人間関係が長続きしない人には、ある共通点があります。
それは、
- 自分を客観視する力(メタ認知)
- 相手の感情や立場を想像する力(共感力)
の不足です。
そして厄介なのは、本人が問題に気づけない事です。それも当然で、メタ認知能力があれば、そこは気づけるのですから。
今回の記事では、理屈コネ太郎が長年観察してきた、ある40代女性を例に、人がなぜ静かに孤立していくのか、その認知構造について考えます。
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実父からLINE交換を拒否された40代女性
その女性は、現在40代中盤。
自分で小さな事業を運営し、一人で生活していく程度の経済力もあるようです。
資産形成にも一定の意識があり、表面的には「自立した女性」に見える。
しかし、人間関係が極端に長続きしません。
男性との関係はすぐに終わる。
同性の友人関係も維持できない。
理屈コネ太郎は、この女性と十年以上の付き合いがありますが、知り合った頃に彼女が「親友」と呼んでいた同性友人たちは、現在では全員が彼女から離れています。
そして象徴的なのが、父親との関係です。
彼女は、自分の実父からLINE交換を拒否されている。
これは一般論として、かなり異常寄りの状態です。
もちろん世の中には、
- 虐待
- 家族崩壊
- 金銭問題
- 深刻な対立
など、親子断絶に至る事情もあります。
しかし、このケースでは少し様相が違う。
なぜなら、父親だけではなく、
- 恋愛
- 友人
- 周囲との関係
ほぼ全方向で長期的人間関係の維持に失敗しているからです。
つまり問題は、「特定の誰かとの相性」ではなく、本人の対人認知構造そのものにある可能性が高い。
母親の死後、父親を強く責めた娘
彼女の母親は既に他界しています。
そして母親が亡くなってしばらく後、父親が別の女性と関係を持った。
すると娘は、それを強く非難したそうです。
しかもその時、娘は既に四十代に入っていた。
ここで重要なのは、父親は不倫をしていた訳ではないという事です。
既に妻を失っている。
つまり、
「配偶者死亡後の新しい人間関係」
です。
若い子供なら、感情的反発も理解できます。
しかし四十代は、本来、
- 人は孤独を抱える
- 老後は寂しい
- 配偶者を失う苦しみがある
- 人は人生の後半でも幸福を求める
そういう現実を理解できる年齢です。
にも拘わらず、娘は父親を強く責めた。
ここで父親側には、おそらく強い悲しみが生じたはずです。
「この娘は、自分が幸福を再構築する事を許そうとしない」
そう感じた可能性があります。
父親は「幸福を求める一人の人間」として扱われなかった
娘側の認知では、
「亡き母を裏切った」
「許せない」
「母が可哀想」
だったのかもしれません。
しかし父親側から見ると、
- 妻を失った
- 孤独を抱えている
- 老いを生きている
- 少しでも前を向こうとしている
その時に、実の娘から倫理的に糾弾される。
これはかなり消耗します。
しかも娘は既に大人です。
父親から見ると、
「この娘は、自分が幸福を再構築する事を許そうとしない」
という感覚になった可能性が高い。
つまり娘は父親を、
- 孤独
- 寂しさ
- 老後
- 人としての感情
- 幸福追求
を持つ、一人の人間として見る事ができていない。
そして更に辛いのは、その後も娘が、
「なぜ父親が距離を置くのか」
を理解できない点です。
メタ認知が弱い人は、自分が他人に与える感情を追跡できない
ここに、この問題の核心があります。
メタ認知が弱い人は、
「自分が相手にどんな感情を与えたか」
を追跡できません。
本人の中では、
「私は正しい事を言った」
「私は間違っていない」
で思考が止まる。
しかし人間関係では、
「正しいと思っている事」
と、
「相手がどう感じるか」
は別問題です。
父親側には、
- 傷つき
- 落胆
- 疲労
- 理解されなさ
- 私生活へ踏み込まれる苦痛
が生じていた可能性がある。
しかし娘は、その心理を想像できない。
その結果、
「父親がおかしい」
「父親が冷たい」
という認知に入りやすい。
ここに、共感の断絶があります。
共感力とは「優しさ」ではない
共感力というと、多くの人は、
「優しい人」
「思いやり」
を想像します。
しかし実際には、共感力とは認知能力です。
つまり、
- 相手がどう感じるか
- 自分の言動がどう受け取られるか
- 相手にどんな負荷を与えているか
を予測する能力です。
この能力が弱いと、本人に悪意がなくても、人間関係は壊れていきます。
例えば、
- 急に怒る
- 感情をぶつける
- 相手を責める
- 不機嫌を撒き散らす
- 自分の感情を絶対化する
こうした行動は、短期関係では成立する事があります。
しかし長期関係では、相手側に疲労が蓄積します。
すると人は、静かに距離を取る。
恋人が消える。
友達が消える。
そして最後には、家族すら距離を置く。
実父からLINE交換を拒否されるという現象は、その極端な形のひとつです。
スピリチュアルに傾倒しやすい理由
このタイプの人は、しばしばスピリチュアルやゲン担ぎに傾倒します。
理由は単純です。
現実の因果関係を直視すると、
「人が離れていく原因が、自分の対人構造にある可能性」
を認めなければならなくなるからです。
しかし、それは苦しい。
そのため、
- 運気
- 波動
- 縁
- エネルギー
- 相手の問題
のような説明へ逃避しやすくなる。
すると原因分析が停止します。
本来必要なのは、
「自分は他人にどんな感情を与えているのか」
を検討する事です。
しかしそこを見ない限り、同じ問題は繰り返されます。
人間関係は能力である
人間関係を、
「性格」
「相性」
「運」
だけで説明すると、本質を見失います。
長期的人間関係には、能力が必要です。
- 感情制御能力
- 自己客観視能力
- 共感能力
- 距離感調整能力
- 短期感情より長期関係を優先する能力
こうした能力が弱いと、人は徐々に孤立していきます。
しかも厄介なのは、経済的自立が問題を隠してしまう事です。
一人で生活できる。
収入もある。
だから表面的には問題が見えにくい。
しかし実際には、人間関係だけが静かに崩壊している。
そして最も悲しいのは、本人だけが、
「なぜ周囲が離れていくのか」
を理解できない事です。
人が離れていく時、人はまずは自分を疑った方がいい
人生には理不尽もあります。
裏切りもあります。
しかし、
- 恋愛が続かない
- 友人が消える
- 家族も離れる
- 周囲との関係が継続しない
これが何十年も続くなら、一度は自分を疑った方がいい。
問題は「運」ではなく、自分の対人認知構造にある可能性が高いからです。
人間関係とは偶然ではない。
かなりの部分が、認知能力で成立しているのです。
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