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はじめに
議論の場で、こんなやり取りを目にしたことはないでしょうか。
ある人が、ある程度一般化した主張を提示する。
すると別の人が、その一般化の過剰さを指摘し、
「例外がある」「必ずしもそうとは言えない」と反論する。
そして、その一点をもって
「論理に瑕疵がある」「論理破綻している」
と結論づけ、いわゆる「論破」が成立したことになる。
しかし、そのやり取りのあとに、
何かが前に進んだ感覚が残ることは、ほとんどありません。
本記事が扱うのは、このタイプの議論です。
一般化そのものではなく、
一般化の「読み方」や「扱い方」をめぐって、
議論が生産性を失っていく構造について整理します。
議論を、相手を打ち負かすための場ではなく、
合意や不合意を含めて、一定の結論に整理して終える知的作業
として捉えたい人。
あるいは、
「なぜあのやり取りは後味が悪かったのだろう」
と違和感を覚えたことのある人。
そうした読者に向けて、
生産的な議論の技法について考えていきます。
第1章|議論において一般化は不可避である
議論、とくに口頭での議論は、一般化なしには成立しません。
過不足のない精密な主張や発言は、物理的にも思考的にも不可能に近いからです。
「一般化は危険だ」という言葉は、注意喚起としては正しい面を持ちます。
しかしこの言葉が、
思考を慎重にするためではなく、思考を止める免罪符として用いられることがあります。
危険なのは一般化そのものではありません。
危険なのは、
一般化の程度を検討しないこと
一般化を補正可能な仮説として扱わないこと
です。
【本稿における命題とは】
本記事では「命題」という言葉を、
論理学における完成された全称命題や定理の意味ではなく、
議論の中で提示される、真偽が問われうる主張内容を指す言葉として用います。
議論における命題の多くは、例外や前提を省略した一般化の形で提示され、
議論を通じて補正・精緻化されることを前提としています。
提示者自身がそれを真だと考えているかどうかは、
命題であるかどうかとは関係がありません。
命題を「すでに論理的に確定したもの」と受け取ってしまうと、
議論は反例探しや形式的な瑕疵指摘に傾きやすくなります。
第2章|生産的な議論とは何か
生産的な議論では、
議論の終点が暗黙に想定されています。
それは「勝敗」や「優劣」ではありません。
理想的には、議論の最後に次が整理されます。
合意点
相違点
今後さらに検討すべき論点
ここまで整理できれば、
議論の途中で一般化が粗くても、
一時的に論理の飛躍があっても構いません。
重要なのは、
一定の結論にまとめ、次に進める状態を作る態度です。
この到着点を共有していないと、
議論は容易に「論破」や「形式的正しさ」の競争にすり替わってしまいます。
第3章|生産的な議論の第一条件:その議論に相応しい一般化
生産的な議論では、一般化は完成品として扱われません。
それは常に暫定的で、調整可能なものです。
過剰な一般化や、表現の粗さ、論理の飛躍そのものは、
議論の場では起こりうるものです。
それらは多くの場合、意図的なものではなく、
表現力の不足
思考時間の不十分さ
用語の不適切な使用
といった理由から生じます。
重要なのは、過剰な一般化を即座に論理破綻として断罪するか、
それとも補正可能な素材として扱うか、です。
第4章|一般化の読み違いが生む非生産的反論(具体例)
次のようなやり取りを考えてみます。
Aが、次の主張を提示したとします。
「男性は女性より筋力が大きい」
Aはこの主張を、例外が存在することを承知したうえで、
集団としての傾向を述べる一般化として提示しているのかもしれません。
仮に調査を行えば、平均値や分散といった指標から、
一定の妥当性が示されるだろう、と考えている可能性もあります。
これに対してBが、次のように反論します。
「男性より筋力の強い女性はいる」
この反論自体は事実として正しいものです。
しかし、この反論が成立するためには、
Aの主張を次のように読み替える必要があります。
「すべての男性は、すべての女性より筋力が大きい」
ところが、Aはそのような全称命題を提示していません。
例外の存在を否定する意図も示していません。
このやり取りで明らかになっているのは、
Aの主張が論理破綻していることではなく、
BがAの命題を過剰に強い形で解釈してしまったという点です。
このような場合、議論は精緻化されることも前進することもなく、
命題の読み違いが露呈しただけで終わってしまいます。
第5章|相手の命題は「補正して」理解する
言語は常に省略と曖昧さを含みます。
議論の場に出てくる命題は、
最初から厳密に定式化されていることの方が稀です。
生産的な議論では、
相手の命題を表面だけで判断するのではなく、
何を言おうとしているのか
どこが省略されているのか
どの前提に立っているのか
を推察し、必要に応じて確認します。
捨象や補足は、甘さではありません。
議論を成立させるための技術です。
第6章|非生産的議論が生まれる構造
議論が非生産的になる典型的なパターンがあります。
第一に、議論の目的がそもそも違う場合。
一方は理解を深めたいと思っているのに、
もう一方は口喧嘩や勝敗を目的としている。
第二に、自分の見識不足を隠すための形式批判。
命題の中身には踏み込めず、
一般化や表現の粗さを論理の瑕疵として攻撃する。
第三に、「一般化は危険だ」という思考停止。
命題の核心を推察しようとせず、
補正や確認という工程そのものを拒否する態度です。
これらに共通するのは、
議論を生産的な営みに成就させる意志がないという点です。
おわりに|議論は「完全さ」を競う場ではない
言葉足らずの過剰な一般化や論理の破綻は、
物理的・思考的制約によって生じることがほとんどです。
これを利用して議論を空中分解させ、
「論破」したと誤認するのは、
多くの場合、生産的ではありません。
自分は過不足のない一般化を目指し、
相手に対してはその核心の意図を推察する。
丁寧に言葉を補いながら論点を精緻化し、
議論の道筋を整えながら一定の結論を目指す。
こうした態度が議論当事者にあるかどうかで、
議論の性質は決まります。
議論とは、相手を打ち負かすためのものではなく、
互いが少しだけ理解を更新するための作業です。
その作業を最後までやり切ること。
それが、生産的な議論のお作法です。
