プレジャーボートの性格は、海面と接するハル形状によって大きく決まります。
もちろん、
- エンジン出力
- 推進方式
- 重量配分
- 搭載重量
などもボートの正確には重要です。
しかし、それらを含めてもなお、
- どの速度域を重視しているのか
- 波をどのように切り裂きたいのか
- プレーニング以降を重要ししているのかいなか
といった設計思想は、まずハルに現れます。
ハル形状を見ると、その艇が何を優先し、何を後回ししたのかが見えてくる。
私はそう考えています。
今回は、そんな「ハルを見る視点」を整理してみます。
なお、本記事は一般的な小型〜中型プレジャーボートを念頭に置いた私見です。
実際の航行性能は、既述した各要素に加えて
- 燃料搭載量
- 重量物の
- ハル長とビーム比
- ストレーキやチャイン形状
などによって変化します。
また、本記事は常識的なハル長とビーム比を持つ一般的なプレジャーボートを前提としています。
Contents
デッドライズとは何か?

デッドライズとは簡単に言えば、
船底がどれだけV字になっているか
を表す角度です。
一般に、
- 深いV
→ 波を切り裂きやすい - 浅いV
→ 浮力効率が高い
という傾向があります。
ただ実際のハルは、
「船全体が同じV角」
ではありません。
バウからスターンにかけて、緩急を伴いながら連続した曲線を描いています。
私は、その連続して変化するデッドライズのなかで、特に3点に注目することで、その艇の設計思想がかなり読みやすくなると考えています。
なぜ3か所なのか?
もちろん実際のハルは連続した曲面です。
本来ならデッドライズも船体長方向に連続的に変化しています。
さらに、
- 速度域
- 重心位置
- 確度食度域での航行時のバウの上がり方によって、
実際に海と仕事をするハルの位置も変化するはずです。
つまり本来なら、
「どの位置のデッドライズが、どのような状況で重要になるのか」
を連続体として考えるべきです。
しかし、それをそのまま扱うと複雑になり過ぎます。
そこで本記事では、
- バウ
- ミッドシップ
- スターン
という3つの代表点へ単純化して考えてみます。
これは現実の連続現象を、人間が観察しやすい粒度へ圧縮しているだけです。
つまり、
「バウ・ミッド・スターンに3種類のデッドライズが存在する」
という意味ではありません。
連続して変化するデッドライズの中から、
代表的な3点を抜き出して観察する
という意味です。
1|バウのデッドライズ
どのように波へ入っていくのか
まず観察したいのがバウです。
バウは、プレジャーボートが最初に波と接触する場所です。
そのため、
- 波への進入性
- 波を切り裂く性能
- スプレー特性
- 低〜中速域の乗り心地
に強く関与します。
深いバウVを持つ艇は、
波面を左右へ分断しながら進む
傾向があります。
その結果、
- 突き上げが少ない
- ソフトな進入感になる
事が多い。
しかし、その代償もあります。
深いVは前方容積を削るからです。
つまり、
- 前部浮力
- 前方積載余裕
- キャビン容積
とのトレードオフになります。
鋭いバウを持つ艇を見ると、
設計者が、
前方容積を多少犠牲にしても、海へ入っていく性能を優先したかった
と読むことができます。
2|ミッドシップのデッドライズ
叩きと基礎浮力
次に観察したいのがミッドシップです。
航行中に人体が感じる、
- ドン
- ガン
という衝撃の多くは、
完全に船が海面から飛び上がるような状況でない限り、
ミッドシップ付近で発生していると考えられます。
つまりミッドシップのデッドライズは、
- 着水衝撃
- 荒天時のショック
- 乗り心地
と強く関係しているはずです。
しかし、ここにも代償があります。
ミッドシップは、
船の基礎浮力を担う中心部
だからです。
つまり、
- 積載量
- 静止安定性
- 室内容積
を決める重要部分でもあります。
ここを深V化すれば、
- 乗り心地
- ショック低減
は得やすい。
しかしその代償として、
- 浮力効率
- 積載余裕
- 居住性
を失いやすい。
ミッドシップを見ると、
乗り心地と基礎浮力のどちらを優先したのか
が見えてきます。
3|スターンのデッドライズ
どの速度域で効率を発揮したいのか
最後に観察したいのがスターンです。
ここで少しだけ、
浮力と揚力の違いを整理しておきます。
浮力とは、
水を押しのける事で得られる静的な支える力
です。
一方、揚力とは、
水流との相対運動によって発生する動的な支える力
です。
プレジャーボートは速度が上がるにつれて、浮力だけでなく揚力の寄与も大きくなります。
重要なのは、
速度域によって、
浮力と揚力の比率が変化する事です。
スターンのデッドライズは、
その艇が想定する速度域において、
どれだけ効率よく艇を支えたいのかと強く関係しているように見えます。
スターンVが浅い艇は、
- 揚力を得やすい
- 抵抗が少ない
- 少ない出力で速度を伸ばしやすい
傾向があります。
一方で深いスターンVは、
- 荒天追従性
- 波中安定性
を得やすい。
ただし、
- 燃費
- 浮力効率
- 積載余裕
は後回しになりやすい。
つまりスターンを見ると、
設計者がどの速度域で効率を発揮させたかったのか
が見えてきます。
ここで1つの疑問が生まれる
ここまでの話は、ハルを静止した物体として見ています。
しかし実際のプレジャーボートは航行しています。
そして航行中の艇は、
- 加速する
- 減速する
- ピッチングする
- ロールする
つまり常に姿勢が変化しています。
すると、
本当に
- バウ
- ミッドシップ
- スターン
という3つの観察点を固定して良いのでしょうか。
私はそうは思いません。
重心位置によって、3つの場所そのものが変化する
同じハルでも、
重心位置が変わると走りはかなり変わります。
重心位置は、
- 推進方式
- 燃料搭載量
- 重量物の配置
などによって変化します。
近年は同じハルに、
- 船外機仕様
- 船内外機仕様
など複数の推進方式が設定される艇も珍しくありません。
私は、この重心位置の違いが、
先ほどの
- バウ
- ミッドシップ
- スターン
という3つの観察点そのものを動かしていると考えています。

船外機艇では、3つの場所が後退する
船外機は重量物を船尾外へ配置します。
そのため、
- 重心後退
- 船尾荷重増加
が起きやすい。
すると、
船首はやや浮き上がり、
船尾は沈み込みやすくなります。
結果として、
海面と最初に仕事をする場所も後方へ移動する。
例えばバウを見る場合でも、
船首先端を見るのではなく、
実際に海と仕事している場所を見るべきでしょう。
すると、
バウのデッドライズとして観察すべき場所
そのものが後方へ移動する事になります。
ミッドシップやスターンについても同様です。
シャフト艇では、3つの場所が前進する
一方、シャフト艇では、
エンジンが船体中央より前方へ配置される事が多い。
その結果、
- 重心前進
- 前方荷重増加
が起きやすい。
すると、
実際に海と仕事をする場所も前方へ移動します。
つまり、
船外機艇とシャフト艇では、
同じハルであっても、
実効的なバウ・ミッド・スターン
として考えるべき場所が異なる可能性があります。
私が見ているのはハルではなく接水現象なのかもしれない
ここまで整理していて、私はある事に気付きました。
私はハルを見ているつもりでした。
しかし実際には、
ハルと海との関係
を見ているのかもしれません。
ハルは静的な物体です。
しかし、
- 接水位置
- 圧力分布
- 浮力
- 揚力
- トリム角
は常に変化しています。
つまり実際に意味を持つのは、
静止したハル形状
ではなく、
運動中にどこがどのように海と仕事しているのか
です。
だから私は、
連続して変化する現象を、
- バウ
- ミッドシップ
- スターン
という3つの代表点へ圧縮して観察しています。
最後に
プレジャーボート設計では、
すべてを同時に最大化する事は出来ません。
- 波を切り裂きたい
- 叩きを減らしたい
- 船足を出したい
- 積載したい
- キャビンを広くしたい
- 燃費を良くしたい
これらは、多くの場合トレードオフです。
だから設計者は、
- どこでVを深くするか
- どこで浮力を稼ぐか
- どこで揚力を稼ぐか
を選択しながら艇を設計しています。
ハル形状を見ると、その艇が何を優先し、何を後回ししたのかが見えてくる。
私はそう考えています。
中古艇展示場やマリーナで艇を見る時、カタログや宣材写真だけではなく、ぜひハルにも目を向けてみてください。
これまでとは少し違ったプレジャーボートの姿が見えてくるかもしれません。
