なぜおかっぱり釣りは釣れないのか?|制度が決めた“非効率な漁法”という仮説

長時間粘っても釣れない――その理由は腕だけではなく、制度と労働時間の構造にあるのかもしれない。

「おかっぱりで何時間も粘ったのに、まったく釣れない。」 多くの人はそこで、自分の腕を疑う。仕掛けが悪いのか、ポイント選びが甘いのか、潮を読めていないのか。 あるいは魚がスレ切っていてどうにもならないのか…。 しかし、別の… 続きを読む なぜおかっぱり釣りは釣れないのか?|制度が決めた“非効率な漁法”という仮説

釣りを楽しむ四つの条件|せっかち・暇・無期待・軽度リスク選好

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せっかちで、暇がありあまっていて、結果を期待せず、 なおかつ軽度にリスク選好型の人にとって、 釣りは、超高難易度かつ高完成度の遊びです。 はじめに:釣りは「向いている人」にだけ優しい 釣りは、誰にでも勧められる行為ではあ… 続きを読む 釣りを楽しむ四つの条件|せっかち・暇・無期待・軽度リスク選好

釣果目的のプレジャーボート所有は間尺に合わない|理屈コネ太郎の意見

釣果を求めてボートを持つと、思ったより間尺に合わない。

第一章 はじめに:海に惹かれる心と現実の狭間で 釣り人なら、船で沖に出て好きなだけ釣りを楽しみたい。そう思うのは自然なことである。狙ったポイントへ自らの意志で舵を取り、思うままに竿を出す――その夢を抱いてプレジャーボート… 続きを読む 釣果目的のプレジャーボート所有は間尺に合わない|理屈コネ太郎の意見

釣りという詐欺強盗――共感の閾値と感受性の倫理

序章:釣りという詐欺強盗 釣りという行為を考えていると、ふと詐欺強盗という言葉を思い浮かべることがある。魚の立場に立てば、目の前のルアーは食糧に見える。それを信じて口にした瞬間、身体を拘束され、自由を奪われる――。欺きと… 続きを読む 釣りという詐欺強盗――共感の閾値と感受性の倫理

釣れてしまったフグ

釣った魚をリリースすることは、しばしば「残酷さ」や「供養」という言葉で語られる。だがその語りは、命を奪った後の世界を前提にしている。本稿では、魚の生命を奪う以前の行為としてのリリースについて考えてみる。 フグが釣れてしま… 続きを読む 釣れてしまったフグ

還暦に独学で始めた釣りに関するエッセイ一覧

釣りは楽しい遊びです。同時に、生き物に針をかける行為でもあります。 この二つが同居していることを、どう受け止めるか。そこから私の釣りは始まりました。 還暦を前に独学で釣りを始めると決めたとき、最初に向き合ったのは技術では… 続きを読む 還暦に独学で始めた釣りに関するエッセイ一覧

古代人も惹かれた釣りの本質|疑似・打出の小槌という魅力

序章:人類が釣りをする本質的理由 釣りは、狩猟や採集と比べて効率が高いとは言いにくい行為です。大抵は釣果が少なく、ときにはまったく成果がないことさえある。それでも人類は太古から釣りを続けてきました。 なぜでしょうか。 私… 続きを読む 古代人も惹かれた釣りの本質|疑似・打出の小槌という魅力

セカンドライフに釣りは向いているか?|おすすめできない理由と注意点

序章:セカンドライフの趣味探し セカンドライフは「時間をどう使うか」が最大の課題です。人気の高い趣味のひとつに「釣り」がありますが、果たして釣りはセカンドライフの趣味に向いているのでしょうか。本記事では、釣りをシニアの趣… 続きを読む セカンドライフに釣りは向いているか?|おすすめできない理由と注意点

釣果ゼロても悩まない|妄想と工夫で楽しむボート釣り

はじめに なぜボート遊びが釣りと相性が良いのはなぜなのか。ボートに乗って色々な海域に出向くと、鳥山に遭遇したり、「あの入り江の岩のそばには魚がいそうだ」「潮目の下に群れが潜んでいるのではないか」といった想像が自然に浮かん… 続きを読む 釣果ゼロても悩まない|妄想と工夫で楽しむボート釣り

釣りに正解はない|文豪たちが釣りを人生にたとえた理由

釣りに「正解」があるのか?ボート釣りから得た気づき 最近ボート釣りをするようになって、「釣り」とは魚を「攻略」する行為ではないということに気が付いた。釣りとは、竿と糸を介して、自然界にいる魚と戯れたり対決したりする行為な… 続きを読む 釣りに正解はない|文豪たちが釣りを人生にたとえた理由