遠方のサーキットに遠征に行くとき、特別な理由がない限り、私なら8速DATを選ぶ。
理由は単純で、往路では不要な集中力の消耗を防げること、そして帰路では、すでに磨り減った集中力でも安全に走れるからである。
自宅からサーキットへ向かい、走り、そして夕暮れ時以降に一般道へ戻る──その一連の行程すべてを含めて6MTと8速DATのどちらを選ぶかを考えたとき、明確なテーマや課題に向き合うのでなければ、私が選ぶのは8速DATである。
Contents
サーキットにおける6MTの魅力
サーキットにおける6MTの魅力は、路面とクルマとドライバー自身を貫く直結感にある。。
クラッチ操作やシフトワークを通じて、駆動力の立ち上がりや路面状況の変化が、ダイレクトに身体に入ってくる。
クラッチ操作をするときの左足の裏には、フライホイールとクラッチプレートの回転差と車速の変化を結びつける、細かな振動が伝わる。視覚、聴覚、触覚、そして平衡感覚が連動し、「運転している」という実感が立ち上がる。
操作の手間は確かに増える。しかし、その操作こそが情報量を増やし、ドライバーの認知とクルマの挙動を強く結びつける。
この違和感のないダイレクトな運転感覚は、DCTでもATでも、既存の2ペダル車ではなかなか味わえない。
サーキットにおける8速DATの魅力
一方、8速DATの魅力は、ドライバーが運転の本質に集中できる点にある。
シフト操作をクルマに任せることで、ドライバーは
・荷重移動
・舵角
・ライン取り
といった、クルマを安定して、かつ速く走らせるための要素に意識を集中できる。集中できるから、コースの僅かな勾配や、同じコーナーに混在するバンクと逆バンクを感じ取れる。そしてそれは、速く走るためのライン取りへと繋がる。
丁寧に、そして静かに、グリップの限界を見極めながら走りに没頭できる。
もちろん、私以上に繊細なドライビングをMTで実現しているドライバーは普通に数多く存在する。すべてはテクニック次第であることは間違いない。
しかし、同じドライバーが同じ条件で運転するのであれば、グリップを見極めながら走るという繊細さにおいては、多くの場合MTよりDATの方が高度に遂行できると私は感じている。
本当は両方を一台で満たしたい
6MTと8速DATは、クルマを操る楽しさの方向性が根本的に異なる。
クルマや路面とのダイレクトなつながりを感じながら、同時に繊細で丁寧なドライビングに没頭できたら、どれほど素晴らしいだろう。
しかし、少なくとも市販車において、それはまだ叶わない夢だ。
どちらかを選ばざるを得ない。
10年ほど前まで、スポーツドライビングにおけるATは違和感が強く、ダイレクト感にも欠け、繊細で丁寧なドライビングを阻害するノイズが大きかった。
しかし近年のATは、その違和感がドライビングを邪魔しないレベルにまで抑え込まれ、ダイレクト感と引き換えに、繊細で丁寧なドライビングを可能にした。
DATでのサーキット走行は、いまやMTにまったく引けを取らないレベルで楽しい。
サーキット走行という文脈において、この二つに優劣をつける意味はあまりないし、私にはできない。
どちらを選ぶかは完全に好みの問題であり、甲乙つけがたい魅力をそれぞれが備えている。
サーキット遠征は「行って帰ってきて」完結する
帰宅までがその日のサーキット走行と考えると、サーキット走行は、サーキットを走るだけでは完結しない。
自宅とサーキットの往復には、高速道路や一般道、渋滞区間が含まれる。
サーキット走行後の帰路では、渋滞、特に逃げ場のない高速道路の渋滞は禁忌に近い。
特に夕暮れ時以降は、視認性が落ち、交通量も増える。
この状況で求められるのは、スポーツドライビングの楽しさではなく、安全に帰るための余力である。
遠征を前提にするならDATという結論
この「帰路」まで含めて考えると、8速DATがドライバーに強いる負担の軽さは、非常にありがたい。
負担が少ない分、集中力の消耗が抑えられ、安全マージンを確保しやすいから。
公道では、グリップの限界を探るような繊細な運転は不要だ。
その分の認知資源を、安全運転に完全に振り分けることができる。
サーキット体験を実り多く、楽しく、そして無事に終わらせるための、合理的な選択である。
もちろん、どうしてもMTで試したいテーマがある場合は別だ。
しかし、そうした特別な理由がない限り、サーキットへの遠征ではDATを選ぶ──それが、今の私の結論である。
クルマの評価は、サーキットでスポーツドライビングをしている時間だけで完結しない。
行き、走り、そして無事に帰ってくるところまで含めて、サーキット遠征だと私は考えている。
とはいえ、サーキット近くにガレージを借りたり、サーキットまでローダーでクルマを運ぶ選択肢まで考慮すると、MTが第一選択肢という場合もあるだろう。
