独学セイラーの心得 ☆ なぜ“その挑戦”、午後では遅いのか?

救援から収拾、そして次の挑戦までを考えるなら「平日午前」が最適

わたし理屈コネ太郎は、セイリングで新しいことを試すとき、ほぼ必ず平日の午前中を選びます。天候や海況、潮汐、マリーナの営業状況を確認したうえでの判断です。

理由は簡単です。自分1人では解決できない問題が起きたとき、その後に利用できる時間と選択肢を、できるだけ多く残しておきたいからです。

問題が発生すれば、知人やマリーナの関係者、整備業者、場合によっては海上保安庁の力を借りることになるかもしれません。

海上保安庁は24時間の緊急対応を担っていますが、マリーナや整備業者には営業時間があり、知人にもそれぞれの都合があります。

さらに、救援を受けた後にも、艇の回収や係留、修理、帰宅の手配などが必要になる可能性があります。負傷者がいれば、医療機関での診察や検査、処置、場合によっては入院が必要になるかもしれません。

一つのトラブルが、その後にいくつもの対応を必要とし、それぞれに時間と人的資源を要することがあるのです。

午前10時に問題が発生するのと、午後4時に発生するのとでは、同じ問題であっても、その日のうちに選べる対応策が変わります。

つまり、新しい挑戦には、挑戦そのものに必要な時間に加え、想定外の事態を収拾するための時間も確保しておく必要があると考えているのです。

海でも陸でも、新しい試みには「その後の時間」を残しておく

この考え方は、セイリング以外にも適用しています。

例えば、元臨床医である私自身が、患者として新しい症状で医療機関を受診する際にも、緊急性が低ければ平日の午前中を選び、午後には予定を入れません。

長年、臨床医として患者を診てきた経験から、診察の結果によっては、思いがけない展開に時間を要することを知っているからです。

追加検査が必要になるかもしれません。安静を要する処置や入院、さらには高度な医療設備を持つ別の医療機関への紹介や転院が必要になる可能性もあります。

そのような展開になれば、通常診療の時間帯がどれだけ残っているかが重要になります。

専門医との連携、検査、入院の手配、他院との調整など、いずれも時間が必要です。午前中から始めれば、その日のうちに必要な対応を進められる可能性が高まります。

また、通常の勤務時間外に医療スタッフへ追加の対応をお願いする機会も、減らせるかもしれません。

同じ発想で、レンタルカートで新しい運転操作を練習するときも、SUP-FOILの新しいセッティングを試すときも、できるだけ午前中から始めます。

とくに、まだ身体に馴染んでいない技術や、経験のない設定を試すときほど、その後の展開に使える時間を多く残しておきたいのです。

新しいことを始める時刻は、その後に起こりうる展開まで含めて決める。

これが私の基本的な時間戦略です。

週末のワインディング練習では、安全マージンをさらに大きく取る

例外的に、ワインディングでの朝練は、通勤車両が少ない土日祝日の方が走りやすいため、休日を選ぶことがあります。

ただし、その場合は別の条件を考慮します。

臨床現場を経験した私の肌感覚では、夜間や土日祝日に利用できる医療スタッフや検査・専門診療の選択肢は、平日日中の**「1割にも満たない」**と感じるほど限られる場面がありました。

救急診療は行われていても、通常診療の時間帯とは、対応に利用できる人的・物的資源の厚みが大きく異なります。

だから、休日のワインディング練習では、普段以上に安全マージンを確保します。

ブラインドコーナーへの進入速度、冷えた路面への警戒、他車との距離の取り方など、事故に至る可能性をできるだけ小さくするよう心がけます。

行動しやすい時間帯と、問題が起きた後に対応しやすい時間帯は、必ずしも一致しません。

その両方を考慮して、自分の行動を調整しているのです。


独学者には「自分が知らないことすら知らない」という問題がある

では、なぜ私は、想定外の事態への対応余力をこれほど重視するのでしょうか。

それは、私がセイリングを完全独学で学んでいることと深く関係しています。

私はモーターボートにも乗ります。動力艇の操船も奥深く難しいものですが、電子制御されたエンジンや各種装備の助けによって、仕組みを十分に理解していなくても、ある程度は「なんとなく」操作できてしまう場面があります。

一方、セイリングでは、風、帆、索具、それぞれの構造や機能、さらには劣化や経年変化が、艇の挙動や操作に直接関わってきます。

私はセイリングスクールにも通わず、師匠も持たず、独力で経験を積んできました。

そのため、熟練したセイラーなら当然知っていることでも、私には知識として備わっていない可能性があります。

他のセイラーから、**「えっ、そんなことも知らないの?」**と驚かれるような基礎的な知識の欠落が、いつでも潜在していると心得ています。

ここには、独学者にとって重要な問題があります。

「自分が知らないと知っていること」と、「自分が知らないことすら知らないこと」は、まったく異なるのです。

前者であれば、調べたり、誰かに質問したり、実際に試したりすることができます。

厄介なのは後者です。

そもそも、そのような問題が存在することを思いついていないのですから、調べるべき対象として意識に上がってきません。

独学者の知識には、自分ではその存在に気づけない空白が潜んでいます。

その空白を指摘してくれる指導者がいないからこそ、私は自分の体験を丁寧に言語化して記録し、何度も反芻するようにしています。

経験を正確に言葉にしようとすると、理解したつもりになっていた事柄の曖昧さや、推論の途中にある空白が浮かび上がってくることがあります。

そして、ときには実際の経験によって、それまで存在すら意識していなかった知識の空白が、突然姿を現すこともあります。

「考えたことすらなかった」現象が実際に起きた

ある朝のセイリングでのことです。

ジブセイルを展開したところ、下部が妙にダブついていることに気づきました。

私は、使っているうちにジブを引き上げているロープの張力が弱まり、セイルが重力によって少しずつ下がってきたのかもしれない、と考えました。

セイリング中に、その原因を詳しく調べる時間的・心理的余裕はありません。

そこで、ジブを引き上げるロープであるジブハリヤードを調整してみたところ、ダブつきは解消しました。

観察した現象に対して仮説を立て、すでに知っている操作を試した結果、状態が改善したわけです。張力が変化した原因については、帰港後に考えるべき課題として残りました。

この出来事は、私がヨットを購入してから、それまで一度も想定したことのなかった現象でした。

しかし、ジブセイルの仕組みを改めて考えてみれば、張力の変化によってセイルの形が変わることは、十分に起こりうる話です。

今回は幸運にも、すでに習得していた操作で対応でき、深刻なトラブルに発展せずに済みました。

けれど、この経験から得た最も重要な教訓は、ジブの調整方法についての知識よりも、さらに根本的なところにありました。

「自分が考えたことすらなかった事象が、現実には起こりうる」

ということです。

私はジブセイルについて、自分が何を知らないのか、その全体像すら把握していなかったのです。

そして、今回初めて遭遇した問題と同じように、今後も、自分の想像の外側にある現象が次々に現れる可能性があります。

独学で何かを学ぶということは、そのような未知の存在を引き受けながら、自分の知識を広げていくことなのだと思います。


平日午前の挑戦は、未知への対処と次の学習を可能にする

自分が考えたことすらない問題は、あらかじめ具体的な対策を準備することが困難です。

だからこそ私は、問題の内容を事前に予測することに加えて、問題が起きた後に利用できる選択肢を確保することを重視しています。

そのための方法の一つが、平日の午前中に新しい挑戦を始めることです。

想定外の問題が起きれば、残された時間と利用可能な支援を使って収拾を図ります。

そして、無事にその日の挑戦を終えたら、シャワーを浴び、食事を摂り、コンディションを整えて、静かな**「1人反省会」**を開きます。

その日の出来事を振り返ります。

何を観察したのか。何を推測したのか。どんな操作をして、どのような結果になったのか。

経験を整理し、自分の観察と推論を言葉にして記録すると、そこから新しい疑問が生まれます。

その疑問が、次の挑戦で確かめるべき実験仮説になります。

次の機会には、その仮説を試します。そしてまた、新しい想定外に遭遇するかもしれません。

その経験を持ち帰り、考え、次の仮説を立てる。

こうして、自分が経験したことを一つずつ知識に変えていく。

私にとって、独学とはこの循環を自分自身で回し続けることです。

平日の午前中に挑戦を始めるという小さな習慣は、想定外の事態を収拾するための時間と、その経験を次の学びに変えるための時間を、あらかじめ確保しておく方法なのです。


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作成者: 理屈コネ太郎

元消化器内視鏡医・産業医。現在は社会・人間行動・構造分析をテーマに執筆活動を行う。定年退職後はヨット・ボート・クルマなど趣味と構造研究の日々を過ごす。

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