において大きな意味を持つ
という構造を持っています。
国家総合職であったという経歴は、
将来のキャリアにおいて有利に働くことはあっても
不利に作用することは、ほとんどありません
この点で、
試験合格が「入口」であると同時に、「到達点に近い意味」を帯びてしまう
という特徴が生じます。
「採用試験」という言葉が示すインセンティブ構造
ここで、人事院が用いている「採用試験」という言葉の意味が浮かび上がります。
採用試験とは、
合格すれば雇用関係が成立する
合格後に学習成果を示さなくても、所属や地位は失われない
という性質を持つ試験です。
この構造は、
学生が内定を得た後、大学での学習意欲を低下させる現象とよく似ています。
内定後に学ばなくなったとしても、内定が取り消されることは通常ありません。
国家総合職試験も同様に、
試験合格によって、学習インセンティブの大きな山が一度終わってしまう
構造を持っています。
学習インセンティブの非対称性
以上を踏まえると、専門職国家試験と国家総合職試験のあいだには、明確な非対称性が存在します。
専門職国家試験では、
合格後に学ばなければ、将来の選択肢が狭まる
という強いインセンティブが、制度の中に明示的に組み込まれています。
一方、国家総合職試験では、
合格後に専門知識を更新しなくても
組織内での評価や昇進が可能であり
キャリア上の致命的な不利益を被るとは限らない
という構造が成立しています。
もちろん、国家総合職の中にも、強い問題意識を持ち、継続的に学習する人はいます。
しかしそれは、制度が要請している行動ではなく、個人の志向に委ねられています。
「官僚は勉強しない」という話ではない
ここで強調しておきたいのは、本稿の論点です。
本稿は、
官僚は勉強しない
官僚は能力が低い
といった主張をしているわけではありません。
問題にしているのは、
学習しなくても合理的にキャリアを進められる制度設計が存在する
という一点です。
インセンティブが弱ければ、
学習行動は分布として希薄になる。
これは個人の性格や倫理の問題ではなく、制度設計から自然に導かれる帰結です。
帰結としての推察
以上を踏まえると、次の推察が成り立ちます。
国家総合職試験合格者の中には、
国家の政策を企画・立案する段階において
本来必要とされる専門知識水準に
十分に到達しないままキャリアを終える人が存在する
その蓋然性は、制度上、決して低くありません。
これは断定ではありません。
しかし、専門職国家試験との制度的比較から見て、
そのような分布が生まれやすい構造であることは否定できない。
おわりに
人事院は国家総合職試験を「採用試験」と位置づけています。
その言葉を文字通りに読めば、
試験合格後の学習は、制度の中心には置かれていないことが分かります。
この設計が、
長期的にどのような政策形成を生み出してきたのか。
それを考えることは、
誰かを断罪するためではなく、
中央官庁キャリア官僚という存在の生態を、制度から理解するための作業
なのだと思います。
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