Safehaven Marineという会社があります。
日本では、一般的なプレジャーボートユーザーには殆ど知られていません。
しかし、ボートの耐航性、荒天性能、外洋性能に関心がある人にとっては、かなり興味深いメーカーです。
Safehaven Marineは、アイルランドのコーク州を拠点とする造船会社です。
主に建造しているのは、パイロットボート、パトロール艇、作業艇、救助艇、調査船、軍用・法執行向けの高速艇などです。

つまり、マリーナで優雅に見せるための船を中心に作ってきた会社ではありません。
港湾、海上保安、救助、調査、軍用といった、失敗が許されにくい現場で使われる船を作ってきた会社です。
ここが、この会社を見るうえで一番重要なポイントです。
Contents
Safehaven Marineは何を得意としている会社か
Safehaven Marineの中心にあるのは、耐航性です。
耐航性とは、単に波に強いという意味ではありません。
荒れた海で、船体が壊れにくいこと。
波の中で、船体姿勢を保ちやすいこと。
乗員に過剰な恐怖や疲労を与えにくいこと。
そして、必要な任務を継続できること。
こうした要素をまとめたものが、実用上の耐航性です。
Safehaven Marineの船を見ると、かなり一貫して、船体の強さとシーキーピング性能が重視されていることが分かります。
シーキーピングとは、波のある海で船がどのように振る舞うかという性能です。
単に速い船ではありません。
単に頑丈な船でもありません。
荒れた海で速度を維持し、乗員を守り、目的を果たせる船。
Safehaven Marineは、そこに価値を置いている会社です。
パイロットボートで鍛えられたメーカー
Safehaven Marineを理解するうえで、パイロットボートの存在は重要です。
パイロットボートとは、港に出入りする大型船へ水先人を送り届けるための業務艇です。
この用途は、見た目以上に過酷です。
大型船の近くまで接近しなければならず、荒れた海でも出動しなければならない場面があります。
しかも、波の中で人を安全に移乗させる必要があります。
単に速いだけの船では足りません。
単に頑丈なだけでも足りません。
荒天の中で安全に近づき、安定し、人を運び、また帰ってくる必要があります。
Safehaven Marineは、このパイロットボートの分野で多くの実績を持つ会社です。
この点が、同社の設計思想を決定づけているように見えます。
プレジャーボートとは違う思想
一般的なプレジャーボートでは、広い室内、明るいサロン、大きな窓、開放的なデッキ、見栄えのよいデザインが重視されます。
もちろん、それ自体は悪いことではありません。
プレジャーボートは遊びの道具です。
所有する喜び、眺める喜び、人を乗せる喜びも大切です。
しかし、その方向に振りすぎると、荒天時の安全性や外洋での実用性とは矛盾する場面が出てきます。
大きすぎる窓は、見晴らしには有利です。
しかし、外洋で大きな波を受けることを考えると、不安要素にもなります。
広い居住空間は快適です。
しかし、船体構造、重心、復原性、重量配分との兼ね合いを無視することはできません。
Safehaven Marineの船を見ると、まず業務艇としての現実があり、その上に快適性やデザインを載せている印象があります。
この順番が重要です。
先にラグジュアリーがあるのではありません。
先に海で使える構造がある。
その上で、用途に応じて快適性を加えている。
そういうメーカーだと思います。
世界記録で証明された実力
Safehaven Marineを語るうえで、世界記録への挑戦は外せません。
この会社は、カタログ上で「荒天に強い」「外洋性能が高い」と説明しているだけではありません。
実際に自社艇で長距離・高速・外洋航行に挑み、その性能を世界記録という形で示しています。
代表的なのが、Thunder ChildとThunder Child IIです。
Thunder Childは、Safehaven Marineが設計・建造した高速艇です。
この艇は、アイルランドをロッコール経由で周回する「Long Way Round Circumnavigation of Ireland via Rockall」に挑戦しました。
ロッコールは、アイルランド西方の北大西洋上にある孤立した岩礁です。
陸地から遠く離れ、外洋のうねりをまともに受ける海域です。
そこを含めてアイルランドを大きく周回する航路は、単なる沿岸一周とは意味が違います。
Safehaven Marineの公式情報では、Thunder Childはこのアイルランド・ロッコール周回を34時間1分47秒で走破したとされています。
この記録が興味深いのは、単なる最高速競争ではない点です。
短距離のスピードレコードであれば、軽く、細く、速い専用レーシングボートを作ればよいかもしれません。
しかし、アイルランドからロッコールを経由するような外洋長距離航行では、それだけでは足りません。
長い航続距離。
荒れた海で速度を維持する耐航性。
夜間航行への対応。
乗員の疲労を抑える船体挙動。
燃料、機関、航法装備、レーダー、視界確保。
そのすべてが必要になります。
つまり、この世界記録は、単なる速度自慢ではありません。
Safehaven Marineの船が、実際の外洋で、長距離を、高速で、乗員を守りながら走れることを示す実証航海に近いものです。
ここに、同社の異様な魅力があります。
Thunder Child IIと北大西洋への挑戦
Safehaven Marineの記録挑戦は、Thunder Childだけでは終わりません。
後継艇ともいえるThunder Child IIでは、さらに過酷な航海に挑んでいます。
Thunder Child IIは、23m級の高速艇です。
同艇は、アイルランドのキリーベグスからアイスランドのレイキャビクまで、北大西洋を横断する記録航行に挑戦しました。
その距離は866海里とされています。
866海里というと、約1,600kmです。
しかも、これは瀬戸内海や東京湾のような保護された海ではありません。
北大西洋です。
うねり、低水温、天候変化、長時間航行、乗員疲労、機関トラブルのリスク。
そうした要素を抱えた海域を、高速艇で長距離航行するわけです。
この航海では、32時間弱でアイルランドからアイスランドまで到達したとされています。
これも、単なるレース的な記録ではありません。
業務艇メーカーが、自社の船体、機関、操船性、航続性能、乗員保護性能を、実際の海で示したものです。
Safehaven Marineは、船を作って終わりの会社ではありません。
自社で設計し、自社で建造し、自社で乗り込み、自社で荒れた海に出ていく。
この姿勢は、プレジャーボートメーカーとしてはかなり異色です。
コーク・ファストネットロック往復記録
Thunder Child IIは、コークからファストネットロックを往復する記録も持っています。
ファストネットロックは、ヨットレースの世界でも有名な外洋のランドマークです。
Fastnet Raceで知られる場所でもあり、外洋航行の象徴的な存在です。
そこを高速で往復するというのは、単なる湾内のスピードテストとは意味が違います。
公式情報では、Thunder Child IIはコーク・ファストネットロック往復で、2時間36分、平均44.6ノット、最高速53ノットを記録したとされています。
平均44.6ノットという数字は、かなり強烈です。
最高速が速いだけなら、まだ分かります。
しかし、外洋を含む航路で平均44ノット台を維持するには、船体の走行姿勢、衝撃吸収性、操船性、機関出力、燃料供給、乗員保護のすべてが一定以上でなければ成立しません。
この点でも、Safehaven Marineの世界記録は、単なる宣伝材料ではありません。
同社の船がどういう海を想定して作られているのかを、かなり明確に示す材料です。
世界記録が示すもの
Safehaven Marineの世界記録を見ると、この会社の設計思想がよく分かります。
彼らは、港で見栄えのする船を作っているのではありません。
カタログ上の最高速だけを競っているのでもありません。
実際の外洋で、長距離を、高速で、乗員を守りながら走れる船を作ろうとしている。
そして、その性能を世界記録という形で示している。
ここが重要です。
多くのプレジャーボートメーカーは、ラグジュアリー性、快適性、デザイン性、ブランドイメージを前面に出します。
それに対して、Safehaven Marineは、荒天、外洋、高速、長距離、業務艇としての実用性を前面に出します。
そして、それを言葉だけでなく、実際の航海で証明しようとします。
この姿勢は、かなり硬派です。
同時に、非常に説得力があります。
T-2000 Voyagerという異色の外洋カタマラン



Safehaven Marineの中で、特に目を引くのがT-2000 Voyagerです。
これは20m級の高性能ロングレンジ外洋カタマランです。
カタマランというと、広いデッキ、広い室内、横方向の安定性、ゆったりしたクルージングを連想する人が多いと思います。
しかし、T-2000 Voyagerは少し違います。
この艇は、一般的な箱型カタマランではなく、かなり鋭い船体形状を持っています。
船首は波を切り裂くような形状で、全体としてスポーツクルーザーに近い印象すらあります。
しかも、30〜40ノット級の高速巡航を想定し、最高速は50ノット超とされています。
20m級の外洋カタマランで、この速度域を狙っている点はかなり異色です。
T-2000 Voyagerを見ると、Safehaven Marineが業務艇メーカーとして培ってきた高速外洋艇の思想を、プレジャーボート側へ展開しようとしていることが分かります。
つまり、単なる豪華カタマランではありません。
荒れた海を長距離・高速で走るためのカタマランです。
カタマランの弱点をどう処理しているか
カタマランには長所があります。
横方向の安定性が高い。
同じ全長のモノハルに比べて、広いデッキや室内を得やすい。
低速時や停泊時の安定感も大きい。
しかし、カタマランには弱点もあります。
特に問題になるのは、左右のハルをつなぐブリッジデッキが波を叩く現象です。
いわゆるブリッジデッキ・スラミングです。
波が高い場合、左右の船体の間に波が入り、ブリッジ下面を叩きます。
これは不快なだけでなく、船体構造にも大きな負荷を与えます。
T-2000 Voyagerでは、この問題への対策として、ブリッジデッキを船首ぎりぎりまで伸ばさず、船首から一定距離で切り上げる設計が採用されています。
これは、カタマランの居住性だけを最大化する設計ではありません。
むしろ、荒れた海でブリッジデッキが波に叩かれるリスクを減らすための設計です。
このあたりに、業務艇メーカーらしい現実的な思想が出ています。
ハイドロフォイルを使う意味
T-2000 Voyagerで興味深いのは、ハイドロフォイルを組み込んでいる点です。
公式説明では、一定以上の速度域でフォイルが船体を持ち上げ、抵抗を減らすとされています。
高速カタマランにとって、抵抗の低減は極めて重要です。
速度を上げるには馬力を増やせばよい、という単純な話ではありません。
燃料消費量、航続距離、船体負荷、乗り心地、航行姿勢がすべて関係します。
特に外洋を長距離移動する船では、速いだけでは意味がありません。
速く、なおかつ燃料を現実的な範囲に抑え、乗員が疲弊しにくく、航続距離を確保する必要があります。
T-2000 Voyagerが面白いのは、カタマラン、細い船体、ブリッジデッキ設計、ハイドロフォイル、高出力ディーゼル、サーフェスドライブといった要素を組み合わせている点です。
これは単なる豪華ヨットではありません。
かなり実験的で、かなり攻めた外洋高速艇です。
業務艇メーカーが作るヨットの魅力
通常、ヨットメーカーは快適性やブランド性を前面に出します。
内装、家具、照明、デッキスペース、キャビン数、ラグジュアリー性。
それらは確かに重要です。
しかし、Safehaven Marineの場合、魅力の中心はそこではありません。
この会社の魅力は、業務艇としての強さを持ったまま、プレジャーボート化しているところにあります。
つまり、見せるためのヨットではなく、走るためのヨットです。
港に停泊して映える船ではなく、荒れた海を実際に走ることを前提にした船です。
もちろん、T-2000 Voyagerには豪華な内装や快適装備も備わっています。
しかし、その豪華さは、海上ホテル的な豪華さというより、長距離を高速で移動するための機能的な快適性に近いものです。
そこが非常に面白い。
Safehaven Marineの世界記録への挑戦を知ると、T-2000 Voyagerの見え方も変わります。
これは、突然出てきた奇抜なカタマランではありません。
Thunder ChildやThunder Child IIで示してきた、高速外洋艇としての思想の延長線上にある船です。
Safehaven Marineの船は誰に向くか
Safehaven Marineの船は、すべてのプレジャーボートユーザーに向く船ではありません。
静かな湾内で短時間遊ぶだけなら、もっと扱いやすく、もっと安価で、もっと気楽な船があります。
マリーナでの見栄えや、パーティー用途を最優先するなら、他に適したブランドはいくらでもあります。
しかし、外洋を走りたい人。
荒天性能に強い関心がある人。
業務艇的な構造や設計思想に魅力を感じる人。
単なる豪華さではなく、海での実力に価値を感じる人。
そういう人にとって、Safehaven Marineはかなり刺さるメーカーです。
特にT-2000 Voyagerは、従来のモーターヨットや一般的なカタマランとは違う方向を向いています。
ロングレンジ、ハイスピード、耐航性、実用性、個性。
この組み合わせに価値を感じる人にとっては、非常に魅力的な存在でしょう。
日本で考えるとどうか
日本のプレジャーボート環境で考えると、Safehaven Marineのような船はかなり特殊です。
日本では、外洋を長距離高速で移動するプレジャーボート文化は、まだ一般的とは言えません。
多くのユーザーは、湾内、沿岸、釣り、短距離クルージングが中心です。
その意味では、T-2000 Voyagerのような艇は、日本の一般的な用途には過剰かもしれません。
しかし、太平洋側の外洋、黒潮域、離島航行、長距離回航などを本気で考えるなら、こうした船の思想から学べることは多いです。
日本では、ボートを語るときに、エンジン馬力、全長、キャビンの広さ、燃費、価格に話が寄りがちです。
しかし、本来はそれだけでは足りません。
船体がどのような海況を想定しているのか。
荒れた海でどのように波を受け流すのか。
乗員が恐怖を感じにくい動きをするのか。
長時間走っても疲弊しにくいのか。
構造的に無理がないのか。
そうした視点が必要です。
Safehaven Marineは、その視点を思い出させてくれる会社です。
まとめ
Safehaven Marineは、アイルランドの業務艇メーカーです。
パイロットボート、パトロール艇、救助艇、調査船、軍用艇など、厳しい現場で使われる船を作ってきた会社です。
その中心にあるのは、船体の強さと耐航性です。
そして、その業務艇としての設計思想を、Thunder ChildやThunder Child IIの世界記録挑戦によって実海域で証明してきました。
アイルランド・ロッコール周回。
コーク・ファストネットロック往復。
アイルランドからアイスランドへの北大西洋航行。
これらは、単なる速度自慢ではありません。
外洋で、長距離を、高速で、乗員を守りながら走れる船を作るという思想の実証です。
その延長線上に、T-2000 Voyagerのような高性能外洋カタマランがあります。
この会社の船は、単なるラグジュアリーヨットではありません。
荒れた海を走るための船です。
長距離を高速で移動するための船です。
そして、海の現実をよく知る人ほど、その価値が分かる船だと思います。
Safehaven Marineを見ると、良いボートとは何かを改めて考えさせられます。
それは、港で美しく見える船ではありません。
カタログスペックだけが立派な船でもありません。
本当に良いボートとは、海に出たときに乗員へ安心感を与え、目的地まで確実に連れて行ってくれる船です。
