本記事では、初心者向けに、ヨットで着岸する際に役立つようなヨット特有の挙動と操船法を解説する。着岸に役立つ操船法を理解すれば、離岸は問題なくできるようになるので、安心して欲しい。頭での理解と体験は相互補完で経験値を高め、操船技術を確かなものにしてくれる。本記事の内容が読者の体験とリンクして、安全で気楽な離着岸の助けになれば幸甚である。
ちなみに船外機艇の着岸のコツについては『初心者向け着岸のコツ|船外機艇をシングルハンドで扱う場合』にまとめてあるので興味のある方は参照して欲しい。
Contents
想定する状況の説明
この章では、本記事で説明する着岸操作で想定する具体的な艇種や条件を示し、前提を共有する。
艇は30ftくらいまでの、船内機付きキールヨット。
セイルはすべてたたんだ状態で、機走でのデッドスローである。
バウスラスターなし、スターンスラスターなし。
シングルハンドかつ岸でロープを取ってくれる人はいない。
マリーナのような安定した海面(潮流は想定しない)。
本記事中で言及する速度はすべて「対水速度」である。
ヨット艇体の構造と基本用語
当記事で扱う典型的なヨットを写真1に示す。このヨットは陸揚げされ、船台に置かれている状態である。船首は向かって左である。このヨットは舵はティラーという棒で操作するのではなく、ラットという大きな輪で操作するタイプ。

ヨットのキールと舵板をオレンジ船で囲んでしめす。(写真2)

キールは艇体に構造的に固定されており、乗員は操作できない。一方、舵板(以下、ラダー)は乗員が操作できるように作られている。ヨットの進行方向は、キールとラダーの相対的な作用で決定される。
そして写真3と4では、キールと舵板以外のヨット艇体はつるんとしている。ツルンとしている部分を黄色線で強調して示す。


比較のために、ボートの艇体を船首方向からみた写真を写真5として示す。

このようにボートには水流を整える前後方向に走る表面形状があり、そのため横風で船首が風下に向く事は殆どない。接岸操舵におけるヨットとの大きな違いである。
ヨットの基本的な挙動と本記事における用語の定義
この章では、ヨットの機走中における基本挙動と、本記事内で使用する操船用語を明確にする。
舵、つまりや舵板の効きは、対水速度によって決定される。対水速度がゼロの場合、水流が舵板に当たらないため、舵はまったく効かない。
対水速度が少しでもあれば、ティラーや舵輪操作により艇はキール付近(本記事では「旋回中心」と呼ぶ)を軸に旋回する。
ティラーの場合、舵棒をを右に振ると艇は左へ、左に振ると右へ旋回する。対水速度が僅かでも艇のバウは比較的敏感に反応する。
旋回を止めたいときは、ティラーを中立位置に戻す。逆方向に旋回したい場合は、ティラーを反対方向に振る。ただし、対水速度が僅かでもある場合に限る。
艇が前進する方向のプロペラ回転を「順回転」、後進方向を「逆回転」と呼ぶ。
プロペラ逆回転中(後進中)もティラー操作で旋回可能だが、艇の慣性と水の抵抗の影響により、舵の反応にはワンテンポ〜スリーテンポの遅れが生じる。
停止〜デッドスロー状態で横から風を受けると、船底にヨー旋回を制御する構造がないため、艇は抵抗の少ないバウから風下に流れやすい。(※この点は着岸操船において重要なので、記事末尾に注釈として補足しています)
この風下旋回を抑えるには、舵板に水流を当て続けるための対水速度が必要であり、必要に応じて順回転で対水速度を上げる。
ヨットは質量が大きいわりにエンジン出力が小さく、デッドスローでの前進状態からプロペラ逆回転にして後進しはじめるまでかなり時間がかかる。逆回転とティラー操作を同時に用いた即時の姿勢制御は推奨されない。
着岸の基本戦略
この章では、着岸時における艇の動きの考え方と、旋回中心を使った基本的な着岸のイメージを提示する。
着岸とは、簡単に言えば、着岸したい場所(以下、着岸ポイント)に艇の旋回中心をそっと寄り添わせて停止させること、そしてそのときに艇の姿勢が岸と平行になっているようにすること、である。
本記事で想定するヨットは、バウスラスターなし、ティラー艇で、艇の質量に対してエンジン出力が非力である。したがって、スラスターやエンジン逆回転による姿勢制御には頼れない。
基本的に、前方へのデッドスローでのティラー操作のみで着岸操作を完結させる必要がある。
着岸の練習方法
この章では、初心者がヨットの着岸技術を高めるための効果的な練習方法を段階的に紹介する。実際に海に出る前に本章を読み返し、イメージトレーニングに活用してほしい。
安全な海域で、この記事で紹介した操船方法を実際に繰り返し試し、自分の艇の挙動を体感的に理解することが重要である。なお、安全対策(フェンダー配置など)は艇長の判断に委ね、すべての操船はキャプテンの責任において実施されるべきである。
1. 直線状のバースに着岸する練習
まず、風の方向と強さを確認する。バウは風下に向きやすく、それを補正するには対水速度が必要であることを思い出そう。
次に、バウを着岸ポイントに向けて45度の角度でデッドスローで直線的にアプローチする。
はじめのうちは「まだ少し遠いかな?」と思える距離で、プロペラの逆回転を適宜加えつつティラーを操作し、着岸ポイントに近い位置で艇を岸と平行な姿勢で停止させる。
自分の艇の速度感、ティラーの反応、逆回転の効き具合を身体で覚えることが重要だ。
風の影響、対水速度と舵の効き、逆回転の効果を理解できるようになれば、旋回中心を着岸ポイントに寄せたときに、艇が岸と平行になった状態で停止できるようになる。そのとき、艇と岸の距離が歩幅半分ほどであるのが理想だ。
2. コの字型バースへの着岸練習
コの字型バースでは、着岸ポイントの岸と平行な艇の姿勢を整える操作を、バウがコの字バースの入り口に差し掛かる前までに完了しているのが理想である。
前述の直線バースでは着岸ポイント周囲が広いので着岸ポイント近くで岸に対して艇を平行姿勢にするが、コの字バースでは着岸ポイントには艇一台分のスペースしかないので、コの字バースに進入する前に艇を着岸ポイントの岸に対して平行姿勢にする必要がある。
そのため、コの字バースへのアプローチは曲線で弧の軌跡となる。
具体的には、コの字バースが目視できる距離まで近づいたら、旋回中心が描く弧の軌跡を海面上にイメージし、それをなぞるように艇をバースへと誘導する。
その軌跡は、風の影響と(既述したようにヨットは横風でバウが風下に流れやすい)、それに対抗するための舵の効きを生じさせる対水速度、さらに風を利用するか打ち消すかという判断を含んだ弧を描く線となる。艇が他の艇や障害物に触れないよう注意しつつ、バウがコの字バースの入り口に差し掛かるときには、すでに艇が着岸ポイントと平行な姿勢になっていることが望ましい。
もし間に合わない場合は、アプローチを中止してやり直すのも一手。ただし、操船に自信がある場合は、そのまま継続する判断もありえる。
コの字バース入り口付近で艇が着岸ポイントに平行姿勢になっていれば、その姿勢のまま超デッドスローの速度を維持しつつ、コの字バースに進入する。着岸ポイントの直前で逆回転を加えて対水速度をゼロに近づけ、旋回中心を着岸ポイントに寄り添わせ、岸と艇の距離が歩幅半分ほどになる位置で艇を停止させる。
※注釈
ヨットのハル(キールとラダーを除く船体そのもの)は、写真1~4でしめした通り、構造的に直進性が高いわけではなく、むしろセイルが生む横力に応じてある程度横滑りすることを前提に設計されています。そのため、ヨットの方向安定性は、水中に突き出たキールとラダーという2つの支点に依存しており、これらが船首の向きを保つ役割を担います。
一方、モーターボートのハルは、スケグや深いデッドライズ、チャインなどの構造により横滑りを抑えるように設計されており、滑走中でも高い直進性が保たれます。
デッドライズは本来、凌波性やスラミング緩和を目的とした構造ですが、ハルの下面形状を水流に対して整流的に働かせることで、結果的に進路保持性や横方向の安定性にも大きく寄与しています。
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