横須賀市で、「浦賀駅前周辺地区活性化事業」という大規模な再開発構想が進められています。
(この記事は2026年7月に初投稿されました)
対象となるのは、横須賀市が所有する浦賀レンガドック周辺の約2.8ヘクタールと、住友重機械工業が所有する駅前工場跡地・みかん山周辺の約12.2ヘクタールです。
浦賀駅前から旧浦賀造船所跡地まで、合計約15ヘクタールを一体的に活用する構想です。
公表された計画には、60m級のメガヨットを複数受け入れるスーパーヨット・マリーナ、ホテル、レジデンス、ヴィラ、商業施設、公共空間、文化施設などが含まれています。
記事中におけるヨットの意味については、別記事「船の種類と呼び方|ボートやヨットなどのテクニカルな意味」に詳しく記載しています。

浦賀駅前地区活性化事業は、計画どおりに実現すれば、浦賀の景観と地域経済を大きく変える、とても楽しみな事業です。
一方、実際に船を操る側の視点で海面を見て、公表資料を読み込んでいくと、浦賀の「第2の開国」を現実の街と港にするまでには、性質の異なるいくつもの難題があることも分かります。
まずは、計画の現在地から整理します。
Contents
計画の現在地――誰が、何を進めているのか
現在の中心的なプレイヤーは、横須賀市、土地所有者である住友重機械工業、そして優先交渉権者として選ばれたTeam Perry’sです。
Team Perry’sは17社で構成される事業チームで、インデックス株式会社が代表企業としてプロジェクトマネジメントを担当します。
公表されている役割分担は、次のとおりです。
- 民有地開発:Ocean Capital Partners、リストデベロップメント、大和リース、木下グループ、アップフロントグループ
- 民有地の設計・監理:隈研吾建築都市設計事務所、梓設計、日本工営都市空間、ABCプランニング、Pro Padel Japan
- 民有地の開発・建設:前田建設工業
- 市有地の設計・監理:丹青社
- 市有地の維持管理・運営:アクティオ
- 市有地の開発:Culture Avenue、W TOKYO、HOT STUFF PROMOTION
2026年3月の説明では、Ocean Capital Partnersが、スーパーヨット・マリーナの運営、投資、デザインに関する国際的なノウハウを担う企業として紹介されています。
ここでひとつ目につくのは、事業名に「浦賀駅前」とある一方で、京急電鉄が現時点の公表プレイヤーに名を連ねていないことです。
京急は、Team Perry’sの構成企業でも、横須賀市、住友重機械工業、インデックス株式会社による三者連携協定の当事者でもありません。
だからといって、今後も周辺的な立場にとどまるとは考えにくいでしょう。
浦賀駅は、この大規模開発の玄関口です。駅施設との接続、駅前の歩行者動線、工事中の安全確保、来訪者の増加に伴う輸送や案内のあり方などを具体化するには、駅を運営する京急との協議が欠かせません。
資金を拠出したり、開発の中核を担ったりする立場ではないとしても、計画が具体化するほど、京急は実務上一定の存在感を持つプレイヤーになるはずです。
行政上の現在地は、選考委員会の審査を経た優先交渉権者の決定と、横須賀市、住友重機械工業、インデックス株式会社による三者連携協定の締結です。
現段階は、市議会の議決を経た確定予算や完成仕様がすべてそろった段階ではなく、事業者提案を具体化していくフェーズにあります。
横須賀市が公表している今後の工程には、関係者協議、土地調査、港湾計画・都市計画の変更、民有地の所有権移転、実施協定、実施設計、基盤整備、建築工事が並んでいます。
施設の供用開始は、2029年以降、段階的に進める予定です。
60m級メガヨット・マリーナと新しい街を同時につくる
公表資料では、マリーナの係留規模として、次の数字が示されています。
- メガヨット・60m級:7隻
- スーパーヨット:4隻
- 一般のヨット:149隻
合計160隻です。
陸上には、ホテル、レジデンス、ヴィラ、商業施設、交流広場などを整備します。
浦賀レンガドック周辺には、ミュージアム、カフェ、行政機能、親水広場などを含む「海とまち共生センター」が計画されています。
事業者は、この海洋都市構想を浦賀の「第2の開国」と位置づけています。
インデックス株式会社の植村代表取締役は、インフラ工事、商業施設、住宅、ホテルなど、説明した全事業を合わせた当初事業費を約1,000億円と説明しています。建設物価の変動によって、金額が動く可能性も示されています。
理屈コネ太郎としては、この構想が実現した浦賀を想像すると、かなり楽しいです。
かつて造船で栄えた浦賀に、今度は世界の大型ヨットが集まる。
浦賀駅前から海まで新しい街並みが形成され、ホテル、住宅、商業施設、マリーナ、文化施設が一体となる。
新しい住民が浦賀に移り住み、新しい事業者が店を開き、マリーナやホテルで働く人が増える。飲食、物販、警備、清掃、補給、整備、交通、不動産管理など、さまざまな仕事も生まれるでしょう。
現状の浦賀駅周辺や浦賀ドック周辺には、大規模な経済効果を受け止める平地や商業集積が限られています。
それでも、開発によって受け皿そのものが生まれ、新しい人が浦賀で暮らし、働き、消費するようになれば、地域の中で経済が長期的に循環する可能性があります。
60m級のメガヨットが浦賀湾を進み、浦賀ドック側に複数並ぶ光景も見てみたいと思います。
その未来を現実にするために、構想が越えなければならない四つの難題を見ていきます。
第1の難題――満船・干潮時に60m級艇を動かせる海面を確保できるか
ボートを使う側の視点で海面を見ると、まず気になるのは水深です。
浦賀の渡しから浦賀ドック側には一定の水深があり、空いている海面へ60m級艇を一隻進入させる場面だけを考えれば、十分な可能性があるように見えます。
しかし、マリーナ完成後の海面には、60m級艇7隻、その他のスーパーヨット4隻、一般ヨット149隻に加えて、それらを収容する浮桟橋、係留杭、通路、係留設備などが配置されます。
そこで重要になるのが、全艇を係留した後に、どれだけの自由水面が残るのかという点です。
60m級艇は、接岸位置によっては船体の大部分が岸から海面側へ張り出します。一般艇用の桟橋も相当な長さになります。
船体、桟橋、係留杭、係留索、フェンダー、安全上必要な離隔を差し引いた状態で、大型艇が進入し、回頭し、後進し、横移動できる連続した水域が必要です。
湾内には、既存マリーナを出入りする艇、浦賀の渡し、地元船舶などの交通もあります。
大型艇の入出港時には、一般艇との時間調整、一時的な交通管理、風速による入港制限、タグボートや警戒艇の利用なども検討対象になるでしょう。
浦賀地区は現在も、マリーナやボートパークを備えたプレジャーボートの係留水域として利用されています。新しいマリーナだけで海面を完結させるのではなく、既存の利用者や運航との共存を考える必要があります。
今後見たいのは、華やかな完成予想図だけではありません。
干潮時に全艇が係留された状態の実寸配置図です。
大型艇の進入航路、常時確保する回頭水域、桟橋先端から反対側までの有効幅、風向・風速別の操船条件などが示されることで、マリーナとしての物理的な成立性が具体的に見えてきます。
第2の難題――国際マリーナとして港を運用できるか
桟橋を造っただけでは、国際マリーナにはなりません。
マリーナの実体は、係留施設に加えて、大型艇の滞在と運航を支える諸機能で構成されます。
60m級艇を継続的に受け入れるためには、高容量の陸上電源、給水、汚水回収、廃油処理、廃棄物処理、消防設備、警備、通信、整備機能などが必要です。
給油方法も決めなければなりません。
固定式の給油設備を設置するのか、タンクローリーを使うのか、給油船を利用するのか。
それぞれに、消防、油流出対策、車両動線、作業水域、安全管理が伴います。
食材、飲料、リネン、船用品、交換部品などを搬入する荷さばき場も必要です。
ゲスト、乗組員、ホテル利用者、補給車両、整備事業者、廃棄物回収車両の動線を、住宅地と生活道路に囲まれた陸上空間の中で組み立てることになります。
さらに、海外から直接入港する大型ヨットには、税関、出入国管理、検疫、いわゆるCIQへの対応が生じます。
横須賀市内には横浜税関の横須賀税関支署があり、横浜検疫所は、横須賀港へ外国から直接入港する船舶に対して検疫を実施しています。
入管の海港業務は、東京出入国在留管理局横浜支局の横浜港分室が担当しています。
いずれも横須賀市の機関ではなく、国の機関です。
浦賀で海外艇を日常的に受け入れるには、入港前の連絡期限、検査用バース、手続き完了前の乗員・乗客の管理区域、臨船手続き、休日や時間外への対応について、各機関と実用的な運用手順を作る必要があります。
浦賀側にも、CIQ各機関が円滑に職務を行える施設と運用体制が求められます。
通訳や手続きの補助については、オーナーやキャプテンが、船舶代理店などを通じて自らの費用で手配する仕組みでもよいでしょう。
行政が外国人利用者への対応をすべて抱える必要はありません。
重要なのは、誰が、どの手続きを、どの期限までに、どの場所で行うのかが明確になっていることです。
第3の難題――海外富裕層に浦賀は刺さるのか
施設を造ることと、その施設を継続的に使う顧客を獲得することは、事業の異なる段階です。
2026年3月の記者会見で、インデックス側は、世界に約8,000隻のスーパーヨットがあり、アジアを中心に増えていること、日本には大型艇を受け入れられる場所が限られていることを説明しました。
Ocean Capital Partnersの国際的なネットワークを使い、浦賀を日本の玄関口にする構想です。
ただし、世界全体の保有隻数と、浦賀の実際の利用需要との間には、具体的な顧客行動を組み立てる作業があります。
どの国や地域のオーナーを対象とするのか。
年間に何隻を誘致するのか。
一時寄港と長期係留を、どの程度ずつ見込むのか。
どの季節に来航し、何日間滞在するのか。
キャプテンや管理会社が浦賀を選ぶ決め手は何か。
短期寄港であれば、東京や横浜へのアクセス、ゲストの乗降、観光や飲食との接続が重要になります。
浦賀駅からの移動の分かりやすさ、車両の送迎動線、空港や都心との接続も、寄港地としての評価に影響するでしょう。
長期係留であれば、料金、警備、整備、補給、クルーの生活環境、オーナー不在時の艇の管理などが重要になります。
時間と体験に高い価値を置く顧客に対し、浦賀を起点として、どのような滞在や航海を提案できるのか。
日本列島をスーパーヨットで巡る商品を想定するなら、浦賀の先にある係留地、錨泊地、テンダーによる上陸場所、補給港、荒天時の避難港まで含めた情報提供ネットワークも必要です。
近隣港との関係もあります。
仮に横浜が、60m級艇を数隻受け入れられる専用バースと、給油、陸上電源、補給、CIQ対応を整備すれば、短期寄港市場では非常に強い存在になります。
ですから、浦賀の新施設には、横浜にはない魅力が必要です。
浦賀が長期係留、艇の管理、クルーの生活、静かな滞在、レジデンスとの一体利用に強みを持てば、横浜とは役割を分けられます。
「なぜ日本なのか」に加えて、「なぜ浦賀なのか」という答えが、事業の永続性を左右します。
スーパーヨット構想は2021年調査にも登場している
現在の構想を考えるうえでは、その出発点も興味深いところです。
横須賀市は2021年、「浦賀レンガドック周辺区域活用調査」を株式会社インデックスコンサルティングへ委託しました。
この調査では、77社・団体へアンケートやヒアリングを行い、46社・団体から回答を得ています。
護岸・海岸利用分野では、13社・団体への依頼に対して、4社・団体が回答しました。
そこから得られた活用案の一つとして、スーパーヨットの受け入れが、海上サウナ、水上飛行機、SUP、カヤック、海釣り施設、自動操船実験などとともに列挙されています。
横須賀市が2021年8月に公表した『浦賀レンガドック周辺区域活用調査 報告書』の「立地ポテンシャル分析」には、プライベートジェットで大島空港へ来た富裕層が、ヘリコプターで浦賀に停泊中のスーパーヨットへ向かう利用イメージも記載されています。
この報告書を作成したインデックスコンサルティングと、現在Team Perry’sの代表企業を務めるインデックス株式会社は、同じインデックスグループに属します。
2021年の調査業務は、インデックスコンサルティングが319万円で受託しました。
同じグループが初期調査と現在のプロジェクトマネジメントに関わっていること自体が、直ちに問題を意味するわけではありません。
確認したいのは、初期調査に登場した将来イメージが、その後どのような需要調査や事業性検証を経て、60m級7隻を含む現在の具体的なマリーナ計画へ発展したのかという点です。
どの顧客を想定し、どの程度の利用意向を得て、どの料金と稼働率を見込んでいるのか。
この部分の見通しが現実的であれば、富裕層インバウンドという物語と、浦賀で実際に成立する事業との接続が見えてきます。
第4の難題――約1,000億円で十分なのか
この計画が扱う範囲は非常に広大です。
旧工場の解体、土地・地盤の調査、護岸、係留施設、マリーナ設備、高容量電源、給排水、道路、駐車場、ホテル、住宅、ヴィラ、商業施設、公共施設、文化施設などを、一つの計画として成立させます。
必要になる専門領域は、大きく分けても三つあります。
一つ目は、建築、不動産、交通、公共空間を扱う都市開発です。
二つ目は、水深、護岸、係留荷重、操船、給油、防災を扱う港湾土木とマリーナ運営です。
三つ目は、税関、入管、検疫、外国艇の誘致、船舶代理店業務などを含む国際港としての運用です。
隈研吾氏によるマスタープランは街の姿を描き、Ocean Capital Partnersは海側の国際的なノウハウを提供し、前田建設工業などが建設を担います。
それらを一つの資金計画、工程、許認可、運営計画に統合する役割が、代表企業であるインデックス株式会社に置かれています。
今後重要になるのは、各分野の担当企業名だけではありません。
権限と責任の境界です。
具体的には、次のような責任線を確認する必要があります。
- マリーナの技術的成立性に最終責任を負う主体
- 完成後のマリーナを所有し、運営する主体
- 海外艇への営業と誘致を担う主体
- 約1,000億円を、どの順序で調達するのかを決める主体
- 工事費が増加した場合に、追加資金を負担する主体
- 段階開発を行う場合に、各段階を単独でも機能させる責任を持つ主体
インデックス社が示した現在の事業費で、発表された施設が額面どおりに完成するのであれば、それに越したことはありません。
ただし、実現可能性は、総額の数字だけでは判断できません。
費目別の内訳、資金拠出者、工事費上昇時の対応、完成までの責任分担、開業後の所有・運営主体が示されることで、約1,000億円という数字の意味が見えてきます。
難題の有無ではなく、解決策がどこまで具体化されるか
ここまで挙げた論点は、横須賀市やTeam Perry’sをはじめとする関係者には、すでに認識され共有されているはずです。
理屈コネ太郎ごときが短時間で思いつく程度の難題を、各分野のプロフェッショナルたちが見落としているとは考えにくいでしょう。
今後の焦点は、難題が存在するかどうかではありません。
それぞれに対する解決策が、どこまで具体的な計画として示されるかです。
海面の成立性は、干潮・満船時の実寸配置図、大型艇の進入航路、回頭水域、風向・風速別の操船シミュレーションによって見えてきます。
国際マリーナとしての運用力は、給油、陸上電源、給排水、補給、整備、廃棄物処理、消防、警備、CIQ対応を一体化した運用計画によって分かります。
需要の確度は、対象顧客を定めた需要調査、具体的な利用意向、バースごとの料金と稼働率、横浜など近隣港との差別化策によって判断できます。
事業全体の持続性は、約1,000億円の内訳、資金調達体制、施設ごとの所有者・運営者・完成責任者、段階開発の順序によって明らかになります。
そうした情報が示されるにつれて、関係者の本気度、創意工夫、調整力、実行力も、次第に形となって見えてくるのだと思います。
新しい浦賀の開業を楽しみにしています
公表された事業が計画どおりに完成し、海外から複数の60m級メガヨットが継続的に来訪する。
新しい住民が浦賀に暮らし、ホテル、商業施設、マリーナ、文化施設が利用される。
そこで生まれた経済活動が、地域の中で長期的に循環する。
ここまで一本につながれば、浦賀駅前周辺地区活性化事業は、日本でも特筆すべき再開発の成功例になるでしょう。
私は、その浦賀を見てみたいと思います。
横須賀市、住友重機械工業、インデックス株式会社、Team Perry’sを構成する各社、そして今後実務上の重要な関係者となるであろう京急をはじめ、計画に関わる担当者の幸運を祈ります。
この高難度の構想を、現実の街と港へ変えていく本気度と創意工夫に期待したいと思います。
60m級のメガヨットが浦賀湾を進み、その先に新しい浦賀の街が広がる日が、今から待ち遠しく感じられます。
