キャリーとナターシャ|SATCが描いた交わらない二つの世界

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はじめに

『セックス・アンド・ザ・シティ』(SATC)には、数々の恋愛模様と女性同士の関係が描かれます。その中で、キャリー・ブラッドショーとナターシャ・ナギンスキーの関係は、一見するとビッグを巡る典型的な三角関係のように見えるかもしれません。
しかし、二人の間にあるのは単なる恋愛感情の衝突ではなく、ニューヨークという都市が持つ階層構造が生み出す距離感です。この距離感はあからさまに語られず、視線、会話、衣装の細部に巧みに滲ませることで、SATCは恋愛ドラマの枠を超えた深みを獲得しています。


出自と文化資本の対比

このバックグラウンドの差は、台詞で説明されることはありません。SATCはあえて言葉にせず、態度や場面の選び方で静かに提示します。


ソフトな境界線 ― シーズン3・第7話「Drama Queens」

キャリーが、ビッグとナターシャの社交的な集まりに同席する場面。
話題は私学、別荘、寄付イベントなど、古参的文化資本に根差したものばかり。キャリーは会話に参加できても、そこに育った人間の「無意識の余裕」には届きません。

衣装も象徴的です。キャリーはブランドをミックスした華やかな装いで個性を主張。対してナターシャや友人たちは控えめな色調と上質な素材で「場になじむ」服を着こなしています。
和やかな空気の中に、見えない境界線が静かに引かれているのがわかります。


ハードな境界線 ― シーズン3・第17話「What Goes Around Comes Around」

街角で偶然ナターシャに遭遇し、階段で追いつくキャリー。
ナターシャは感情を抑えながらも、「二度と私の前に現れないで」とだけ告げます。

その一言は恋愛の決別であると同時に、「あなたは私の世界の人ではない」という明確な線引きでもあります。
背景の高級住宅街、ナターシャのシンプルで完璧な装い、キャリーのややカジュアルな服装――映像的にも、二人の世界が交わらないことが強調されます。


AJLTで再び示された境界 ― 100万ドルの相続辞退

スピンオフ『And Just Like That…』でビッグが亡くなった後、生前の遺言により、ナターシャには100万ドルの相続が明記されていました。ビッグがなぜそうしたのか、その意図は語られません。
しかし、ナターシャはこの申し出をあっさりと辞退します。キャリーのモノローグでその事実が簡潔に語られるだけですが、この一件は二人の文化資本と価値観の差を端的に示しています。

キャリーなら迷わず受け取ったであろう大金を、ナターシャは「受け取らない」という選択で静かに線を引く。これは単なる気高さではなく、「自分の領域を保つ」ための行動です。
SATC本編で描かれた階層の境界は、AJLTのこの短いエピソードで改めて鮮やかに浮かび上がります。


SATCが衝突を正面化しない理由

現実のニューヨークでは、古参と新参の間に摩擦や軽蔑があるのは珍しくありません。
しかし、SATCはこの衝突を正面から描きません。制作側、特に主演でプロデューサーでもあったサラ・ジェシカ・パーカー(SJP)は、ニューヨークを「全員に開かれた夢の舞台」として描くブランド戦略を重視していました。

そのため、階層間の境界はほのめかしに留め、視聴者に「努力すれば自分もあの世界に近づけるかもしれない」という余白を残しています。


二人が象徴するニューヨーク

  • キャリー:努力と創意で自分を築いた新参者。自由で奔放、自己表現を武器にする。

  • ナターシャ:生まれながらの資本と文化を持つ古参者。控えめな洗練と沈黙で存在を示す。

二人は交わらないまま、同じ街に存在します。その距離感こそ、SATCが描くニューヨークのリアリティであり、美しさです。


おわりに

キャリーとナターシャの関係は、単なる恋愛ドラマではありません。
それは、都市の重層構造と、人間関係の自然な非交差を背景にした物語です。
SATCはこのテーマを言葉で説明せず、ファッション、間、沈黙、そしてAJLTでの100万ドル辞退という短い挿話にまで込めています。
だからこそ、何度見返しても新たな発見があるのです。


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