GRヤリス6MTとDATのブレーキ消耗差 ☆ 減速エネルギーとロックアップ制御の仮説

はじめに|速いクルマは、減速の仕事をどこへ負担させているのか

私は2020年式GRヤリスRZ High Performanceの6MT(以下、壱号機)と、2024年式GRヤリスRZ High Performanceの8速GR-DAT(以下、弐号機)を所有し、両方でサーキットを走っています。

弐号機のGR-DATは、実に優秀な変速機です。

加速時には適切なギアを素早く選択し、シフトショックも少なく、ドライバーを変速操作から解放してくれます。特にサーキットでは、その恩恵を強く感じます。

ところが、2台を走らせているうちに、ある違いが気になり始めました。

弐号機の方が、ブレーキパッドもローターも明らかに消耗が速いのです。

さらに、弐号機では連続してアタック周回を重ねると、ベーパーロックを疑わせる症状を経験しています。

この経験については、別記事「GRヤリス6MTとDATで異なるサーキットのブレーキ課題 ☆ 当たりつけとベーパーロック」で紹介しました。

今回は、その原因について一歩踏み込んで考えてみます。

注目するのは、車両重量と速度によって決まる減速エネルギー、そしてトランスミッションを介して生じるエンジンブレーキの働きです。

そこから、6MTとGR-DATのどちらが速く走れるのか、という問題にもつながる可能性があります。

1.比較するのは2020年式6MTと2024年式GR-DAT

まず、私が所有する2台の基本的な違いを整理します。

項目壱号機・2020年式6MT弐号機・2024年式GR-DAT
最高出力272PS304PS
最大トルク370N・m400N・m
メーカー公称車両重量1,280kg1,300kg
変速機6速MT8速GR-DAT

諸元はトヨタの2020年式公式発表および2024年式公式発表に基づきます。

壱号機は足回りや操作系などに変更を加えた自分仕様で、弐号機は基本的にノーマルの車両です。したがって、以下の重量計算には比較の基準としてメーカー公称値を使用します。

エンジン出力は弐号機が32PS大きく、車両重量も20kg重くなっています。

さらに、実際のサーキット走行では、ブレーキングを開始する時点の車速にも違いがあります。

この速度差が、ブレーキへの負担を考える重要な手がかりになります。

2.205km/hと215km/hからの急減速を比較する

ホームサーキットのロガーを確認すると、主要なストレートエンドでのブレーキング開始速度は、壱号機が約205km/h、弐号機が約215km/hです。

ブレーキング終了時の速度は、両車ともおおむね120km/hです。

この条件で、それぞれの車両が失う運動エネルギーを計算します。

運動エネルギーは、車両質量を m、速度を v とすれば、

運動エネルギー E = 1/2 × m × v²

で表されます。

減速前後の運動エネルギーの差を求めると、次のようになります。

項目壱号機・6MT弐号機・GR-DAT
減速開始速度205km/h215km/h
減速終了速度120km/h120km/h
失われる運動エネルギー約1.364MJ約1.596MJ
壱号機に対する比率100%約117%

弐号機は、この1回の減速で壱号機より約232kJ、率にして17%多くの運動エネルギーを失っています。

その増加の主な原因は、減速開始速度の違いです。

車重20kgの増加による影響は約1.6%ですが、減速開始速度が205km/hから215km/hへ上がることによる影響は約15.2%あります。

車重と速度の影響を合わせると、約17%の差になります。

この数字は、なかなか興味深いものです。

弐号機の高い出力は、ストレートでより高い速度を実現します。しかし、その速度を次のコーナーに適した速度まで落とす際には、より多くの運動エネルギーを処理する必要があります。

つまり、加速性能の向上は、減速系に要求される仕事量の増加を伴うのです。

3.17%のエネルギー差は、摩耗とベーパーロックをどこまで説明するか

減速によって失われる運動エネルギーは、摩擦ブレーキ、エンジンブレーキ、空気抵抗、転がり抵抗などによって処理されます。

フットブレーキが担当する部分では、運動エネルギーが主としてパッドとローターの摩擦熱へ変換されます。

今回の17%は車両全体が失う運動エネルギーの差であり、摩擦ブレーキで実際に発生した熱量を測定した数字ではありません。

仮に摩擦ブレーキが処理するエネルギーの割合が2台で同じなら、弐号機は今回の減速区間で約17%多くのエネルギーを摩擦ブレーキに負担させる計算になります。

さらに、同程度の距離で減速を完了するなら、弐号機では短時間により多くの熱が発生することになります。

パッドやローターの摩耗は、温度、接触圧力、摺動速度、摩擦材の特性によって変化します。

したがって、17%というエネルギー差が、実際の摩耗量に何%の差をもたらすかは、それぞれの温度条件によって変わります。

また、実走比較では、パッドの材質、ローターの状態、走行周回数、ブレーキング操作なども摩耗に影響します。これらの条件を完全に統一した比較には至っていません。

ここで重要なのは、ブレーキ系の温度上昇によって、摩耗特性や制動性能が変化する可能性です。

特に連続アタックでは、次のブレーキングまでに放熱しきれなかった熱が残ります。

さらに熱がキャリパーやブレーキフルードへ伝わり、フルードが沸点に達すると、内部に蒸気泡が生じて油圧伝達が損なわれます。

これがベーパーロックです。

ブレーキメーカーのBremboも、フルードの温度上昇や吸湿による沸点低下がベーパーロックの原因になることを説明しています。

私の弐号機では、連続アタック中にペダルがエアを噛んだような感触になることがあります。クーリング周回を増やすと安定しやすくなるため、熱負荷との関係を疑っています。

この症状の確定診断には、フルードの状態やブレーキ系統の点検が必要です。

しかし、今回の運動エネルギー計算は、弐号機で摩耗や熱に関する問題が先に顕在化する理由を考える、重要な根拠になります。

4.急減速時のGR-DATは、どのようにエンジンブレーキを伝えているのか

ここからが、今回もっとも考えてみたい問題です。

壱号機の6MTでは、私はシフトダウンによってエンジンブレーキを積極的に活用してきました。

一方、弐号機のGR-DATでは、急減速中に変速ショックをほとんど感じません。

215km/h前後から強くブレーキングして連続シフトダウンしても、変速は実に滑らかです。

そして、私の体感では、その減速中にエンジンブレーキがどの程度働いているのか、ほとんど感じ取れません。

GR-DATは、トルクコンバーターを備えた8速ATです。

トルクコンバーターには、内部の流体を介してトルクを伝える働きと、ロックアップクラッチによってエンジンと変速機入力軸を機械的に結合する働きがあります。

ロックアップ中は、車輪側からエンジンへ伝わる回転力によって、エンジンブレーキを効率よく利用できます。

アイシンのGR-DAT開発者インタビューでは、トルクコンバーターのダンパーを強化し、従来のATよりもロックアップ領域を拡大したことが説明されています。

一方、私が今回確認した公開資料には、急減速中に連続シフトダウンする際のロックアップクラッチの締結状態、滑り量、解除・再締結のタイミングを具体的に示す情報が見当たりませんでした。

2024年式GRヤリスの公式取扱説明書には、DモードでもMモードでも、低いギアを選択することでエンジンブレーキ力を強くできると記載されています。

私が知りたいのは、急減速中にエンジンの負のトルクが実際にどの程度車輪へ伝わっているのか、という点です。その伝達を左右する要因の一つとして、ロックアップクラッチの締結状態に注目しています。

高速からの急減速では、短い時間に複数のシフトダウンが行われます。

その過程でロックアップクラッチが一時的に解除されたり、滑りを許容する制御が行われたりするなら、車輪からエンジンへ伝わる負のトルクが小さくなる可能性があります。

これが、現在私の考えている仮説です。

GR-DATの滑らかな変速には、エンジン回転数の同期や変速機内部の摩擦要素の制御も関係します。そのため、変速ショックの小ささという体感だけでロックアップ状態を判断することは困難です。

また、強いフットブレーキによる減速度の中では、エンジンブレーキの寄与を身体で識別しにくくなります。

したがって、実際のエンジン回転数、変速機入力軸回転数、ギア段、ロックアップ状態を確認することが、今後の検証課題になります。

5.GR-DATのMモードなら、MTと同じ減速制御ができるのか

GR-DATにはMモードがあり、ドライバーがパドルシフトやシフトレバーでギアを選択できます。

これにより、コーナー進入に適したギアをあらかじめ選ぶことができます。

ただし、Mモードでドライバーが直接選択するのはギア段です。

ロックアップクラッチの締結や滑りの制御は、変速機側の電子制御に委ねられています。

対して、6MTではドライバーがギア選択に加え、クラッチを切るタイミング、回転合わせ、クラッチをつなぐタイミングを操作できます。

そのため、減速中にエンジンの負のトルクをいつ駆動系へ伝えるかについて、MTには独自の操作自由度があります。

もし2024年式GR-DATが、強いブレーキングと連続シフトダウンの最中にロックアップを解除する割合が大きいのなら、フットブレーキへの依存度が6MTより高くなる場面が考えられます。

その場合、弐号機のブレーキ消耗の速さには、速度と重量の違いに加えて、変速機の減速制御特性が関係している可能性があります。

6.エンジンブレーキの違いは、テクニカルコースでの速さに影響するか

では、仮に6MTの方が減速中にエンジンブレーキを積極的に活用できるとしたら、ラップタイムにはどのような影響があるのでしょうか。

ここで考えたいのは、フルブレーキングの最後から、ターンイン、クリッピングポイント、そして再加速へ移るまでの一連の操作です。

サーキットでは、強いブレーキングで速度を落とし、ブレーキ踏力を徐々に抜きながら舵角を増やし、車両を旋回へ移行させます。

この過程では、タイヤの縦方向と横方向の摩擦力を連続的に配分する必要があります。

この問題については、別記事「GRヤリスのコーナー後半で出るアンダーステア ☆ 原因の一つはストレートエンドの減速不足」でも考察しています。

エンジンブレーキもタイヤの縦方向の摩擦力を使います。その働きが車両姿勢に与える影響は、負のトルクの大きさ、駆動輪への伝達状態、発生のタイミングによって変わります。

強すぎるエンジンブレーキは、車輪のスリップや姿勢の乱れを招くこともあります。

そのため、ここで注目したいのは、ドライバーが減速トルクの発生タイミングを意図的に管理し、ブレーキを抜いて旋回へ移る過程に組み込める自由度です。

特にアップダウンの激しいテクニカルコースでは、ブレーキング中にも勾配や路面形状が変化します。

こうした場所で6MTのドライバーが適切なギアを選び、回転数を合わせ、クラッチを滑らかにつなぎ、エンジンブレーキを速度と姿勢の調整へ組み込めるなら、減速から旋回への移行を有利に進められる可能性があります。

さらに、旋回に適したギアとエンジン回転数を維持できれば、コーナー出口での加速にも滑らかにつなげられます。

一方、GR-DATは適切なギア選択と素早い変速によって、ドライバーの操作負担を軽減し、加速局面でも高い能力を発揮します。

直線加速が大きな比重を占める場面では、弐号機の304PSという出力やGR-DATの速い変速が大きな武器になります。

しかし、急減速と旋回が短い間隔で繰り返されるテクニカルコースでは、減速トルクの制御自由度がタイムに影響する可能性があります。

もしそうであれば、2020年式6MTが2024年式GR-DATに対抗できる余地が、減速から旋回への移行部分に残っているのかもしれません。

7.2025年式以降のGR-DATについて

ここで、比較対象の年式を明確にしておきます。

本記事の考察は、2020年式6MTの壱号機と、2024年式GR-DATの弐号機についてのものです。

GR-DATは、その後も改良が続いています。

トヨタの2025年4月11日の公式発表では、Dレンジでのパドル操作によるシフトダウン可能領域の拡大、変速開始までの時間短縮、Mモードでのダイレクト感改善などが説明されています。

さらに2026年3月13日の26式GRヤリス発表では、ステアリングやEPSなどの改良が公表されています。

2025年式以降では変速制御が変化しており、ロックアップ制御にも変更が加えられている可能性があります。

今回参照した公開資料からは、2024年式と2025年式・2026年式の急減速時ロックアップ制御の具体的な差は確認できていません。

そのため、私の弐号機で感じた減速特性と、後年式のGR-DATの減速特性は、年式を分けて評価する必要があります。

8.まとめ|減速をどのように制御できるかが、速さを変えるかもしれない

今回の考察の出発点は、同じドライバーが所有する2台のGRヤリスで、ブレーキパッドとローターの消耗速度に明らかな違いがあり、弐号機ではベーパーロックを疑わせる症状も経験していることでした。

まず、車両重量とロガーで確認した速度から計算すると、代表的なブレーキング区間で失われる運動エネルギーは弐号機の方が約17%大きくなっています。

この差は、弐号機のブレーキ系に大きな熱負荷がかかる理由を、一定程度説明します。

一方、急減速中のGR-DATのロックアップ制御については、公開資料だけでは具体的な作動状態を把握できていません。

もし2024年式GR-DATが急減速中にロックアップを解除したり、滑りを許容したりする時間が長いのであれば、エンジンブレーキの寄与が6MTより小さくなり、摩擦ブレーキの負担が増える可能性があります。

そして、その仮説が正しければ、6MTにはもう1つの可能性が見えてきます。

ドライバー自身がギア、エンジン回転数、クラッチの接続を操作し、減速から旋回、再加速へと車両の挙動を組み立てる能力です。

GR-DATの素早い変速と高い加速性能に対し、MTは減速局面の操作自由度によって対抗できるかもしれません。

この仮説をさらに確かめるには、現車重量やブレーキ部品の状態をそろえた比較に加え、減速時の実ギア段、エンジン回転数、変速機入力軸回転数、ブレーキ温度などのデータが必要です。

私にとって今回もっとも興味深かったのは、ブレーキパッドとローターの消耗という身近な経験が、変速機の内部制御、さらにはクルマを速く走らせる技術の違いという問題につながったことです。

速く走るためには、加速して得た速度を、どのように減速へ変え、どのような車両姿勢で次のコーナーへ持ち込むか。

この一連の過程に、まだMTの持つ可能性が隠れているのかもしれません。

 

作成者: 理屈コネ太郎

元消化器内視鏡医・産業医。現在は社会・人間行動・構造分析をテーマに執筆活動を行う。定年退職後はヨット・ボート・クルマなど趣味と構造研究の日々を過ごす。

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