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はじめに
私はGRヤリスを極めて高く評価している。大好き…と言ってよいだろう。
2010年、米国議会公聴会に立った豊田章夫氏の振る舞いに、私は一社会人として強い感銘を受けた。経営トップが前面に立ち、逃げずに語る。その姿勢は、企業広報ではなく、人としての責任の取り方に見えた。
その人物が「トヨタが自前でスポーツカーを作る」と宣言した。名前貸しでもOEMでもなく、自ら広告塔となり、モータースポーツを経営の中心に据える。その姿勢を信じ、特段トヨタ好きでもない私・理屈コネ太郎は、GRヤリス RZ High Performance First Editionを購入した。
走り回るうちに分かったことがある。
このクルマは、異様に出来が良い。
剛性、制動、トラクション、信頼性。GRガレージのサポート体制も含め、道具としての完成度は極めて高い。現時点で、走りを遊ぶための機械として、私の中でこれ以上のクルマは思いつかない。
それでも。
GRヤリスを「つまらない」と感じる人がいるのも事実である。そして実は、私自身もある時期までは「つまらないなあ」と感じていた一人だった。
その感覚を単なる好みの問題で片づけるのは乱暴だろう。本稿では、「面白さが発火する条件」という視点から、その違和感を整理してみたい。
第1章|発火点未満でのつまらなさ
GRヤリスの面白さは、発火点以降にある。
ここで言う「発火点」とは、フル加速、急減速、横Gに対するタイヤのグリップ限界といった体験と強く関連している。道交法の制約を受けず、高い安全配慮のもとで、フルスロットルや横グリップ限界を試せる環境でのドライビング体験のことを指す。サーキットはその代表例にすぎない。
重要なのは、性能を使い切れる条件が整っているかどうかだ。
GRヤリスは、
高剛性ボディ、
高出力・高トルクなエンジン、
強力なブレーキ、
緻密なAWD制御、
といった装備を標準で持つ。
だが、これらは公道ではほぼ使い切れない。
走りを楽しむには、公道はノイズが多すぎる。早朝のワインディングであっても、対向車、路面状況、逃げ場のなさといった不確実性が常に存在する。それもひとつの愉しみであるといえば、それはそう。
しかし、その環境下でGRヤリスの発火点を越えることは、決して容易ではない。
第2章|ワインディングでの消化不良
一昨年まで、私はほとんどサーキットに行かなかった。ワインディング中心で鍛錬していた。
そのとき、どこか燃え切れない感覚があった。
公道では、
速度制限がある、
対向車がある、
路面の不確実性がある、
逃げ場がない、
走り方として安全マージンを残さざるを得ない。
安全マージンを確保した走りでは、未熟者の私にはGRヤリスの全力を引き出すことができなかった。
アクセルの踏みしろはまだある。
トラクションはまだある。
ブレーキはまだ奥がある。
回頭はまだ試せる。
だが、試しきれない。
性能が高いほど余力が残ってしまう。そして余力は、時にフラストレーションになる。
「速い」のに「使い切れない」。
これが発火点未満の感覚だ。
もちろん、スキルの高いドライバーであれば、安全マージンを確保したうえで性能を引き出すことも可能だろう。ただ、それが、少なくとも私にはできなかった。
第3章|市街地ではデメリットが前面に出る
市街地では、つまらなさはさらに顕在化する。
足は硬い、
路面入力は強い、
低速では神経質、
見切りの悪い車体、
ここでは性能のメリットはほとんど現れない。
結果として、
「硬い」「ゴリゴリしている」「神経を使う」
という印象だけが残る。
発火点から遠い環境では、「愉しさ」という報酬が少ない。それが「つまらない」という感覚につながる可能性は十分ある。
第4章|つまらないと感じる人たち
ここからは分類である。
1. サーキットに行かない人
性能を使い切る環境に行かない場合、GRヤリスの美味しい部分の多くは封印されたままだ。
2. ワインディング中心の人
GRヤリスはワインディングでも楽しい。しかし公道では安全マージンを確保せざるを得ない。発火点以降まで使い切るには相当なドライビングスキルが必要だ。
それはおそらく、ヘッポコな私だけの問題ではない。
3. 旧世代の荒さを愛する人
ランエボやインプレッサのように、破綻の匂いと隣り合わせの機械。あの「格闘感」を愛する人には、GRヤリスは優等生に見えるだろう。
その心理はよく理解できる。
4. トヨタという企業物語に乗れない人
「所詮は効率と金勘定の会社」と思っている人には、GRヤリスは計算ずくの製品に見えるかもしれない。精神性より合理性に見える。
どれも一理ある。2010年公聴会以前の私は完全にこの意見だった。
第5章|発火点を越えたとき
しかし。
発火点を越えると、景色は変わる。
安全が確保された環境で、
フルブレーキングを試す、
アクセルを床まで踏む、
回頭を詰める、
タイムという指標で検証する、
その瞬間、GRヤリスは単なる優等生ではなくなる。
限界が高く、破綻しにくく、再現性がある。
それは荒々しさとは異なる種類の興奮だ。
洗練と精度の快楽である。
ここで初めて、完成度の高さが報酬に転化する。
結論|GRヤリスはつまらないのか?
GRヤリスがつまらないのではない。
面白さが発火する条件が限定的なだけだ。
その条件に踏み込まなければ報酬は小さい。
だが条件を満たせば、極めて高い完成度の「走りを遊ぶ道具」になる。
私はこのクルマを選んだことを一度も後悔していない。
ただし、すべての人に勧める気もない。
なぜなら、このクルマは発火点を越える環境と意思を持つ人のための機械だからだ。
