世の中を「サービス」というレンズで眺め直してみると、当たり前だと思っていた関係性が少し違って見えてきます。本記事では、すでに別の記事で整理した「サービスという言葉の定義」を前提に、産業構造・医療現場・顧客の振る舞いといった“現場の具体”を通して、サービスの本質を掘り下げていきます。
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Contents
第1章 サービスを「価値創造プロセス」としてとらえ直す
ここでは、「サービスとは、提供者が受け手の代わりに価値を生み出すプロセスである」という前提から話を進めます。
語源や英語表現の違いといった“言葉の話”ではなく、現実の世界でどのように価値が生み出され、やり取りされているかに焦点を当てます。
私たちが何かを「買う」とき、実際に手にしているのは、
目に見えるモノ
だけでなく、それが出来上がるまでの時間
作り手の知識や技術
法規制や安全基準への対応
維持・補修のための仕組み
といった、膨大な“見えないプロセス”でもあります。
サービスとは、その見えないプロセス全体のことだと考えると、
世の中のほぼすべての仕事がサービス業として見えてきます。
第2章 産業はすべて「代行価値」「代理価値」「専門価値」で成り立っている
サービスをもう少し細かく見るために、ここでは
代行価値
代理価値
専門価値
という三つの側面から整理してみます。
2-1 代行価値:自分ではやれないことをやってもらう
代行価値とは、本来は自分でやろうと思えばできるかもしれないが、時間・設備・手間の面で非現実的なので「誰かにやってもらう」ことで得られる価値です。
典型例が農業です。
土地を探す
土を整える
種や苗を選ぶ
肥料や農薬、天候リスクを管理する
収穫して流通させる
これらを自分でやろうとしたら、ほとんどの人は生活が成り立たなくなります。
私たちは、プロの農家にこれら一連のプロセスを「代行」してもらうことで、日々の食卓を成り立たせています。
この「代わりにやってもらう」という構造こそ、サービスのごく基本的な形です。
2-2 代理価値:自分では判断できないことを任せる
代理価値とは、専門知識や制度が絡むために、自分だけでは合理的な判断ができない領域を「専門家に任せる」ことによって得られる価値です。
医療(診断・治療の判断)
法律(紛争解決や契約)
行政(税や社会保障の運用)
金融(資産運用、リスク管理)
これらの分野で、私たちは
「自分より詳しい誰かに判断と責任を引き受けてもらう」
という形でサービスを受けています。
2-3 専門価値:高度な知識と仕組みの集合体としてのサービス
専門価値とは、個人ではとても到達できないレベルの知識・技術・設備・組織力を束ねて提供することで生まれる価値です。
たとえば自動車産業を考えてみます。
膨大な法規制や安全基準への対応
世界中からの素材調達
生産ラインの構築と維持
デザイン・性能・燃費の最適化
部品供給や修理ネットワークの整備
個人が「自分で車を一から作る」ことは現実的ではありません。
メーカーは、こうした膨大なプロセスをまとめて引き受け、車という形で価値を提供しています。
これもまた、巨大なサービス体系と言えます。
第3章 医療はどこまで“サービス業”なのか
「医療はサービス業か?」という議論はよく目にします。
結論から言えば、
医療は価値創造としてのサービス業であり、「客に愛想を振りまく接客業」とは別物です。
3-1 医療が提供している価値
医療者は、患者に代わって:
長年にわたる専門教育を受け
膨大な医学知識を更新し続け
高額な機器や薬剤を適切に選び
チームとして医療行為を組み立て
安全性と倫理を保ちながら診療を行います。
患者自身がこれを「自分でやる」ことは現実的ではありません。
医療は、患者に代わって膨大な判断・準備・実行を担っているという意味で、非常に高度なサービスです。
3-2 誤解の源泉:「サービス=接客」という発想
医療を巡るトラブルの一部は、
サービス=接客
という発想が医療の現場にそのまま持ち込まれるところから生じます。
「病院はサービス業なんだから、患者は客であり、客は神様だ」
──このような発想で医療現場を捉えると、
提供されている価値の本質が見えなくなり、双方にとって不幸な結果を招きます。
医療現場において重要なのは、
「機嫌を取る」ことではなく、
「限られた資源の中で最大限の医療的価値を届けること」です。
第4章 サービスは人間同士の相互作用であり、客の態度は結果を変える
サービスは、
サービス提供者(店・医療者・公務員など)
サービスを受ける側(客・患者・市民など)
という二者の関係で成り立っています。
そして、どちらも人間です。
このため、客の振る舞いはサービスの質に直接影響します。
4-1 「嫌われたら損」は感情論ではなく構造の問題
横柄な態度
他の客や患者への配慮の欠如
無理難題を押し付ける
ルールを守らない
こうした行動をとる客は、
提供者の注意や心理リソースを「無駄に消費」してしまいます。
医療現場であれば、
看護師に嫌われた患者は、確実に損をしている
という現象は珍しくありません。
それは「嫌いだから適当にしてやろう」という話ではなく、
手間のかかる患者に対応するために他の患者への時間が削られる
現場全体の緊張感や雰囲気が悪くなる
チーム内の情報共有やフォローの優先順位に影響が出る
といった構造的な影響を通じて、結果的にサービスの質に差が出てしまうのです。
第5章 「客は神様」文化はどこで歪んだのか
昭和の大歌手・三波春夫氏の有名な一言があります。
「お客様は神様です」
この言葉だけが一人歩きし、
「客は偉い」「店は下」「金を払う側が絶対」
という発想を助長してしまいました。
しかし、三波氏の本意は全く違います。
5-1 三波春夫が本当に言いたかったこと
三波氏の意図は、
自分が舞台に立つときの心構えを表現したものです。
神の前に立つような気持ちで
嘘偽りなく
全身全霊で歌う
その対象が「お客様」である、という意味での「神様」です。
客が万能であり、何をしても許される存在だ、という意味ではありません。
関連記事➡お客様は神様です…の本当の意味|三波春夫の真意と誤用の歴史
5-2 誤解された結果生まれた“クソ客”現象
現実には、
「俺は客だぞ。客は神様なんだぞ」
といった言葉を、三波氏の意図を知らないまま振りかざす人がいます。
サービス提供者側は、
内心では苦々しく思いつつも表向きには笑顔で対応し、
精神的な負担だけを積み上げていく──
そんな現場を、あなたもどこかで見たことがあるかもしれません。
この誤解は、サービス業の誇りを削るだけでなく、
「まともな客ほど損をする」というゆがんだ状況を生みかねません。
第6章 AI時代のサービス:何が機械に置き換わり、何が残るのか
AIやICTの発達により、
これまで人が担っていた多くの業務が自動化されつつあります。
予約受付
単純な問い合わせ対応
定型的な書類作成
こうした領域は今後、AIに代替されていくでしょう。
しかし、それでもなお残るのは、
サービス全体の設計
価値提供の優先順位を決める判断
例外処理やグレーゾーンの対応
倫理的な線引き
責任を引き受ける覚悟
といった、人間にしか担えない部分です。
AIが進歩すればするほど、
人間のサービスは「より抽象的で、本質的な部分」に集中していくと考えられます。
第7章 サービスの本質をあらためて整理する
ここまで見てきた内容をまとめると、サービスの本質は次のように整理できます。
サービスとは、提供者が受け手の代わりに価値を生み出すプロセスである
産業のほぼすべては、「代行価値」「代理価値」「専門価値」の組み合わせで成り立っている
医療や行政も、その中核には価値創造としてのサービスがある
サービスは人間同士の相互作用であり、客の振る舞いも結果に影響を与える
「客は神様」という言葉の誤解が、サービス現場にゆがみを生んでいる
AIが進んでも、価値の設計と責任はしばらく人間が担い続ける
サービスを「安売りやおまけ」ではなく、「価値創造のプロセス」として見直すこと。
それが、サービス業に携わる人にとっても、サービスを受ける側にとっても、自分の立ち位置と振る舞いを整える出発点になるはずです。