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外洋クルーズは命の洗濯である
プレジャーボートで太平洋をクルーズするのは、孤独を愛する人間にとって最高の命の洗濯になる。
深い青の海。
雲の切れ間から差し込む日差し。
そして東京湾ではまず感じることのない長周期のウネリ。
どれもが東京湾内とも、もちろん地上とも全く違う世界である。
外洋を航行した経験のある人は意外に少ない。
長年ボートに乗っている人でも、外洋へ出ることなく東京湾内だけで楽しむ人は少なくない。
そこで今回は、私が感じている外洋クルーズの世界について書いてみたいと思う。
外洋のウネリは時に目に見えない
東京湾を出て最初に気づくのは、海そのものの性質が違うことだ。
特に印象的なのがウネリである。
外洋のウネリは波長が長い。
長すぎて、時には目で見ても分からない。
ところが船は正直だ。
同じスロットル開度で走っていても、
ウネリの上り面では船速が落ちる。
エンジンの唸りがやや大きくなる。
逆にウネリの下り面では船速が上がる。
エンジン音も少し静かになる。
視覚では分からなくても、
船速とエンジン音が、
「今、ウネリの上り面にいる」
「今、ウネリの下り面にいる」
ことを教えてくれる。
東京湾ではなかなか味わえない感覚である。
外洋には人がいない
東京湾を出て、伊豆大島を右手に見ながら南東へ向かう。
漁船を見かけることはある。
大型船を見ることもある。
しかしそれは時々だ。
ほとんどの場合、
見渡す限りの水平線の内側には私一人しかいない。
東京湾では常に周囲を船に囲まれている。
大型船。
漁船。
プレジャーボート。
フェリー。
様々な船が行き交う。
しかし外洋へ出ると景色が変わる。
海と空。
そして自分だけ。
そんな時間が続く。
外洋は静かだが油断できない
外洋は人が少ない。
だからといって気を抜けるわけではない。
むしろ大型船は結構な速度で走っている。
数分の間に相対位置が大きく変化する。
そこで私はレーダーを活用する。
レーダーのレンジは有効範囲内でできるだけ広く取る。
オートパイロットで直進を保持する。
余計な操船負荷を減らす。
認知負荷を減らす。
そうすることで、
watchとリラックスを両立させる。
私はこの感覚が好きだ。
適度な緊張感を保ちながら、
同時に心は静かでいられる。
艇内環境も外洋向けに変わった
愛艇が私の手元へ来てから、色々な工夫を重ねた。
最近は一人でのクルーズでは邪魔になるため、テーブルを取り払っている。
その方が空間を広く使えるからだ。
座る。
立つ。
周囲をwatchする。
少しリラックスする。
また立ち上がる。
姿勢を変える。
そうした行動を取りやすくしたかった。
さらに足を挙上して下肢のうっ血を防げる姿勢も取れるようにした。
もちろん周囲の監視は続ける。
ゲストがいる時には難しい。
しかし単独航行では非常に有効だった。
おかげで外洋クルーズはかなり楽になった。
音楽が不要になった
以前は大音量で音楽を流していた。
しかし最近は違う。
音楽が邪魔になった。
エンジン音。
ハルが海面を切る音。
風の音。
それだけで十分になった。
いや、むしろそれだけを聞いていたいのかもしれない。
外洋では余計な音が消えていく。
残るのは船と海と風だけである。
私は13ノットで走る
外洋をクルーズする時、私は速さを求めない。
13ノット前後で走ることが多い。
この速度だと、
ピッチングが少ない。
叩きも少ない。
watchも楽になる。
気持ち良く航行できる。
燃費も良い。
私の艇ではエンジン一基あたりおよそ13L/h程度だ。
燃料タンク容量は700L。
かなり余裕を見積もっても20時間程度は航行できる。
航続距離は約260海里。
約480kmである。
速さを競うためではなく、
長く海の上に居続けるための速度。
それが私にとっての13ノットである。
外洋では自由になれる
たまに気が向くと進路を変える。
たまに鳥山を探す。
たまに魚探で海面下数十メートルを探る。
たまにエンジンを止める。
そして潮と風に身を任せる。
誰かに急かされることもない。
信号もない。
渋滞もない。
予定もない。
ただ海がある。
そして自分がいる。
なぜ私は外洋へ出るのか
外洋クルーズとは、単に船を走らせることではない。
長周期のウネリ。
少ない船舶。
水平線だけの景色。
最小限の音。
認知負荷を減らすための工夫。
その全てが揃った結果として、人は少しずつ自分の内面へ入っていく。
だから私は外洋へ出る。
プレジャーボートの外洋クルーズとは、移動ではない。
孤独を愛する人間にとっての命の洗濯なのである。