スマホ・一眼・コンデジはどう使い分ける?|撮影場面ごとの機材選び

スマホ、一眼カメラ、コンデジ、銀塩カメラ、GoPro、360度カメラ。撮影機材には、それぞれ得意な場面があります。

私の場合、日常の記録ならスマホ、超望遠や超広角、大口径レンズを使って明確に撮りたい写真があるならOM-1、自分撮りを含む動画ならLumix G100、ボートやクルマを一人で操縦している様子ならGoProやInsta360という具合に使い分けています。

そして、もう一つ重視しているのが、撮影現場における機材の存在感です。カメラの大きさや外観によって、周囲の人や被写体の反応は変わります。これも実際の撮影では、機材選びを左右する要素になります。

本記事では、私が所有する複数のカメラやスマホを、どのような場面で使い分けているのか、その基準を整理します。

以下は、『理屈コネ太郎』自身の使用経験から整理した私見です。

私が使っている撮影機材

現在稼働できる銀塩カメラは、Canon New F-1とA-1。

デジタルカメラはOM-1を3台、Lumix G100、10年以上前のコンパクトデジカメを2台所有しています。

そのほか、GoPro HERO11、Insta360 X3、そして超破壊兵器iPhoneがあります。

これだけ種類があると、撮影のたびに全部を持ち出すわけにはいきません。

何を撮るのか。どこで撮るのか。どんな写真を作りたいのか。

それに合わせて機材を選びます。

日常の撮影ではスマホが当然強い

特別な撮影意図がなく、日常の出来事をそのまま記録する場面では、スマホがとてもよく働きます。

「もうスマホでいいんじゃん」という人の気持ちは、よく分かります。

実際、日常のスナップ、食事、旅行中のちょっとした風景、人との記念写真などでは、スマホは非常に使いやすい撮影機材です。

撮影後、その場ですぐにSNSやメッセージで被写体本人へ写真を送れることも大きな魅力です。

人物撮影でも、スマホには独特の強さがあります。

私が撮影してきた女性の中には、自分が魅力的だと思える表情やポーズをよく理解していて、その姿を写真に残したい人が多くいます。いわゆるキメ顔やキメポーズです。

そういう写真では、スマホの画像処理まで含めた撮影システムが実によく働きます。

すごい美人は、スマホで撮ってもすごい美人です。

さらにスマホ側の画像処理によって、本人にとって好ましい写真へ仕上がることもあります。

日常の人物撮影まで含めれば、スマホは非常に完成度の高い撮影道具です。

撮りたい写真が明確ならレンズ交換式カメラ

「こういう写真を、こういうふうに撮りたい」

という構想が先にある場合、レンズを交換できるカメラの出番です。

超望遠、超広角、マクロ、大口径レンズ。

こうした光学的な特徴を使えば、人間の肉眼とは違う方法で事象を切り取れます。

私の場合、この役割をOM-1が担っています。

たとえば人物撮影でも、撮影者側の構想によって、その人の別の魅力を切り取ることができます。

ものすごく美人な人を、さらにものすごく美人に撮りたい。

あるいは、本人自身もまだ気づいていない美しさを写真として切り取りたい。

そんなときには、広角、標準、中望遠の明るいレンズを使い分けられることが大きな武器になります。

F1.2より明るいレンズが広角、標準、中望遠とそろっていると、もう傑作確定みたいな気分になります。

実際の出来は撮影者の構想力と腕次第ですが、この「撮りたいものから機材を逆算する」感覚こそ、レンズ交換式カメラを使う楽しさだと思っています。

一眼の価値は、撮影可能領域の広さにある

私がレンズ交換式デジタルカメラに感じる大きな価値は、撮影可能領域の広さです。

交換レンズによって焦点距離やF値を大きく変えられる。露出やシャッタースピードを撮影者自身が選べる。さまざまなアクセサリーを組み合わせられる。

まず、光学的・機能的な汎用性があります。

さらに、屋外で使うことを強く意識した機種には、防塵防滴、耐衝撃性、手振れ補正、動体に対応するAFなど、厳しい撮影条件へ踏み込むための性能があります。

この汎用性と耐久性が組み合わさることで、撮影者が選べる条件の幅が広がります。

私が面白いと感じるのは、そこからさらに先です。

定石や方法論から離れ、露出やシャッタースピードを意図的に大きく外す。

水飛沫、振動、衝撃など、機材にとって厳しい場所へ持ち込む。

普通なら選びにくい条件でも、その事象を撮りたいと思えば撮影を試みる。

それができます。

機材の損耗も撮影コストになる

ボートやヨットへカメラを持ち込むと、この考え方はさらに明確になります。

海上では、機材が水飛沫を浴びることもあります。船が揺れれば、何かにぶつけたり落としたりする可能性もあります。

そして私は、機材を守ることを撮影の目的以上の位置に置きません。

欲しい画像に十分な価値があると判断すれば、機材の損耗や破損まで撮影コストとして織り込みます。

もちろん、もともとの耐久性は高い方が喜ばしい。

高い耐久性は、損耗に至るまでに使える余裕を大きくしてくれます。

そして、その余裕を超える条件へ踏み込むかどうかは、得たい映像の価値と機材の損耗コストを比較して撮影者が決めればよい。

デジタルカメラには、もう一つ面白い性質があります。

仮に撮影後にボディが撮影続行不能になっても、記録媒体が無事で、そこまでのデータが正常に書き込まれていれば、画像を回収できる可能性があります。

つまり、機材そのものが無事に帰ってくることと、撮影成果を持ち帰ることは、必ずしも同じ条件ではありません。

その一枚、その映像に、機材の損耗コストを上回る価値がある。

そう判断したなら、私は機材を使います。

カメラ任せで正解を得るのではなく、撮影者自身が正解から外れる自由を持てる。

私にとって、これもレンズ交換式デジタルカメラを使う大きな面白さです。

被写体本人が求める写真と、撮影者が撮りたい写真

人物撮影では、被写体本人が求めている写真と、撮影者が撮りたい写真が一致する場合もあれば、別の方向を向く場合もあります。

被写体本人は、自分が魅力的だと感じる姿を、自分なりによく知っています。

撮影者は、光、構図、焦点距離、表情、背景などを組み合わせて、自分なりの美しさを探します。

スマホは前者を非常に上手にこなします。

レンズ交換式カメラは、後者を深く追い込むための自由度を与えてくれます。

この二つは、優劣というより役割の違いです。

ただし、撮られ慣れした人物を前に、OM-1を3台並べ、広角、標準、中望遠を行ったり来たりしながらモタモタしている姿は、たぶんあまり格好よくありません。

華麗なレンズ交換くらいは練習しておいた方がよさそうです。

Lumix G100は動画とサブカメラ

Lumix G100は、野外での動画撮影、特に自分撮りをするときに持ち出します。

また、OM-1と同じマイクロフォーサーズ規格なので、レンズを多数同時運用したい場合のサブカメラとしても使えます。

OM-1を3台持ち出して、それでもボディが足りない場面ではG100も駆り出します。

この組み合わせで少し困るのが、操作体系の違いです。

OM-1からG100へ持ち替えると、ボタンやメニュー操作で一瞬考えることがあります。

複数メーカーのカメラを同時運用すると、こういう小さな摩擦が積み重なります。

GoProとInsta360は、撮影者自身まで撮れる

GoProとInsta360は、一人でボートやクルマを操縦している自分や、船体・車体の動きを撮影するときに使います。

操縦中はカメラを手に持てません。

そこで、小型のアクションカメラをあらかじめ固定しておけば、通常のカメラとはまったく違う視点から撮影できます。

一人で遊びながら、その遊んでいる自分自身まで記録できる。

この用途では、GoProやInsta360が実に面白い働きをします。

古いコンデジには、古いコンデジの面白さがある

所有しているコンパクトデジカメは、もう10年以上前の機種です。

起動も遅く、現在の機種と比べれば古さを感じる部分もあります。

それでも、ときどき持ち出します。

古い電子技術で何気なく写真を撮り、その結果を見ること自体が面白いからです。

現代のスマホとは違う画像処理によって、思いがけない雰囲気の写真が出てくることがあります。

飲み会などで人物を撮影するときにも、古いコンデジは案外使いやすい。

スマホほど日常的な道具には見えず、大きな一眼ほど大げさにも見えない。

場の雰囲気を壊さずに、「今ちょっと写真を撮っています」という軽いフォーマル感を作ってくれます。

パーティーでは機材の存在感も役に立つ

ちょっとしたパーティーのような場所では、少し存在感のあるコンデジや、エントリークラスの一眼カメラくらいがちょうどよいと感じます。

カメラそのものの存在感が、普段とは少し違う場の雰囲気に合います。

同時に、会場でギャラを受け取って撮影しているプロ写真家の機材とは明らかに違う。

その程度の存在感が、自分には心地よいのです。

ここまで来ると、機材選びには画質や性能に加えて、撮影現場での役割も加わります。

カメラは撮影道具であると同時に、撮影者がその場でどのような立場にいるのかを周囲へ伝える道具にもなります。

大きなカメラを持つと、周囲の反応が変わる

大きくてメカメカしいレンズ交換式カメラを構えていると、周囲の人が、

「ああ、この人は撮影に集中しているんだな」

「もしかするとプロなのかな」

と受け取ってくれることがあります。

大きなカメラには、「どうだ!」という、ごくわずかな威嚇力があります。

その結果、声をかけるのを遠慮してくれたり、カメラと被写体の間を横切るのを待ってくれたりします。

撮影者も、その場を構成する人間の一人です。

撮影機材は周囲の人の行動にも影響を与えます。

だから私は、撮影現場で自分がどう認識されるかも、機材選びの要素として考えています。

関連記事:OM-1を持ち歩くと「プロですか?」と聞かれる|凝集感のあるカメラが与える印象

銀塩カメラを持つと「趣味人」に見えるらしい

一方、銀塩カメラでフィルム交換などをしていると、

「ああ、この人は趣味人なのね」

という見え方になるらしい。

すると、ときどき年配の男性から、

「俺も昔、写真に凝っててさあ」

と声をかけられます。

そこで、

「そうなんですか。カメラは何で、どんな写真を撮ってたんですか?」

と聞くと、

「んー、何だったかなあ。どんなだったかなあ」

となって、それ以上話が弾まないことがあります。

ちょっと迷惑です。

モーターサイクルでも、似たことがよく起きます。

いわゆる「ナンシーおじさん」と同じ現象なのかもしれません。

私は、相手が本当に興味を抱いてくれている場合や、自分が本気で知りたいことを相手が知っていそうな場合には喜んで話します。

それ以外の雑談は、かなり早めに切り上げます。

私自身もお爺ちゃんの域に達しつつあります。

残り少ない時間は、自分が面白いと思うことに使いたい。

ちなみに私の経験では、年配の女性からこうした薄い雑談を仕掛けられることは比較的少なく、もう少し内容や共感を含んだ言葉が返ってくることが多い気がします。

一方、ときどき信じられないほど自己中心的で攻撃的な言葉を投げてくるのも、お婆ちゃんの方が多い気がします。

お爺ちゃんよりお婆ちゃんの方が、何事においてもだいたい上手な感じです。

私はカメラ本体よりレンズを重視する

ところで、『理屈コネ太郎』は、写真機という機械そのものにはあまり強いこだわりがありません。

YouTubeなどの新機種レビューも、ほとんど見ません。

メーカーが心血を注いで開発する新型カメラには、毎回さまざまな改良が盛り込まれます。

それでも私の場合、扱い慣れた操作体系の価値がかなり大きい。

自分の撮影に大きな変化を与えてくれそうな新機構が登場したときに、新機種への関心が高まります。

一方、レンズの動向にはそれなりに注意しています。

純正だけでなく、他メーカーやサードパーティーのレンズも含めて見ています。

写真の出来への貢献度についての私の肌感覚は、

着想 >> レンズ >>>> カメラ

くらいです。

自分の着想を現実にしてくれそうなレンズは、いつも探しています。

精緻で正確な描写性能より、私は実際の撮影で役立つ条件を見ます。

コンパクトさ、手振れ補正、耐塵耐水性、耐衝撃性、焦点距離、F値。

……と書いてみましたが、実際には焦点距離とF値を一番よく見ています。

カメラを愛でるより、撮って結果を見る方が好き

私は、カメラという機械を眺めること以上に、撮影することと、その結果を見ることを楽しんでいます。

デジタルカメラでは、撮影枚数をほとんど気にせず試せます。

だからバンバンいろいろな撮り方をして、撮った写真をガンガン見て、直感的に残す画像を選びます。

この自由さは、現在のデジタル写真の大きな魅力です。

ただし、機械の「佇まい」にはかなり惹かれます。

人の生きざまや姿勢、クルマやモーターサイクルと同じように、カメラにもカッコよさ、美しさ、端正さがあります。

そこには私はわりと執着します。

OM SYSTEMの機材は、私には格好よく見える

Canonユーザーには申し訳ありませんが、最近のCanonのなで肩気味のフォルムは、私の好みから少し外れます。

そのため、デジタル移行以降、Canonのカメラを購入したいと思ったことはありません。

Canonユーザーの皆さん、ごめんなさい。

蛇足ですが、銀塩時代のCanonのデザインは凄えカッコよかったと思っています。

その点、OM SYSTEMの機材は私には格好よく見えます。

軍艦部に液晶を使っていないところも好きです。

システム全体を比較的コンパクトに組める点も気に入っています。

日の光が十分にある屋外、それもオフグリッドな野外での撮影では、マイクロフォーサーズのコンパクトさと頑丈さが大きな助けになります。

ライカは「機材が周囲に与える印象」の極端な例

唐突ですが、ここでライカに話が飛びます。

ライカには、カメラに詳しくない人にも感じ取れる、独特の気品や凝集感があるように私は感じています。

私の周囲で、カメラに詳しくない人にライカとそれ以外のレンジファインダー型カメラを見せて、「どちらが端正に見えるか」と尋ねると、ライカを選ぶ人が多い印象があります。

この佇まいは、撮影者に対する周囲の認識にも作用するのでしょう。

「この人は、良い写真を撮る人かもしれない」

そんな期待を被写体に抱かせることも、撮影現場では一つの力になります。

被写体も人間です。

どうせ撮られるなら、良い写真を撮ってくれそうな人に撮ってもらいたい。

撮影機材の外観や存在感は、そうした撮影現場の空気にも参加しています。

私にとってライカは「超高級デジタル写ルンです」

ここからはさらに私見です。

熟練した写真家がライカを選ぶ理由の一つには、この端正な佇まいによって周囲や被写体を自然に納得させられることがあるのではないか、と私は推察しています。

もう一つは、比較的素の写真機を使いながら、自分の構想力と技術で写真を成立させることそのものに意味があるのかもしれません。

つまり私の中では、ライカは構成力と技術を持った人ほど面白くなるカメラです。

乱暴に言えば、

超高級デジタル写ルンです。

褒め言葉です。

私は、ライカを持って船へ撮影に行く自分の姿はあまり想像しません。

船上で私が撮りたい写真では、超望遠、超広角、自動露出、強力な手振れ補正、防塵防滴、オートフォーカスといった現代的な機能が大きく働きます。

OM-1やM.ZUIKOレンズは、船の揺れでテーブルくらいの高さから床へ落としてしまったことが何度かあります。

今のところ、元気に仕事を続けています。

そういう頼もしさも、私の撮影では重要です。

撮影機材は、撮りたい写真と撮影現場で選ぶ

結局、私の機材選びはかなり単純です。

日常ならスマホ。

明確な構想があり、広い撮影可能領域を使いたいならOM-1。

動画や自分撮りならLumix G100。

ボートやクルマを操縦している自分まで撮るならGoProやInsta360。

目立たず少し違った写真を楽しみたいなら古いコンデジ。

銀塩そのものを楽しみたい気分ならNew F-1やA-1。

そして、その場所でカメラを持つ自分が周囲からどう見えるのかも少し考える。

何を撮りたいのか。

どこで撮るのか。

誰を撮るのか。

どんな視点から撮るのか。

どこまで撮影条件を広げるのか。

その映像のために、どこまで機材の損耗コストを引き受けるのか。

その場でどのような撮影者として振る舞いたいのか。

その条件が決まれば、持ち出す機材も自然に決まります。

超望遠、超広角、明るいレンズ、自動露出、手振れ補正、防塵防滴、オートフォーカス。

現代技術によって履かせてもらえる下駄をバンバン利用して、撮りたい写真を撮る。

それが『理屈コネ太郎』の写真です。


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著者紹介は
理屈コネ太郎の知ったか自慢|35歳で医師となり定年後は趣味と学びに邁進

作成者: 理屈コネ太郎

元消化器内視鏡医・産業医。現在は社会・人間行動・構造分析をテーマに執筆活動を行う。定年退職後はヨット・ボート・クルマなど趣味と構造研究の日々を過ごす。

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