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はじめに
ヒールアンドトウとは、運動エネルギーをシンクロナイザーと摩擦クラッチに分散させて吸収する技術です。
ヒールアンドトウは、シフトダウン時にエンジン回転数を合わせる運転技術として知られています。
しかし、その有用性は「回転数を合わせる」という説明だけでは十分に理解できません。
本記事では、この仕組みを回転数だけでなく回転運動エネルギーの観点から整理します。
これを理解すると、ヒールアンドトウのエッセンスがより明確になり、技術習得も楽しくなります。
ヒールアンドトウでは、摩擦クラッチ(以下、クラッチ)を切った状態でシンクロナイザー(以下シンクロ)による回転数同期(以下、同期)が行われます。
そのため同期過程からエンジンが切り離され、吸収される回転運動エネルギーを小さくすることができます。
この結果、クラッチ接続時のトルク変化が小さくなり、滑らかにエンジンブレーキへ移行できます。
ヒールアンドトウが車両姿勢を乱しにくい理由はここにあります。
第1章|なぜヒールアンドトウが必要なのか
ストレートエンドの急減速では、ブレーキングとシフトダウンを同時に行う必要があります。しかしブレーキングとシフトダウンだけでは、エンジン回転数と駆動系の回転数に差が生じます。
この状態で回転数を合わせずにクラッチを接続すると、回転数差によって生じる回転運動エネルギーの差をクラッチが一気に吸収することになり、強いエンジンブレーキが発生し、駆動輪に伝わるトルクが急激に変化します。
この急激なトルク変化が、車両姿勢を乱す原因になります。
ヒールアンドトウは、この問題を防ぐための技術です。
ヒールアンドトウでは、右足つま先でブレーキを踏みつつ、シフトダウンのレバー操作に合わせて右足踵でアクセルを一瞬あおり、エンジン回転数と入力軸の回転数差を出来るだけ減らします。
しかし、完璧に回転数差をゼロにするのはなかなか困難です。ゼロに近づけようとしてもどうしても生じてしまう回転数差によって生じる回転運動エネルギーを、事前にある程度処理してくれるのがシンクロと呼ばれるメカニズムです。
第2章|シンクロの役割
マニュアルトランスミッションでは、シフトチェンジの際にギアと出力軸の回転差を吸収する必要があります。
この役割を担うのがシンクロです。
常時噛合式トランスミッションでは、ギアは常に噛み合っています。
変速とは、出力軸側のギアをドッグクラッチによって出力軸に固定する操作です。
しかし、ギアと出力軸の回転数が異なる状態では、ドッグクラッチはうまく噛み合いません。
そこでシンクロが摩擦を利用して回転差を吸収し、両者の回転を一致させます。
このとき吸収されるのは、回転数そのものというより回転運動エネルギーです。
常時噛合式トランスミッションの機構については別記事常時噛合とは何か|マニュアルトランスミッションの内部構造に詳述しています。是非参考にして下さい。
第3章|回転数ではなく回転運動エネルギー
同じ回転数差でも、回転している物体が重ければ重いほど、持っている回転運動エネルギーは大きくなります。
つまり、シフトダウン時に問題になるのは単なる回転数差ではなく、
回転している系全体が持つエネルギー
なのです。
第4章|シフトダウン時の4つの方法
シフトダウン時の回転差の処理方法には、主に次の4つがあります。
① 回転合わせなし
回転数を合わせずにクラッチを接続する方法です。
クラッチが回転差を一気に吸収するため、強いエンジンブレーキが発生します。
車両姿勢が乱れる原因になります。
② 半クラッチ
クラッチを滑らせながら回転差を吸収する方法です。
この場合、回転運動エネルギーは主にクラッチの熱として消費されます。
半クラッチを頻用すると、クラッチの摩滅進行が速いのはそのためです。
③ ダブルクラッチ
シフトダウン操作中にクラッチを一度つないだ状態でブリッピングしてエンジン回転数→入力軸回転数→カウンターシャフト回転数→ギア回転数を調整する方法です。
この方法は、出力軸同心円上にある歯車と、出力軸の回転数差を少なくする技術です。
まだシンクロが実装される前の自動車の運転には必須の技術でした。
シフトダウン中に、シフトレバーがニュートラルに位置した瞬間にわざわざクラッチを連結して、出力軸同心円上に配置された歯車と、出力軸の回転数差を無くすのです。
そのため、けっこうシビアな回転数合わせが行われていました。
しかし、シンクロの発達した現在では、わりと回転数に違いがあっても成立するようになりました。
④ ヒールアンドトウ
ヒールアンドトウでは、クラッチを切った状態で、かつシフトレバーがニュートラルの状態でブリッピングが行われてエンジン回転数が上昇します。
ヒールアンドトーでニュートラルからギアにシフトレバーを入れるとき、シンクロが出力軸同心円上に配置された歯車と出力軸の回転差を無くして回転運動エネルギーを吸収します。
その後、クラッチを接続する時には、すでに変速機の中でシンクロによって回転運動エネルギーは熱に消費され、エンジン回転数と入力軸の回転数差による回転運動エネルギー差は小さくなっています。
つまりヒールアンドトウでは、回転運動エネルギーの一部をシンクロで処理し、残りをクラッチで吸収する構造になっています
第5章|ヒールアンドトウの有用性
ヒールアンドトウの特徴は、クラッチを切ることで、シンクロによる同期過程からエンジンを切り離している点にあります。
そのためシンクロが扱う回転エネルギーは比較的小さくなります。
さらにブリッピングによってエンジン回転を上げておくことで、クラッチ接続時の回転差も小さくできます。
その結果
クラッチ接続時のトルク変化が小さい
エンジンブレーキへ滑らかに移行できる
車両姿勢が乱れにくい
という効果が生まれます。
ヒールアンドトウがスポーツドライビングで重要とされる理由はここにあります。
まとめ
ヒールアンドトウは、単に回転数を合わせる技術ではありません。
本質は
回転運動エネルギーをシンクロとクラッチに分散して吸収すること
にあります。
その結果、エンジンブレーキへ滑らかに移行でき、車両姿勢を安定させることができます。
ヒールアンドトウは、回転数だけでなく回転運動エネルギーの視点から理解すると、その意味がより明確になります。
ヒールアンドトウの仕組みがよくわかれば、ドライビングテクニック修得にもきっと役立ちます。