初めてボートを買うとき、ひとつ難しい問題があります。
自分が海の上で何を一番楽しむ人間なのか、実際にボートを所有する前には十分に分からないことです。
最初は、ただ海を走ってみたいだけかもしれません。しかし、実際に所有してみると釣りに興味を持ったり、遠くの港まで出かけたくなったりします。家族や友人と楽しむつもりが、一人で海に出て静かに過ごす時間を何より大切に感じるようになるかもしれません。
しかも、購入時に選んだ船の構造や装備によって、その後に経験できる遊びの範囲が決まります。
つまり、まだ自分でも知らない将来の興味に対して、現在の自分が一艇を選ばなければならないのです。
理屈コネ太郎の経験則では、初心者にとって良いボートとは、この問題に対応できるボートです。
所有し、使い、試していく中で生まれる興味を受け止め、オーナー自身の楽しみ方を発見させてくれるボートです。
ボートは、遊び方を発見する道具でもある
ボート遊びには、いくつもの方向性があります。
まずは釣りです。
岸からの釣りとは違い、自分で魚のいる場所を探して移動できます。魚を探す過程に、狩りにも似た高揚感を覚える人もいるでしょう。
あるいは、静かな入り江にアンカリングして、周囲の景色を眺めながら釣りに集中するのも楽しいものです。
クルージングにも、さまざまな楽しみ方があります。
穏やかな海面を、船体の動きが心地よく感じられる速度で走る。海岸線や遠くの島を眺めながら、陸上の生活から少し距離を置く。
航行中に鳥山を発見し、周囲の状況を確かめながら、その海域へ向かってみることもできます。
そして、ボートを交通手段として使う楽しみもあります。
陸路では訪れにくい港町や入り江へ出かける。少し離れたマリーナを訪ねる。島に渡る。船中泊をしながら別の海域へ移動する。
こうしたボート旅では、目的地へ到着することと同じくらい、自分で船を操って海を渡る過程そのものが楽しみになります。
海という自然の中で、自分の身体を守り、遠くまで運んでくれるボートに、次第に強い親しみを覚えることもあります。
実際に経験することで初めて、その遊びが自分に向いていると分かる場合があります。そして、一つの遊びを経験することから、次の興味が生まれます。
ボートは、持ち主の興味を実現すると同時に、持ち主が自分の興味を発見するための道具でもあるのです。
だからこそ、初めての一艇には、さまざまな遊びを試せる余裕があることが望ましいと考えています。
遊びの可能性と、出航の手軽さを両立させる
初心者がボートを選ぶ際には、二つの方向から考えると整理しやすくなります。
一つは、そのボートでどれだけ多様な遊びを経験できるかということです。
釣りができる。クルージングを楽しめる。荷物を積める。少し遠くまで航行できる。家族や友人と過ごせる。場合によっては船中泊もできる。
もう一つは、そのボートでどれだけ気軽に、安全に出航できるかということです。
離岸や接岸が容易で、少人数でも運用できる。維持管理の負担が自分の能力や経済力に収まり、出航の準備にも過度な手間がかからない。
多用途性を追求すると、船体は大きくなり、装備も増える傾向があります。一方、船体が大きく複雑になるほど、保管、整備、運用に必要な費用や労力も増えます。
ここで考えたいのは、自分が主にどのような水域でボートを使うかということです。
穏やかな湖や湾内で日帰りの遊びを楽しむなら、小型のオープンボートでも多様な経験ができます。沿岸を移動し、港や島を訪ね、船中泊まで楽しみたいなら、航続距離や積載力、居住性の余裕が重要になります。
将来の興味に対応できる余裕とは、自分がボートを使う環境の中で、これから試してみたい遊びの選択肢を多く残せることです。
小型艇は出航の手軽さに優れ、大型艇は活動の幅を広げやすいという、それぞれの利点があります。
大切なのは、自分が無理なく使い続けられる範囲で、将来の遊びの選択肢をできるだけ多く残すことです。
以下では、私が沿岸でモーターボートを使う中で、将来の遊びの選択肢を残すために重視するようになった条件を説明します。
実用航続距離に余裕があること
私が重視する条件の一つが、実用航続距離です。
実用航続距離とは、実際の燃料消費を踏まえ、必要な予備燃料を確保したうえで、安全に航行できる距離のことです。
航続距離には、燃料タンク容量に加えて、船体形状、推進機関、速度、積載状態、海況などが影響します。
沿岸を移動するボート遊びでは、十分な燃料を搭載でき、実際の航続距離に余裕があることが、活動の自由度を広げます。
近場でのクルージングから、離れた港への日帰り旅行、島への航海、さらには船中泊を含む長距離のボート旅へと、行動範囲を広げやすくなります。
また、航続距離の余裕には、もう一つの重要な意味があります。
航行中の状況に応じて、速度や目的地を選択する余裕が生まれることです。
多くの滑走型モーターボートでは、航行速度によって燃料消費率が大きく変化します。燃費のよい速度で走る計画であっても、事情によって速い速度域を選びたくなることがあります。
例えば、天候悪化の兆しを察知して早めに安全な港へ向かう場合や、船上で急病人が発生した場合です。
海況が許すなら速度を上げられますし、波が高くなれば安全な速度に落とし、必要に応じて進路や避難先を変更します。急病人への対応では、救助機関への連絡や最寄りの安全な港への移動も選択肢になります。
こうした判断を支えるのが、十分な燃料の余裕です。
出航前には、往復の航程、速度域ごとの燃料消費、予想される海況を確認しておきます。そのうえで必要な予備燃料を確保できるボートは、航行計画の自由度を大きく広げてくれます。
燃料の余裕は、目的地の選択肢と安全マージンの両方を広げるのです。
風、日差し、波しぶきから乗員を守れること
ボートは自然の中で遊ぶための乗り物です。
海上では風、日差し、雨、波しぶきにさらされます。穏やかな晴天の日でも、強い日射や走行風によって身体は疲労します。
こうした環境から乗員を守れることは、長時間のボート遊びを楽しむうえで重要です。
キャビン、ハードトップ、ウインドシールド、日除け、風除けなどの装備があれば、天候や季節に応じて快適な場所を確保しやすくなります。
特に家族や友人を乗せる場合、同乗者の快適性はボート遊びを続けられるかどうかに大きく影響します。
操船者には楽しい航海でも、同乗者が寒さや暑さ、波しぶきに疲れてしまえば、次の出航を楽しみにしてもらうことは難しくなります。
また、キャビンやハードトップのあるボートを選ぶ際には、操船席からの視界も確認したいところです。
航行中に前方や左右を見渡せることはもちろん、離接岸時に船首や船尾、接岸側の状況を把握しやすいことも重要です。
乗員を守る構造と良好な視界を備えたボートは、快適性と安全性の両面で、オーナーの活動を支えてくれます。
荷物と遊び道具を無理なく積めること
ボート遊びを始めると、想像以上に荷物が増えます。
飲み物や食べ物、着替え、タオル、掃除道具、工具、予備品、釣り道具、クーラーボックス、水遊びの道具などです。
所有を続けるうちに遊び方が増え、それに伴って必要な道具も変わります。
そのため、積載能力に余裕があり、荷物を整理しやすいボートは便利です。
特に重要なのは、何をどこに収納できるか、そして航行中も安全に保持できるかという点です。
係留索やフェンダー、釣り道具などを適切に収納できれば、人が移動する動線を確保できます。濡れた物と乾いた物を分けられる収納も役立ちます。
艇の許容積載量や重量配分を守りながら、多様な道具を積めることが望ましいでしょう。
こうした積載と収納の余裕は、新たな遊びを始める際の準備を容易にしてくれます。
アフトデッキは、広さとともに足場の質を見る
ボートの使い勝手を大きく左右する場所が、アフトデッキです。
アフトデッキとは、船体後方にあるデッキ部分です。
釣り、荷物の積み下ろし、水遊びの準備、ロープやフェンダーの扱い、乗り降り、接岸作業など、さまざまな場面で利用します。
つまり、アフトデッキはボート遊びの作業場であり、遊び場であり、安全な運用を支える場所でもあります。
ここで私が特に重視しているのは、足元の凹凸が少なく、フラットであることです。
海上では船体が絶えず揺れています。
揺れに合わせて身体のバランスを取るとき、人は足を小さく動かして立つ位置を修正します。通常の歩行よりも、足を摺るように動かす場面も多くなります。
その際、足元に段差や突起があると、靴が引っかかって転倒する危険があります。
特に、ロープを扱っているとき、釣りに集中しているとき、荷物を抱えているときには、足元を常に見ている余裕がありません。
したがって、アフトデッキを評価する際には、実際に立って動いてみることをおすすめします。
小さな足運びで位置を変えられるか。滑り止めは十分か。身体を支える手すりや手掛かりがあるか。排水は適切か。作業中に足を取られる場所がないか。
こうした点は、実際の海上での安全性に直結します。
フラットなうえに十分な広さがあれば、理想的です。
しかし、デッキの面積は船体サイズによって制約されます。そのため、限られた面積の中で、安全に立ち、移動し、作業できる場所がどれだけ確保されているかが重要になります。
使いやすいアフトデッキは、釣りにも、クルージングにも、接岸作業にも役立ちます。
シングルハンドで扱えること
初心者にとって見落としがちですが、非常に重要なのが、シングルハンドでの運用のしやすさです。
シングルハンドとは、一人でボートを扱うことです。
離岸し、航行し、接岸し、係留する。これらを自分一人で安全に完結できるボートは、出航の自由度が高くなります。
ボートを所有すると、家族や友人と出かける日もあれば、思い立って一人で海へ出たくなる日もあります。
自分一人で扱えるようになれば、同乗者の予定に左右されず、出航する機会を増やせます。
ここで重要なのは、船体の大きさとともに、実際の操船と作業のしやすさを評価することです。
操船席から周囲を確認しやすいか。係留索を扱う位置まで安全に移動できるか。低速時の船体挙動を把握しやすいか。風や潮流の影響を受けたとき、余裕を持って対応できるか。
船舶では、推進方式や舵の配置によって低速時の動き方が異なります。回頭するときには船尾が大きく横へ動くことがあり、プロペラによる横方向の力が影響する場合もあります。
そのため、購入後は経験者の指導を受けながら、離接岸や後進、狭い場所での取り回しを十分に練習することが大切です。
自分のボートの挙動を理解し、航行環境や自身の習熟度に応じて一人でも安全に運用できるようになると、ボートとの付き合い方が変わります。
シングルハンドでの運用能力は、出航するために必要な人的条件を小さくし、オーナー自身の自由を広げてくれます。
初心者にとって、小さいボートが最適とは限らない
初心者向けのボートとして、小型艇を考える人は多いでしょう。
小型艇には、購入価格や維持費を抑えやすく、取り回しが軽く、気軽に出航できるという利点があります。
一方、船体が小さくなるほど、積載力や居住性、燃料搭載量などに制約が生じやすくなります。風や波の影響を受けたときの挙動も、船体形状や重量によって変わります。
ある程度の大きさを備えたボートなら、航続距離や積載力、乗員の快適性に余裕を確保しやすくなります。
こうした余裕は、これから自分の遊び方を発見していく初心者にとって、大きな魅力です。
ただし、大型化に伴って維持費や整備の負担が増え、離接岸や係留に必要な条件も変わります。
そして、ボート遊びの経験は、実際に出航することで蓄積されます。
多様な遊びができる能力を持っていても、維持費や準備の負担が大きく、出航する機会が少なくなれば、その能力を活用する機会も減ってしまいます。
そこで私は、自分が安全に維持・運用できる範囲で、実際に経験できる遊びの幅ができるだけ広くなる艇を選ぶことが合理的だと考えています。
そのためには、購入価格だけで予算を決めず、艤装、初期整備、保管、保険、定期点検、燃料、消耗品、操船練習などに必要な費用も見積もります。さらに、故障や予期しない修理に対応できる資金を残しておくことが重要です。
保管場所や係留施設の条件、必要な操縦資格、利用する水域の法規、整備を依頼できる体制も、購入前に確認しておきたいところです。
特に中古艇では、購入後に必要となる整備費用に大きな幅があります。船価が安いほど、整備費や修理費が購入価格に対して大きな割合を占める場合があります。
また、維持管理のしやすさも艇選びの重要な条件です。
エンジンや主要機器を点検しやすい構造か。修理や部品調達に対応できる体制があるか。日常の手入れにどれだけ労力が必要か。
こうした条件は、購入後に安全な状態で出航を続けられるかどうかに関係します。
ボートのサイズや船首形状、室内空間と航行性能の関係については、別記事『初めてのマイボート選び|室内空間と航行性能のトレードオフとは?』でも詳しく述べています。
購入後の後悔につながりやすい問題については、『プレジャーボート購入で後悔しないために|実体験から分かった4つの落とし穴と対策』も参考にしてください。
私の場合|多用途艇を所有して分かったこと
私が所有している Jeanneau Merry Fisher 895 Sport は、釣り、クルージング、船中泊など、さまざまな使い方ができるボートです。
実際に使う中では、波切り性能にもう少し余裕が欲しいと感じる場面もありました。
しかし、このボートは私に多様な海遊びを経験する機会を与えてくれました。
近場で過ごすこともできれば、遠くの港や島へ出かけることもできます。一人で海へ出ることも、同乗者と楽しむこともできます。
実際に所有し、使い続けてきたからこそ、自分が何を重視するのか、どのような航海に魅力を感じるのかが、以前より明確になりました。
ボートの性能には、それぞれ得意な用途と設計上のトレードオフがあります。
そして、多用途なボートの価値は、複数の遊び方を試し、その中から自分の好きなものを発見できることにあると感じています。
私にとって、この経験は初めてのボート選びを考えるうえで重要な判断材料になっています。
初艇選びの全体像については、別記事『初めてのマイボートの選び方|全体的な事柄』でも整理しています。
自分の可能性を広げてくれるのが、良いボート
ボートを購入するときには、価格、サイズ、速力、デザイン、装備など、さまざまな条件を比較します。
それらの条件が自分にとってどのような価値を持つのかは、実際にボートを使っていく中で次第に明らかになります。
最初は単に海を走りたかった人が、釣りを好きになるかもしれません。近場のクルージングを楽しんでいた人が、離島への航海に魅力を感じるようになるかもしれません。
家族や友人を乗せる楽しさからボートを買った人が、やがて一人で海に出る時間に、自分ならではの価値を見いだすこともあるでしょう。
その興味を発見するためには、さまざまな遊びを試せる船の能力と、実際に出航を重ねられる運用の容易さが必要です。
そして、その両方を支えるのが、自分の技量、利用環境、経済力に見合った一艇を選ぶことです。
人の興味は、経験によって変わります。その変化は、新しい楽しみ方を知り、自分自身への理解を深めていく過程でもあります。
初めてボートを選ぶということは、今の自分が欲しい船を選ぶと同時に、これから知る自分のために、海での可能性を残しておくことでもあるのです。