Grand Banksとは何か|トローラーヨットの名門が高効率クルーザーへ進化した理由

日本でプレジャーボートというと、ヤマハやヤンマーなどのFRP製フィッシングボート、小型キャビン艇、あるいはマリーナに係留されたクルーザーを思い浮かべる人が多いかもしれません。

一方、欧米のプレジャーボート文化には、「トローラーヨット」あるいは「ロングレンジ・クルーザー」と呼ばれる世界があります。

トローラーといっても、ここでいうのは漁船ではありませんし、ヨットといっても帆船ではありません。(ヨットの意味については、別記事「ヨットとボートの違い|帆・用途・サイズの3軸で整理する」で詳述しています)

長い距離を、安定して、安心して、快適に走るためのモーターヨットです。

その代表的な存在が、Grand Banksです。

Grand Banksは、かつて「トローラーヨット」というジャンルそのものを形づくった名門ビルダーであり、現在は伝統的な長距離巡航艇の雰囲気を残しながら、高速性、燃費効率、軽量構造、ラグジュアリー性を組み合わせた現代的なクルージングヨットへと進化しています。

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Grand Banksの発祥

Grand Banksの歴史は、1956年の香港に始まります。

当時の社名はAmerican Marine Ltd.。現在のGrand Banks Yachtsは、このAmerican Marineを起源としています。公式の70周年記念ページでは、同社は華やかなヨットブランドとしてではなく、香港の作業港で生まれた実直な船大工の事業として始まったと説明されています。そこにあったのは、「正直で、有能で、海に出られる船をつくる」という発想でした。

初期のAmerican Marineは、Ray Hunt、Sparkman & Stephens、Nat Herreshoffなどの著名な設計者によるヨットを建造していました。つまり、最初から単なる量産艇メーカーではなく、本格的な船を作る職人的なビルダーだったわけです。

Grand Banksの名を決定づけたのが、1964年に登場したGrand Banks 36です。

GB36は、派手な高速艇ではありませんでした。箱型で、保守的で、実用的な船でした。しかし、週末だけ港の近くで遊ぶためのボートではなく、距離を走るためのクルージングボートとして、多くのオーナーに受け入れられました。Grand Banks自身も、GB36が後に「トローラーヨット」と呼ばれるジャンルを実質的に作った存在だと位置づけています。

ここが、Grand Banksを理解する最初のポイントです。

Grand Banksは、速さや派手さから始まったブランドではありません。

長い距離を、安心して、落ち着いて走るための船から始まったブランドです。

ビルダーとしての哲学

Grand Banksの根底にある哲学は、「海で信頼できる船をつくる」というものです。

古いGrand Banksは、いかにもトローラーらしい姿をしていました。高めの船首、しっかりしたキャビン、広いサイドデッキ、落ち着いた速度域、長距離を意識した燃費と居住性。いわば、海の上を急がずに旅するための船です。

Grand Banksが面白いのは、その伝統をそのまま博物館のように保存したのではなく、時代に合わせてかなり大胆に作り替えた点です。

1990年代には、C. Raymond Hunt設計のEastbay 38を投入し、Down East風のエクスプレスクルーザー市場にも進出しました。これは従来のトローラーヨットとは違う姿でしたが、Grand Banksのいう「品質」と「シーキーピング」を別の形で表現したモデルでした。

さらに大きな転換点となったのが、Palm Beach Motor Yachtsの創業者であるMark Richardsの参加です。Grand Banksは2014年にPalm Beach Motor Yachtsを取得し、Mark Richardsはその後Grand Banks YachtsのCEOとなりました。

Mark Richardsは、単なる経営者ではありません。船大工であり、外洋ヨットレースの実績を持つ人物です。Grand Banksの年次報告書でも、彼は30年以上のボートビルディング経験を持つ船大工であり、Wild Oats XIでSydney-Hobart Raceを複数回制した人物として紹介されています。

その結果、現代のGrand Banksは、昔ながらの低速トローラーではなくなりました。

伝統的なロングレンジ・クルーザーの雰囲気を残しつつ、軽く、速く、燃費がよく、長距離を高い巡航速度で走れるモーターヨットへと変化しています。

船の特徴

現在のGrand Banksを語るうえで、中心になるのがV-WARP Technologyです。

Grand Banksは、現行のGrand Banks各モデルとEastbay 60に、自社のV-WARP Technologyを採用していると説明しています。これは、Mark Richardsの外洋レース経験と船大工としての知見から生まれた設計・建造思想であり、船型、素材、建造工程を一体で考える技術です。

V-WARP船型は、細いエントリー、船体中央部のゆるやかな曲面、トランサム付近の少ないデッドライズを特徴としています。Grand Banksは、この船型によって抵抗を減らし、浮力、安定性、リフトを高め、さまざまな速度域で一定した走行姿勢を保ちやすいと説明しています。

素材面でも、現代のGrand Banksはかなり進んでいます。

船体はE-glass、ユニディレクショナル材、マルチアキシャル材、エポキシ系樹脂、カーボンファイバー構造などを組み合わせ、軽くて剛性の高い構造を目指しています。Grand Banksは、軽量化と高剛性によって、同サイズの一般的な艇より少ない燃料で高い性能を出すことを訴求しています。

つまり、Grand Banksは「クラシックな見た目のトローラー」から、「クラシックな雰囲気をもつ高効率クルージングヨット」へ変わったのです。

この変化はかなり大きいです。

昔のGrand Banksを、海の上の上質な長距離列車だとすれば、現在のGrand Banksは、長距離を速く、静かに、効率よく移動するグランドツアラーに近い存在です。

現行モデルと用途

Grand Banksの公式サイトでは、Long Range Cruiser SeriesとしてGB54、GB60、GB62、GB65、GB70、GB73、GB85などが示され、Downeaster SeriesとしてEastbay 44とEastbay 60が示されています。

また、Grand Banks Yachts Limitedの2025年年次報告書では、同グループはGrand Banks、Eastbay、Palm Beachの各ブランドを展開し、42フィートから107フィートまでのヨットを扱っていると説明されています。製造拠点はマレーシア・ジョホール州パシルグダンにあり、米国とオーストラリアに販売・サービス拠点を持っています。

用途としては、完全な冒険船というより、長距離クルージングを高い快適性で楽しむための船です。

家族や夫婦での長期クルージング、沿岸航海、島巡り、場合によってはかなり長い外洋的な移動にも対応する設計です。

ただし、Nordhavnのような本格的なフルディスプレイスメントの探検艇とは思想が異なります。Grand Banksは、低速でひたすら遠くまで行く船というより、「長距離を、快適に、しかも比較的速く移動する船」です。

ここが現在のGrand Banksの個性です。

資本関係

Grand Banksは、家族経営の小さなビルダーではありません。

現在の親会社であるGrand Banks Yachts Limitedはシンガポール法人で、1987年にシンガポール証券取引所のセカンダリーボードに上場し、1993年にメインボードへ移行しています。

つまり、Grand Banksは上場企業グループです。

2025年年次報告書によると、同グループはGrand Banks、Eastbay、Palm Beachの3ブランドを展開しています。製造は主にマレーシアのPasir Gudangで行われ、米国ではStuart、San Diego、Newport、オーストラリアではNewport NSWとCoomeraに拠点を持っています。

株主構成を見ると、2025年9月時点でTan Sri Lim Kok Thayが28.20%、Willimbury Pty Ltdが15.32%、Arminella Pty Ltdが9.99%、CEOのMark Jonathon Richardsが6.63%を保有する大株主として開示されています。

したがって、Grand Banksは創業家が完全に支配するブランドではなく、シンガポール上場企業としての資本構造を持ち、その中でMark Richardsの設計思想と経営手腕が強く反映されているブランドと見るのがよいでしょう。

現在の経営状況

Grand Banksの経営状況は、かなり良好です。

2025年6月期の年次報告書では、同社は10年連続の黒字を達成し、売上高は過去最高の1億6230万シンガポールドルとなりました。これは前年の1億3370万シンガポールドルから21.4%の増加です。

一方で、純利益は前年の2140万シンガポールドルから1820万シンガポールドルへ減少しました。理由としては、低マージンの下取り艇販売の比率上昇、製造時間と材料費の増加、米ドル安などが挙げられています。

受注状況も強いです。2025年6月末時点の純受注残は1億5660万シンガポールドルで、前年の1億2000万シンガポールドルから30.5%増加しています。CEOメッセージでは、2025年度に33隻のビルト・トゥ・オーダー艇と13隻の下取り・在庫艇を販売したと説明されています。

地域別に見ると、米国市場の存在感が非常に大きいです。2025年度の売上高1億6230万シンガポールドルのうち、米国向けが1億3230万シンガポールドルを占めています。オーストラリアは2330万シンガポールドル、アジアは536万シンガポールドル、欧州は131万シンガポールドルです。

つまり、Grand Banksはアジア発祥・シンガポール上場・マレーシア製造の企業でありながら、実際のビジネス上は米国高級ヨット市場への依存がかなり大きい会社です。

2025年には、米国ロードアイランド州ニューポートのCasey’s Marina取得も完了しています。これは単なる不動産投資ではなく、米国北東部のオーナー体験、サービス、ブランドプレゼンスを強化するための戦略的な動きと見るべきです。

ライバルとなりえるビルダー

Grand Banksのライバルを考える場合、「ロングレンジ・クルーザー」「高級モーターヨット」「オーナーオペレーション可能」「伝統的な外観と現代的性能」という軸で見る必要があります。

まず最も直接的な比較対象はFleming Yachtsです。

Flemingは、55、58/60、65、78、85フィート級のクルージングヨットを展開する、非常に評価の高いロングレンジ・クルーザービルダーです。Grand Banksが現代的な速度と効率に大きく振っているのに対し、Flemingはより伝統的な航洋クルーザー、操船性、機械室、実用性、堅牢性のイメージが強いブランドです。

次に、Marlow Yachtsも比較対象になります。

MarlowはExplorer、Voyagerなどのシリーズを展開し、公式サイトではExplorerが53〜88フィート、Voyagerが90〜100フィート級とされています。Grand Banksと同じく、長距離航海、上質な内装、先進的な建造技術を売りにするブランドです。

Outer Reef Yachtsも、ロングレンジ・モーターヨットの文脈では重要です。

Outer Reefは55〜115フィート級のロングレンジ・モーターヨットを展開するビルダーで、堅牢性、航続性、長期滞在性を重視するオーナーに訴求します。Grand Banksよりも、より探検艇・長期滞在型クルーザー寄りの比較対象といえます。

Nordhavnは、少し性格が違いますが、必ず比較対象に入ります。

Nordhavnは41〜120フィート級のエクスペディション・トローラーヨットを展開しており、外洋航海、遠隔地への航海、フルディスプレイスメント的な思想が強いブランドです。Grand Banksが「速く、効率よく、快適に遠くへ行く船」なら、Nordhavnは「ゆっくりでも、本当に遠くへ行く船」です。

Down East系のライバルとしては、Sabre Yachtsがあります。

Sabreは38〜58フィート級のDown Eastスタイルの高級モーターヨットを展開しており、特にGrand BanksグループのEastbayシリーズと比較されやすい存在です。上質な木工、クラシックな外観、現代的な推進システムを好むユーザーにとって、Sabreはかなり自然な比較対象になります。

より量産ブランド側では、BeneteauのSwift Trawlerも比較対象になりえます。

Swift Trawlerは30〜50フィート級を中心とする現代的なトローラー系クルーザーで、Grand Banksより価格帯やブランドポジションは下がるものの、「長距離巡航」「居住性」「扱いやすさ」を求める層では比較される可能性があります。

また、Sirena Yachtsのような新しいロングレンジ・クルーザー系ブランドも、現代的な居住性やデザインを重視するユーザーにとっては候補になります。Sirenaは48、60、68、78、88、118などのモデルレンジを展開し、長距離クルージング体験を現代的に再解釈するブランドとして打ち出しています。

Grand Banksは何が特別なのか

Grand Banksの特別さは、単に古いブランドであることではありません。

古いだけなら、歴史あるブランドはいくらでもあります。

Grand Banksが面白いのは、トローラーヨットというジャンルの象徴的存在でありながら、そのまま懐古趣味に留まらなかったことです。

かつてのGrand Banksは、落ち着いた速度で長距離を走る、実直なクルージングボートでした。

しかし現在のGrand Banksは、Mark Richardsの設計思想によって、軽量構造、高効率船型、カーボン構造、高速巡航性能を取り込みました。

つまり、Grand Banksは「昔ながらのトローラー」ではありません。

トローラーヨットの伝統を背負いながら、現代の高効率モーターヨットに変わったブランドです。

ここが魅力であり、同時に評価が分かれる点でもあります。

昔ながらの、重く、ゆっくり、どっしりしたトローラーを求める人には、現在のGrand Banksは少しスポーティすぎるかもしれません。

一方で、長距離巡航をしたいが、8ノットで我慢し続けるのは嫌だという人には、現在のGrand Banksは非常に魅力的です。

長距離を走れる。

しかし遅くない。

クラシックな雰囲気がある。

しかし中身はかなり現代的。

この組み合わせが、今のGrand Banksの価値です。

まとめ

Grand Banksは、1956年に香港で始まったAmerican Marineを起源とし、1960年代のGrand Banks 36によってトローラーヨットというジャンルを形づくった名門ビルダーです。

その後、シンガポール上場企業となり、マレーシアで製造し、米国・オーストラリアを中心に販売とサービス網を広げる国際的な高級ヨットグループへと発展しました。

現在のGrand Banksは、昔ながらの低速トローラーではありません。

V-WARP Technology、軽量素材、カーボン構造、燃費効率、高速巡航性能を組み合わせた、現代的なロングレンジ・クルーザーです。

海の上の別荘というより、海を長く、速く、快適に移動するための上質なグランドツアラー。

それが現在のGrand Banksです。

Stabicraftが「海の四駆」だとすれば、Grand Banksは「海の長距離GT」です。

荒れた現場で道具として使い倒す船ではなく、長い距離を、上質に、効率よく、安心して旅するための船。

そう考えると、Grand Banksというブランドの立ち位置はかなり分かりやすくなります。

作成者: 理屈コネ太郎

元消化器内視鏡医・産業医。現在は社会・人間行動・構造分析をテーマに執筆活動を行う。定年退職後はヨット・ボート・クルマなど趣味と構造研究の日々を過ごす。

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